十一話、暴力の化身

 「んっ!?」


 乱暴だなんだと言ってられない。手早く、少し雑に少女をげ、げる。おどろいたのか咄嗟とっされる少女の声に、構っている時間はない。

 ――暴れ牛ランページカウだ。


 (最悪だ。最悪だ。群れ狼フロックウルフめ、暴れ牛ランページカウぼくらにけやがったな!?)


 群れ狼フロックウルフが傷だらけだった理由。それは暴れ牛ランページカウを相手にしていたからだ。一頭だったのは、仲間はおそらくやられているから。たった一頭だけで致命傷ちめいしょうけて戦いつつ、ここまで二体は戦闘せんとうを続けていた。もしくは一頭だけぎりぎり生き延びることに成功していたが、どうせ死ぬのならと最後にあれを悪足掻わるあがきとして引きつけた。

 どちらにせよ、結果として昼間のあの瞬間しゅんかんの後も律儀りちぎ獲物えものを探し続けた暴れ牛ランページカウはこの場所の近場に居座いすわり続け、そして雄叫おたけびを威嚇いかくか何かだと判断したのかその場所目掛めがけて走り出した。


 「ざつでごめんリノ!」

 「いえ、構いませんが一体何が」

 「昼間のもう一体がこっちに向かってきてる!」

 「それは……」


 振動しんどうは大きくなり続けている。何かをいたのかそれともはじばしたのか、目に見えると言わんばかりの轟音ごうおんが静かな暗闇くらやみけてアルスの鼓膜こまくたたく。

 負傷や疲労ひろう、人を一人ひとりかかえている。そんな制約を無視しても暴れ牛ランページカウの方が勢いがあり速い。気が立っているのか何なのかなりふり構わない様子でっている。あれじゃほとんどの冒険者ぼうけんしゃが手をつけられない。迷惑極めいわくきわまりない上にとても厄介やっかいだ。一度暴れ牛ランページカウの視界に二人ふたりが入っていることも問題だ。少しでも視界に入るだけで獲物えもの認定にんていは確実。


 「っ」


 それでも走り続けるしかない。

 体を酷使こくしし、その上で勢いよく地面をめてげ、速く速くと速度を求めることしかできない。

 現在地はそれこそもうすぐで森を出る。だというのに安心感など全くない。当たりどころが悪ければ即死そくし、そうじゃなくても骨折や損傷はまぬがれない凶悪きょうあく突進とっしんが背後にいる。


 「アルスさん、もうほとんど追いつかれてますっ」

 「そんなに!?」


 振動しんどう最早もはや地震じしん衝撃しょうげきも音も大きく身体をたたく。

 アルスの身体をけて様子を見たリノの視界に映ったのは、木すらもぶち破り地面をならすようにして破壊はかいしていく暴れ牛ランページカウの姿。恐怖きょうふどころではない。


 (後ちょっとだっていうのに! 横にたおれれば対象から外れる? まさか。余波にまれる上にまた暴れ牛ランページカウ突進とっしんを始めれば同じこと! 遠回りをしようにももうほとんど力は残ってないし!)


 だから走り続けるしかない。奇跡的きせきてきに出口に出るのが速いかほか冒険者ぼうけんしゃ救援きゅうえんに来る可能性にける。だとしても時の運。アルス自体にどうこうできる話じゃない。


 「アルスさん、魔法まほうを使えませんか」


 リノが言葉を発する。それを知覚できても、五月蝿うるさい後ろの音が邪魔じゃまをして一度では聞きれない。


 「え? ごめんもう一回言って! 聞きれなかった!!」

 「魔法まほうを! 使えませんか!」

 「魔法まほう! 魔法まほうね!」


 魔法まほう。使えればどうにか状況じょうきょうを打破できるかもしれない。リノが魔法まほうを使って対象の矛先ほこさきを変え、難をのがれたように。

 しかしどうする。重ねるが、アルス・リーンは剣士けんしである。魔法まほうに精通はしておらず、その技術も練度もリノにおよばない程度のうで前。そもそもアルスが使える魔法まほうは低級魔法まほうたった一つである。

 そしてリノは現在魔法まほうを使えない。数時間程度で魔法まほうてるほどに回復できるのなら、そもそも自分で発動している。それをせずに提案をしている時点で、無理なのは明らかだ。


 (魔法まほう、確かに使えるけどあれは低級の風魔法まほう。ちょっとした風を生み出す程度だしそもそも制御せいぎょなんてできない。受け身? もしくは打倒だとう? 無理だできるならやってる!)


 あせ脳裏のうりで必死に考える。魔法まほうを使ってどうにか突進とっしんを防ぐ、ける、止める方法を。

 風魔法まほうに限定したとしても、きっとそれができるのは良くて中級からだ。


 「けど――ああ、やってやるぅ!!!」


 リノをかかえるうでを一つにする。速度は落ちるが、どうせ追いつかれるのなら同じ。落ちないようにだけ気をつけて、あけたうでを動かして後ろに手のひらを向ける。

 覚えている詠唱えいしょう咄嗟とっさつむぐ。


 「【――大風よ】」


 恐怖きょうふかされるように、魔力まりょくを集め続ける。リノと同じように体内の魔力まりょくを使おうにもやり方を知らないため、かき集めることしかアルスにはできない。微風びふうから徐々じょじょに風力を上げていくが|、|制御《》も知ったこっちゃないとただ自身と暴れ牛ランページカウの間にかべができるようにとだけ手をくした。

 

 「うわ!?」

 「っ」


 案の定、それは暴走した。集まっていた風が解き放たれるようにして、周囲へと勢いよく散る。

 身体を丸め衝撃しょうげきを一身に受ける。成人男性一歩手前とはいえ、武装した少年一人ひとりばすほどの暴風がれた。


 「――っか、はッ!」


 そしてアルスは、背中から勢いよく木の幹へとたたきつけられた。息どころか内臓がび出ると錯覚するほどの衝撃しょうげき強烈きょうれつな痛みがアルスをおそう。かぶなみだが熱く、それすらも気にならないほどに悶絶もんぜつする。

 その横を、人一人ひとりを空けて暴れ牛ランページカウが通り過ぎる。その目は閉じられていた。初心者ですらしないような魔法まほうの使い方は、今回ばかりは上手うまく作用した。風魔法まほうに巻き上げられた小石や土が、散ると同時に暴れ牛ランページカウの目に接触せっしょくした。おかげで対象を見失ったままに暴れ牛ランページカウ突進とっしんをし続けた。


 (痛い、痛い痛い!)


 痛いとしか思えない。どこどこが痛いとか冷静な思考なんて働かない。

 過ぎ去る暴音をアルスは聞きれなかった。いや耳は聞きった。ただそれを処理できなかっただけで。

 その最中でもリノの安全を優先したのはできた所業だが、その結果受け身もれずに衝撃しょうげき、痛みのそのすべてがアルスへと向かった。力なく項垂うなだれるようにして垂れるうでから、リノが解放かいほうされる。

 その瞬間しゅんかん、アルスは胸をきむしるようにうでや手を動かした。とにかく痛みを外に放出したい。本能のままに暴れ回る。粉砕ふんさいした防具の破片はへんなどがさる。痛みではなく熱をともなったそれを受けて、より一層本能は活動的になる。悪循環じゅんかんだ。

 それがしばらく続いた。意識を失っていたリノが復活する少し前まで動き回り、力尽ちからつきたように活動を止めた。痛みを上回ったのか限界値をえたのか、アルスの意識は暗闇くらやみへと落ちた。


  ⚔


 「……る……ん……アルスさんっ」

 「んっ――つぅっ!?」


 呼びかける少女の声音こわねに、少年は目を覚ます。

 ぼやけるような寝起ねおきのそれだが、痛みが即座そくざに脳からうったえられび起きる。


 「いったあッ!?」


 そして地面へと勢いよくすわんだ。その衝撃しょうげき涙目なみだめになる。

 骨にひびが入り骨折が複数箇所かしょ、加えて内臓もいくらかは傷ついているだろう。背中は強張こわばったようにかたうでを動かそうにも違和感いわかんぬぐえない。ちょっとした衝撃しょうげきで脳がれるほどにこたえる。満身創痍そういだ、言うまでも無く。


 「つつ」


 さするようにして感触へと意識を向ける。痛みを無視できるように。

 そして見守っていたのか起こそうとしていのかくしている少女へと顔を向ける。見上げるその視界には、しずんだ表情をしたようにアルスを見るリノがいた。その視線はうつろにも、何かを見ているようにも見える。


 「すみません、アルスさん」


 リノの声に力はなかった。良く見ればわずかにふるえていることが分かるが、残念ながら痛みに何割かの思考を持っていかれているアルスには気付けない。


 「いいよ。怪我けがもなさそうだし、リノちゃんが無事で良かった」


 くずれるように、にへらと表現できるほどに力のけた笑顔えがおをアルスはかべた。心の底からの言葉だった。


 「…………」

 「それよりここはまだ森の中だよね。あれからどうなったかって分かる? 多分ぼく気を失ってたよね? どれくらいの時間だろう……?」

 

 暴れ牛ランページカウが暴れ回った痕跡こんせきの残る二人ふたりの周囲。えぐれた地面と何かが通ったことが分かる不自然に穴の空いた草や欠けた木。その惨状さんじょうを見れば、命を持って生きていることに感謝できるかもしれない。二度と味わいたくない体験でもあるが。

 アルスが最後に見たのは風魔法まほうの発動。気付けばこうなっていた。その間の情報は当然持っていない。


 「まぁ……いいや。それよりもっ、ッ、森を出ないと」

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