第16話「意外に物知り」

 京四郎の実家に和葉たちが集まり、まずみんなで仏間に行き、逸子のお参りをした。

 京四郎がいつの間にか持っていた、ドーナツの箱を開けて仏壇に乗せたのは余談だ。

 この後で、瑠璃と未夏もお参りをした。


「ところで、お前たちはいつから睦美と連絡を取り合ってたんだ?」

 お参りを終えて、憲治が和葉たちを見ながら聞いた。

「お父さんが入院してた頃かな。3人で偶然会って、お互いに番号を交換したし」

 和葉が説明し、憲治は納得した。

「いい機会だ。私とも交換しないか?」

 そう言って、ポケットから携帯を出した。

「そうだな。もしかしたら、仕事の関係で相談するかもしれないし」

 龍司が言いながら、ポケットから携帯を出した。

「そうね…」

 夏海も携帯を取り出し、和葉、龍司、夏海の3人と憲治は番号を交換した。

 今までのことを考えたら抵抗があるのかもしれないが、これから少しでも歩み寄れればと、お互いに思ったのだろう。


 みんなで茶の間に行って、昼を食べようということになった。のだが・・・。

「…誰だ? これを注文したのは?」

 茶の間にある大きめのちゃぶ台に置かれていた、人数分のうな丼を見て、憲治は半分呆れたような顔をした。

「どうせ、龍司じゃないの? 無類のウナギ好きだし、お昼は自分が用意するからと言って、お参りの前にうなぎ屋に電話してたから」

「間違いないわ。「土用の丑の日に、バタバタしててウナギが食べられなかった」って大ショック受けてたから」

 和葉と夏海が呆れながら言った。

「まぁいいだろ? 夏はだめだったけど、思い返してみたら、ちょうど“冬の今がウナギの旬”だし」

 龍司が言うと、みんなは「え?」という顔をした。

「あ、そうか…夏の土用の丑の日にウナギを食べるのは、江戸時代に平賀源内が…」

 ―――ん?

 京四郎が思い出して言い、憲治はどこか変に思った。

「どういうことですか?」

 未夏が聞き、龍司が説明した。

「奈良時代末期に成立した、日本最古の和歌集として知られてる万葉集でも書かれてるように、ウナギは古くから食べられてきたんだ」


 時は江戸時代。

 あるウナギ屋が、夏の土用の頃にウナギが売れなくて困り、それを平賀源内に相談した。

 平賀源内は、「丑の日にうどんや梅干しなどの“う”から始まる食べ物を食べると夏負けしない」という風習があることを思い出し、大きな紙に「本日丑の日」と書き、その紙をウナギ屋の店先に張らせた。

 その結果、その紙に書いてある字の見事さと、「平賀源内先生の言うことなら間違いない」と評判になり、土用の丑の日にウナギを食べる習慣が始まったことを説明した。


「ったく、ウナギがらみになると、本っ当によく知ってるんだから…」

 和葉が呆れながら言った。

「別にいいだろ? ウナギのことを調べたら、偶然見つけたことだし」

「なら、ウナギ博士になってもよかったんじゃない?」

 夏海がニヤニヤしながら言うと、龍司は夏海の頭にチョップを当てた。

「何を言うか」

 このやり取りを、みんなは笑いながら見ていた。

「そろそろ食べましょう? 冷めちゃうわよ?」

 睦美が言い、みんな座った。

 時計回りに、憲治、睦美、和葉、夏海、龍司、京四郎、未夏、瑠璃という順番である。


 ある程度食べたところで、憲治が変に思ったことを聞いた。

「京四郎、さっき「“夏の”土用の丑の日」と言ったが、どういうことだ?」

「土用の丑は、夏だけじゃないってことさ。つまり、春・秋・冬にも土用の丑の日があるんだ」

 これを聞いてみんなは驚いた。

「土用とは「立春・立夏・立秋・立冬」の前18日間のことで、「土用の丑の日」ってのは、土用の期間中に訪れる丑の日のことを言うんだ」

 年によっては2回やってくることもあり、2度目の丑の日は「二の丑」と言われていることを説明した。

「お前、どこでそんな知識を…?」

 龍司が驚きながら聞いた。

「逸子が教えてくれたんだ。土用の丑のことを調べたときに、偶然知ったらしい」

「あの子は読書が趣味だったからね。特に日本史に興味があったみたい」

 睦美は逸子が読書をしているのをよく見ていたが、それが日本史だった。

「そういえば逸子はよく、スミさんの家で日本史の本を読んでたな…」

 スミの家に入り浸っていることを普通は叱るのかもしれないが、その当時の憲治は逸子に無関心だったため、特に何も言わなかった。

「関心がなかったのはダメだったかもしれないが、叱らなくて正解だったんだな」

「そうだな。日本史を読んでる時の逸子、目が輝いてたからな」

 憲治が思い出して言い、京四郎が応えるように言った。

 もしかしたら逸子は将来、日本史の学者になってたかもしれないとみんな思った。


 この後は賑やかな会話になったが、憲治がふと気になって聞いた。

「そういえば、木下さんの父親は、娘さんの結婚のことを知ってるのか?」

 この質問に、瑠璃、未夏、京四郎、睦美が固まった。

「たぶん、知られてるかも…」

 瑠璃が少し俯きながら言い、

「そうね…私の下宿先、知らせてないのに来てたし…」

 未夏が思い出して少し青い顔をする。

「それを考えると、おそらく知ってると思ったほうがいいだろうな」

 京四郎が何かから身を守るような表情で言い、

「でも、どうやって…」

 睦美が少し不安そうな顔をした。

「どうしたんだ? その父親のことで、何かあったのか?」

 憲治は4人の様子がおかしいことに気付いて聞いた。

「実は憲治さん…その元夫のことで…」

 瑠璃が言いにくそうに説明したが、名前を出さなかった。


 ・・・・・・。


「…なるほど、そんなことが…」

「京四郎さんが追い払ってくれたことがありましたけど、おそらくまたやってくると思うのです」

 憲治は説明を聞いて納得し、未夏が少し怯えるような気持ちで言った。

「ったく、鹿島さんは…あのしぶとさをもっと他のことに活かせばいいのに…」

 京四郎が愚痴るように言うと・・・

「…ん? 鹿島…? それってもしかして、鹿島英輔のことか?」

「そ、そうです! 知ってるのですか!?」

 瑠璃が驚きながら聞いた。


 憲治は、英輔が大学の後輩だと話し、しかも自分の会社で働いてることを言うと、みんなは驚いた。

「鹿島君のことは私に任せてくれ。木下さんたちには、二度と会わせないようにしよう」

 憲治がきりっとした顔で言った。

「そういえば、まだ言ってなかったな」

「何を?」

 憲治がふと思い出して言い、睦美が聞いた。

「私は、京四郎と未夏さんの結婚についてあれこれ言うつもりはない。私のことは気にせずに、じっくり話し合うといい」

 これを聞いてみんなは驚いて何も言えなかった。

「その代わり、ここまで私に言わせておいて、幸せにならなかったら承知しないからな!」

 そう言いながら笑っていた。

「俺より先に、和葉姉ぇや兄貴の結婚が先だろ? 俺はもう条件がそろってて、あとは未夏さんが二十歳の誕生日を迎えるのを待つだけだから」

「実は、そのことだけど…」

 京四郎が言うと、和葉が言いにくそうに言った。


 和葉は2か月ほど前に婚姻届けを出して夫婦になり、一緒に住んでいることを言った。

「そうだったのか…」

 憲治は考え込むような顔をして言った。が・・・

「式は、挙げないのか?」

 この質問に対して、

「今は、そのための資金を貯めてるところなの」

 俯きながら返事した。

「…今までのことを考えたら、言いにくいのはわかるが、こんなときぐらいは、私を頼ってもいいだろ?」

 言いながら、和葉の肩に触れた。

「どういうこと?」

 顔を上げて聞き、

「費用は私が出すから、早く日取りを決めろ!」

 と笑顔で言った。

 みんなはまた驚いて何も言えなかった。


 憲治は事故で入院していた頃に、いろいろ思うところがあったのだろう。

 以前なら絶対に言わなかったはずだ。

 おそらく、憲治も自分なりに過去を乗り越えようとしているのかもしれない。


 後日、英輔は地方の支社に異動になった。

 実際には、異動と称しての左遷である。

 英輔は憲治に異動の取り下げをお願いしたが、英輔は元々、同じ部署の人たちとよくもめ事を起こしており、上司からも煙たがられてたために、それを理由に取り下げは却下された。


 食事を終えて解散になり、みんなは帰った。


 龍司が、空になったどんぶりを全部持って、知人の親が経営しているうなぎ屋に返しに行ったのは余談だ。

 そのうなぎ屋が、夏の土用の丑の日ぐらいしか売れ行きが良くなく、それを知人が龍司に相談し、話を聞いた京四郎が知恵を貸して、ある程度流行るようにしたこともだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る