第20話「幸せの先に」

 京四郎と未夏の結婚式から月日が過ぎ、夫婦になってから最初のクリスマスになった。


 二人は朝からいろんなところに出かけ、気が付けば夜になり、もう帰ろうかという時だった。


 その途中で、挙式を挙げた教会が視界に入り、入ってみようということになった。


「これはこれは、よくお越しくださいました。お二人の挙式以来、ここは『幸運を呼ぶ教会』と言われるようになって、挙式の予約がよく来るようになりました。本当にありがとうございます」

 神父が笑顔で二人に礼を言った。

「こちらこそ、素敵な式をありがとうございました。おかげで、今はすごく幸せです」

 未夏が本当に幸せそうな顔をしながら、頭を下げて礼を言った。

「本当に、幸せそうでよかったです。しかも二人の絆は結婚前より深く硬くなったみたいですね。よほどの過ちを犯さない限りは、その絆が切れることはないでしょう」

 神父はずっと微笑んでいた。


 この時、京四郎と未夏は結婚式の時のことを思い出していた。



 式を挙げる当日の本番前。

 京四郎はタキシードに着替え、未夏がいる控室に行った。

「未夏さん、入っていいかな?」

 入口のドアをノックしながら聞いた。

「あ、京四郎さん…い、いいよ」

 未夏はこれからのことを考えて緊張していたみたいだ。

 京四郎はゆっくりと扉を開けて入った。が、ウェディングドレス姿の未夏を見て驚くと同時に固まってしまった。

「ど、どうしたの…?」

 京四郎が固まったのを見て、未夏は少し驚いて聞いた。

「い、いや…その…」

 固まりが解けた京四郎は頭を掻きながら言いにくそうに言った。

「…純白の女神が、目の前にいるから…」

 これを聞いて、未夏は顔を真っ赤にした。

「そ、そこまで褒められても、何も出ないわよ?」

 言いながら恥ずかしそうに指をもじもじしたが・・・。

「あ…」

 少しして京四郎に歩み寄り、そっと抱きしめた。

「でも嬉しい…あなたも、どこかの騎士様みたいよ?」

「そ、そうか…」

 京四郎も照れているみたいだった。

 少しして瑠璃が入ってきて、京四郎は部屋を出た。

「これから、京四郎君と二人で頑張るのよ? でも何か困ったことがあったら、遠慮せずに言えばいいから」

「うん…」

「それより、そのドレス、腰回りが少し緩くない?」

「これでいいの。実はね…」

 ・・・・・・。

「えぇ!?」

 未夏から聞いた内容に瑠璃は思いっきり驚き、その声が部屋全体に響き渡った。

「ビックリするよね…京四郎さんも、放心状態になるぐらい驚いてたから…」

「そうなると、来年の未夏の誕生日辺りに…?」

「その通りだと思う」


 色々話しているうちに式の時間になり、二人は入り口に向かった。


 ・・・・・・。


「お二人が去年のクリスマスにここで誓いを立てたこと、今でも覚えています。…おや? もしかして…?」

 神父はあることに気づいて聞いた。

「予想してる通りだと思います。来年の夏に私は…」

「そうですか。それはおめでたい話です」

 この後は軽く雑談を交わして、二人は教会を後にした。


 実は未夏は挙式の少し前に体の不調を訴えた。

 これを聞いた京四郎は、延期にしようかと聞いた。が・・・

「不調といっても、少しだから気にしなくていいわ。それに、不調の理由が実は…」

「ん?」

「私…」

 未夏は俯きながら言ったが、少して顔を上げた。

「…まさかと思って検査薬を使ったら陽性で…つまり、妊娠、したみたいなの…」

「え…え、え!?」

 京四郎は思いっきり驚いて固まってしまった。

「まだお母さんには言わないで。はっきりしてないから」

「わかった。でも、一度医者に行こう。何かあったらまずいから」

「うん」

 この後、二人で医者に行った。

 その結果、未夏は妊娠していることがはっきりしたのだった。


 式の日にドレスをシスターに仕立ててもらったが、その時に妊娠したことを言って驚かれたのは言うまでもないだろう。


 式は無事に終わったが、大変なのはこれからだった。


 未夏はつわりで、いつも食べていたものが受け入れられなくなり、実家に帰って寝込むようになってしまった。

 会社に話して休みをもらい、瑠璃と睦美に協力をお願いしたほどだった。

「水を飲むのもやっとなんて…私や睦美ちゃんのときはこんなにひどくなかったからどうしたらいいか…」

 1日様子を見たが、特に何も変わらず、瑠璃や睦美も戸惑うばかりだった。

「私も2回出産したけど、その2回とも軽かったから…」

 こんなことを話しているときに、京四郎が来た。

「未夏さんは?」

「ずっと寝込んでるわ。しかも何も食べられなくて…」

「そうですか…さすがにこのままだとまずいな…」

 瑠璃の返事を聞き、頭を掻きながら未夏に会いに行った。

「ごめんね…しっかりしないといけないのに…」

 未夏は横になったまま、すがる様に手を伸ばした。

「気にしなくていいから。何も食べたくないのか?」

 聞きながら、伸ばされた未夏の手に触れた。

「なんか、いつも食べてたのに、その匂いがだめで…」

 これを聞いて、本当にどうしようかと考えた。

「匂い、か…あ、そういえば…」

 京四郎が呟いた後にふと思い出し、携帯を手に取ってその場を離れた。


 ・・・・・・。


「何やってたの?」

 しばらくして戻ってきた京四郎に、睦美が聞いた。

「和葉姉ぇに聞いてたんだ。和葉姉ぇもつわりがひどかったらしいから。で、どう乗り切ったかも聞いた」


『あら、未夏ちゃんもひどいつわりなの?』

「そうなんだ。で、和葉姉ぇはどうした?」

『私の時は、旦那が知り合いに聞いたりネットで調べたりして、バナナとか玄米に含まれる“ビタミンB6につわりを軽くする効果がある”って知って、それを試したわ』

「ビタミンB6…で、それは効果あった?」

『少し時間かかったけど、何とか乗り切ったわ。豆腐もいいみたいだし、同じように乗り切れるかわからないけど、試してみたら?』

「わかった。ちょうど母さんと瑠璃さんもいるから言ってみる」


 一応、吐かれてもいいようにバケツを用意し、バナナや豆腐などを用意した。

 未夏は食べ物を嚙む気力もないみたいだったので、バナナをジュースにしたり、豆腐を細かくすり潰して出してみた。

 玄米も試してみようかと思ったが、白米の匂いが苦手だと聞いたことを思い出して止めておいた。


 京四郎はバナナジュースを小さじに少しすくい、それを未夏のわずかに開いた口に流すように入れた。

「…どう、かな…?」

 京四郎が聞くと、未夏は無言でゆっくり頷いた。

「もう少し、飲む?」

「うん…大丈夫、みたい…」

 未夏は大丈夫だと言ったが、京四郎はまだ安心できないと思い、さっきと同じ量のバナナジュースを未夏の口に入れた。

「バナナは大丈夫か…豆腐も、試してみる?」

 京四郎が聞くと、未夏は無言で頷いた。

 どうやら、未夏も吐いてしまうかもしれない恐怖に耐えているみたいだ。

 京四郎はバナナジュースと同じぐらいの量の豆腐を未夏の口に入れてみた。

「これも、大丈夫みたい…」

 バナナジュースと豆腐が合うことがわかり、二人は安心した。

 この二つを少しづつ食べ、未夏は顔色がよくなった。


 こうして、未夏はつわりを乗り切ったのだった。

 

 それから月日は過ぎ、未夏のお腹ははっきりと大きくなった。

「もうじき、私はお母さんになるのね…」

 未夏はソファーに座り、お腹を優しく撫でながら言った。

「そうだな。そして俺も、父親になるのか…」

 言いながら、未夏のお腹にそっと手を当てた。

「俺が、守らないといけないな。未夏さんはもちろん、子供のことも」

「守ってくれるのはありがたいけど、無茶はだめよ?」

 未夏が言い、京四郎は何も言わずに頷いた。


 それからまた月日は過ぎ、未夏の21回目の誕生日になった。

 この日、未夏は病院にいた。

「未夏! しっかりするのよ!」

 未夏の手を瑠璃が強く握りながら言った。

「っぐ…うー!…はぁ、はぁ…っぐ!」

 未夏は苦しみながら荒い息をしていた。

「頑張るのよ! これからなんだから!」

「っぐ…き、京、四郎、さん、は…」

「もうじきくるわよ!とにかく、頑張るのよ!」

 瑠璃は未夏を励まし続けた。そこへ・・・

「未夏さん!!」

 扉の向こうから、京四郎の声が聞こえた。

「や、やっと、来た…」

 未夏は苦しみながらも安心したみたいだった。

「入ってきてもらう?」

「うん…」

 瑠璃が聞き、未夏は言いながら頷いた。

 これを見た瑠璃は、看護師に言って京四郎を部屋に入れた。

「手を握ってあげて。強めにね」

 瑠璃に言われ、京四郎は未夏の手を、両手で強く握った。

「未夏さん! 一緒に新たな一歩を踏み出すぞ!」

「うん! っぐ、うぐぐぐぐぐぐぐ!」

 この数秒後・・・。


 未夏、京四郎、瑠璃や看護師たちがいる分娩室に、産声が響き渡った。


「無事に生まれました。女の子です」

 看護師が赤ん坊を抱いて瑠璃たちに見せた。

「よく頑張ったな…」

 京四郎が言いながら、未夏の頭を撫でた。

「あなたがいてくれたから…」

 未夏は汗だくで荒い息をしながらも、ほっとした表情だった。

「よく頑張ったわね。でも、これから二人でこの子を育てていくんだから。それを忘れたらだめよ?」

 瑠璃が言い、二人は同時に頷いた。


 実は憲治たちは都合が悪く、この場にいなかった。

 瑠璃が睦美に生まれたことを知らせ、これを聞いた憲治は、車を飛ばすような勢いで走らせた。


 この後、未夏は病室に運ばれ、京四郎はずっとそばにいた。

「私…この子の、親になったのね…」

「それは俺もだな…」

 二人で娘を見て微笑んでいた。

「名前、どうしようか?」

「実は女の子だったら、決めてた名前があるんだ」

 この返事に、未夏は驚いた。

「あとは、未夏さんが決めるだけ」

「そうなの…で、決めてた名前は?」

 未夏が聞くと、京四郎は紙に書いて見せた。

「…逸未いつみ?…この字は、まさか…」

「逸子と未夏さん…二人とも、大切な人だから…」

「…嬉しい…」

 言いながら頬を赤くして微笑んだ。

「で、逸未でいいかな?」

 京四郎の質問に、未夏は何も言わずに頷いた。

 これを見た京四郎は、娘を抱き上げて言った。

「お前は、今日から逸未だ。よろしくな」


「京四郎…あんなに優しい顔をするんだな…」

「逸未が生まれた瞬間に、父親になってたのね…」

「未夏も、母親の顔になったわね…」

 憲治と睦美と瑠璃が、病室の外から静かに見ていた。


 この3日ほどして、京四郎は出生届を役所に出し、逸未は正式に京四郎と未夏の娘になったのだった。


 数日後に退院し、京四郎がいつの間にか育児休暇を取ったこともあって、二人で子育てをすることになった。

 それから半年ほどして、逸未が夜泣きをするようになり、二人で泣き止ませようとするのだが・・・。

「むぅ…あなたのときだけどうして…」

 未夏が頬を膨らませながら言った。

「どうしてって言われてもな…普通は母親に懐くものだろ?って思うし…」

 京四郎が逸未を抱っこしながら言った。

 泣き叫ぶ逸未を未夏が抱っこして泣き止ませようと必死になったが効果がなく、京四郎が交代で抱っこすると、あっさりと眠ってしまうのだった。

「副社長の孫や逸未だけじゃなく、近所の赤ちゃんたちまで数秒で泣き止ませてしまうし…」

「その方法がわかれば、教えることできるんだけどなぁ…」

 なぜか、京四郎がそっと頭をなでたり抱っこしたりすると、どれだけ泣きわめいていても数秒で泣き止んでしまう。

 未夏はそれを見るたびに、ヤキモチみたいな感じになるのだった。


 月日は過ぎて逸未は2歳になり、物心がついて喋るようになった頃。

 休日の昼の食事に、京四郎が納豆を食べようとした時だった。

「あ!このにおいだ!」

 逸未が納豆を指さして言った。

「この匂いって…?」

 未夏がお茶をすすりながら聞いた。

「お母さんのお腹の中で、いつもこのにおいがしてたの。くさかったなぁ」

 これを聞いて、未夏はお茶を吹き出した。

 未夏は妊娠中に納豆をよく食べていたが、出産してからまた苦手になったみたいで食べなくなった。

「そういえば、安定期に入ったころから、納豆を毎日1パック食べてたっけ。ほどほどにしたほうがいいっていつも言ってたのに…」

 京四郎は呆れたように言った。が、

「まぁそのおかげで、逸未が元気に生まれたなら、結果オーライかな?」

 言いながら、逸未の頭を撫でて微笑む京四郎を見て、未夏は幸せな気分になった。

 

 こうして、3人で仲良く幸せに暮らすのだった。

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過去を乗り越えて 正体不明の素人物書き @nonamenoveler

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