第15話「絆はさらに深く」

 土曜日の昼。

 未夏は自分以外誰もいない部屋で、味気のない食事をしていた。

「…睦美さんから聞いてても、やっぱり寂しいよ…」

 京四郎はまだ帰ってきていない。

 3日ほど前に睦美から「ある程度落ち着いた」と聞いたが、それ以外何も聞かないのである。

 気になってはいても、あまり深入りしないほうがいいという気持ちもあり、深くは聞いていない。


 食事を終えて、使った食器を片付けて、今からどうしようかと考えた。

「ここにいても、気が滅入るだけね…」

 そう呟き、外に出た。

 どこに行こうかと考えたとき、声がかかった。

「未夏さん?…買い物ですか?」

 声を聞いてゆっくり振り向くと、そこにいたのは・・・。

「京、四郎、さん…」

「心配かけてすいません。もう大丈夫です」

「っ!」

 未夏は放心状態になり、少しして落ち着くと、京四郎に駆け寄って抱き着いた。

「…バカ…負担をかけたくない気持ちはわかりますけど、気を遣いすぎです!」

「俺みたいに、今は1日中手が空いてるならともかく、未夏さんは働いてる身ですから、仕事に支障が出るようなことはしてはいけないと思ったのです」

「気遣いはありがたいですけど、寂しかったです」

 しばらくして未夏は体を離し、二人で買い物をして帰った。


 ある程度落ち着き、いつもの日常を取り戻したかに見えたが・・・。

「私に寂しい思いをさせた罰、受けてもらいます」

 未夏は京四郎に後ろから抱き着きながら言った。

「受けるしかないか…で、罰の内容は…?」

「それは・・・」



 ・・・・・・。



「どうですか?」

「…初めてですけど、心地いいです」

 これを聞いて、未夏は嬉しそうな顔をしながら、京四郎の頭を優しく撫でた。

「…これが、本当に罰なのですか?」

「はい。私がずっとやりたいと思ってたことを、今日一日させてもらうのです。膝枕は、その一つです」



 少し遡ると・・・。

「…で、罰の内容は…?」

 何をされるのかと少し身構えた気持ちになりながら聞いた。

「私が京四郎さんに、ずっとやりたかったことを、今日一日させてもらいます」

「それって…?」

「まずは膝枕です。こっちに来てください」

 言いながら、ベッドに引っ張り込むようにして、少し強引に膝枕をさせた。

(まずは…ということは、この後もあるのか…)



 時を戻す。

「嬉しいです。膝枕、私が初めてで…」

「・・・」

「私を気遣ってくれるのはありがたいし、必死な気持ちで守ってくれるのも嬉しいです。でも、たまにでいいので甘えてほしいです」

「え?」

「私が何のために、こうして京四郎さんのそばにいるのか、わからなくなってしまいます」

「…本当は、甘えたいです。でも一度甘えてしまったら、腑抜けて何もできなくなるのが怖いのです…」

「そこまで気を張らなくても…」

「…俺にとって未夏さんは、“最初で最後の大切な人”ですから…だから、生涯をかけて大事にしたいと思ってるのです」

「…そこまで、私のことを…」

 京四郎の想いの強さを、改めて知った未夏だった。


 京四郎はふと思い出し、自分のズボンのポケットから何かを取り出して未夏に見せた。

「それは・・・」

「これは、明日にしましょう」


 夜になり・・・。

「動かないでください。洗えないです」

「だからって、これは・・・」

「とにかく、大人しくしててください」

 二人は水着で風呂に入り、未夏は京四郎の背中を洗っている。

 未夏も本当は恥ずかしいみたいで、その気持ちを水着で下げているのだろう。

 京四郎も水着とはいえ、理性が吹っ飛ぶのを我慢するのがやっとだったみたいだ。

 ―――水着を着てても、嫁入り前の女性がすることじゃないだろ・・・。

 膝枕の後で、未夏が出した罰の内容は、“今夜一緒に風呂に入ること”だった。

「罰とか関係なく、一度、こうしてみたかったのです」

「…いつから、そんな気持ちに…?」

「告白されて、それをOKしたときから…だったと思います」

 これを聞いて、京四郎は思い出した。

 ―――あの時は冗談っぽく言ってたけど、本気だったのか…。

「…背中、広いのですね? 洗い甲斐があります」

 言いながら、泡だらけのタオルで背中を洗い、京四郎の背中の泡をお湯で流した。

「今度は京四郎さんが、私の頭を洗ってください」

 未夏が後ろを向いて座椅子に座り、京四郎が後ろを向いた。

「えっと…どう洗えばいいですか? 女性の髪、洗ったことないので…」

 これを聞いて未夏は、自分が初めての相手だと知って少し嬉しくなった。

 京四郎は洗い方を教えてもらい、その通りに未夏の頭を洗った。

「こんな感じで、いいのですか?」

「ちょうどいいです。洗うの上手ですね?」

「これでも、初めてなのですけどね」

「ふふ♪」

 未夏はずっと上機嫌だった。


 そして別々に風呂から上がり、一緒のベッドで、未夏は京四郎に頬ずりをしながら寝たのだった。

 京四郎は苦笑したが、同時に「子猫みたいで可愛い」と思うのだった。


 日曜日。

 二人で朝の食事を終えた後、未夏は何をしようかと考えていた。

 そして思いついた内容が・・・。

「今日は、私とデートしてください」

「そういえば、指折り数えるほどしか、デートしたことなかったですね」

「そうです。だから今後は、一緒にもっといろんなところに行きましょう」

 明るい笑顔で未夏は言い、京四郎はその笑顔に眩しさを感じた。が・・・

「あ、その前に…」

 未夏は昨日のことを思い出し、それを実行した。


 午前10時ごろ。

 ある店に、京四郎、未夏、瑠璃、憲治、睦美の5人がいた。

「未成年の契約には、保護者がいないとだめだからな」

「それは知ってるけど、来るのは親父だけかと思ってたから…母さんまでどうして…?」

「今までは持つ必要がないと思ってたけど、京四郎が家を出てから、本当は寂しかったんだからね? 電話で話がしたくても、下宿先の番号を知らなくて困ってたんだから…」

 このやり取りを、未夏は微笑ましく見ていた。

「そういえば、私とお母さんまで来る必要あったの?」

「私は仕事の関係で持ってたから、来る必要ないと思ってたけど、睦美ちゃんが来るって聞いたからね」

 こんな雑談を交わし、少しして店員が呼びに来た。

「お待たせしました。こちらへどうぞ」

 そう言って憲治たち3人を案内する。

 瑠璃と未夏は、未夏の車の中で3人を待つことにした。

「まずは、憲治様の機種の変更で、よろしいでしょうか?」

「うむ。仕事柄、かなりの頻度で使っててガタが来てたから、そろそろ買い替え時だと思ってたんだ。今日はちょうどいいと思ってな。今回は長持ちするものにする」

 言いながら、ポケットから取り出したのは、半分壊れてしまっている感じがする携帯電話だった。


 5人がいるのは、携帯ショップだった。

 京四郎が昨日、ポケットから出したのは、中学を卒業する少し前に、電源を切ってそのまま放置していた自分の携帯だった。

 インフルエンザを未夏に感染させないように実家に帰り、治ったときに自分の机の引き出しの中にあった携帯を取り出し、充電して動くか試してみた。


 その結果、電源は入ったものの、放置していた間に対応している通信サービスが終了してしまったために、電話としては使えなくなってしまっていた。

 未夏に見せながら説明して、機種を変更しようということになったのだった。


 睦美は持ってなかったこともあって、新規で契約することになった。


 憲治の機種変更の手続きが終わり、次は京四郎の番になった。

「お前は、どれにするんだ?」

「…希望のものはあるけど、予算の都合もあるから…」

 欲しい機種はあるのだが、手が伸びずに悩んでいた。だが、

「代金は私が出すから、気にせず好きなのを選べ」

 これを聞いて、驚きながら振り向く。

「え?」

「今更だが、たまには親らしいことをさせろ。私の父親としての立場がないだろうが」

(…以前の親父なら、絶対に言わなかったな…)

 こんなことを考えながら、京四郎は希望していた機種を選び、睦美の新規契約の手続きを済ませた。

(そういえば、瑠璃さんと未夏さんはもう持ってるのに、来る必要あったのか?)

 こんなことを考えたが、一緒に来た理由はこの後で知ることになる。


 憲治、京四郎、睦美の手続きが終わり、3人で店の外に出ると、瑠璃が睦美に駆け寄り、番号を教えてほしいと頼んだ。

 睦美は驚きながらも、一緒に来た理由を察して番号を教えた。


 未夏も京四郎に駆け寄り、二人で番号を交換した。

「これで、いつでも連絡が取れますね?」

「そうですね。といっても、ほとんど一緒にいますけどね」


 そして帰ろうとしたが・・・。

「待った!」

「どうしたの?」

 憲治がいきなり言い、睦美が聞いた。

「これから顔合わせもかねて、みんなで食事しないか? 都合がよければの話だが…」

「あ、そうね。ちょうどみんないるし。瑠璃ちゃんはどう?」

「私はOKよ。未夏と京四郎君は?」

「私は大丈夫」

「俺も、特にないけど…」

 京四郎が言うと、睦美はメモを見ながら、どこかに携帯で電話をした。


 ・・・・・・。


 みんなで京四郎の実家に行ったが、玄関の前には・・・。


「お帰り、京四郎。しばらく見ないうちに、随分男らしくなったじゃない」

「そうだな。しかも17でありながら、結婚の約束をした彼女を連れてくるとはな」

「まったく、年上の私たちより大人になるんだから…」

「和葉!? 龍司!? 夏海!? どうしてここに!?」

 3人の姿を見て、憲治は驚いた。

「お母さんから、京四郎が結婚相手を連れてくるって聞いたの。顔合わせに私たちがいないっておかしいんじゃない?」

「まぁ、そうだが…」

 和葉が聞き、憲治は予想外なことについていけない状態でありながらも納得した。

「ま、俺たちがどれだけ腹黒いかを知ってもらういい機会だしな。いて!」

 龍司が少し笑いながら言うと、夏海が龍司の頭を扇子で叩いた。

「腹黒いのはお兄だけでしょ? 私やお姉まで巻き込まないでよ!」

 このやり取りを見て、瑠璃と未夏はくすくすと笑っていた。


「で、京四郎の隣にいる人が…?」

「はい。京四郎さんとお付き合いをしております。木下未夏といいます」

 和葉が聞き、未夏は丁寧に挨拶した。

「私は未夏の母で、瑠璃と言います。睦美ちゃんとは、中学のころからの友達です」

「へぇ…すごい偶然だな」

 龍司が感心した。


「そろそろ中に入ろう。続きはそれからでもいいだろ」

 憲治は言いながら、玄関の鍵を開けて中に入り、残りのみんなも後に続いた。

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