第13話「新たな目標に向かって」

 校長の葬儀から数日が過ぎ、京四郎たちはいつもの日常を取り戻していた。

 変わったことがあるとすれば、京四郎が通信教育の課程を終えて、高卒認定を取得したことだった。


 未夏がいつの間にか、19歳になっていたことを最近知ったのは余談だろうか?

 夏に生まれたことと、“未来へ向かって、夏の日差しのように強く生きてほしい”という願いを込めて「未夏」という名前を付けたことを後で知ることになる。


「1年以上かかるかな?と思ってたら、呆気ない感じです」

「1日でも早く取得しようと必死でしたから、呆気なく感じてしまうのかもしれません」

 休日の朝、京四郎の高卒認定証を二人で見ながら話していた。

 実際、京四郎は未夏が出勤してから、帰ってくるまでのほとんどの時間を勉強に使っていた。

 未夏との結婚の条件を達成するために、必死な気持ちで勉強した成果だろう。


「あとは仕事を探すだけですけど、どこに行こうかな…?」

 未夏の勤め先に戻れたら…と思っていたが、未夏の会社は人が足りていて募集はしてなかった。

「また一緒に仕事ができると思ったのに、残念です」

「さすがに何もしないわけにはいきませんから、どこかでバイトしようかと思ってます」

「そのことですけど、実は課長が…」


 ・・・・・・。


「課長が、俺に?」

「はい。同じような職種だから問題ないだろうと…それに「やっと、借りを返せる」と言ってました」

「借り…? 貸しを作った覚えなんてないですけど…?」

「知らない間にできてたのかもしれないですね? それで、課長の話はどうしますか?」

「…まずは、会ってから考えてみます」


 翌日、平日ということで未夏は仕事に行き、課長に京四郎のことを伝えた。

「そうか…矢坂君はこの話を前向きに考えてくれるか…私としてもありがたい話だ。今から来てもらうことはできるかな?」

「電話してみます。今は部屋の掃除をしてると思いますので」

「そういえば、一緒に住んでるんだったな? 彼とはうまくいってるのか?」

「はい。おかげさまで」

「それはよかった」

 課長は安心し、未夏はいつからか持つようになった携帯電話で部屋に電話をして、京四郎に会社に来るように言った。


 数分後、京四郎は自転車で会社に着き、数か月ぶりに課長に会った。

「お久しぶりです」

「元気そうでよかったよ。私はやっと、君に借りを返すことができる」

「その借りって、何のことですか?」

 京四郎が聞くと、課長は未夏の使用期間の頃のことを話してきた。


 未夏は高校の時、鴇路のことがあってからしばらくした頃に、部長の息子に告白されたことがあったのだが、男性不信状態だったことで断ったことがあった。

 息子は断られたことを根に持ち、偶然にも自分の父親が勤めている会社に入ることになったことを知って、あることないことを父親に言い、怒った部長は、使用期間中に素行の悪い社員をつけて嫌がらせをしたのだった。

(息子は父親のコネクションで同じ会社に入社した)

 1か月ほど過ぎたころに、その嫌がらせから守って気を引こうとしたらしいが、その前に京四郎が事情を知り、仕事が終わってみんなが帰った後に事務の仕事を教え、1週間ほどで一人前にできるようになり、しかも京四郎に惚れてしまったことで計画は狂ってしまった。

 この内容が社長の耳に入り、社長は怒って、部長と息子を別々の地方に左遷させた。

 課長はこのことをしばらくしてから知り、出張でその場にいなかったとはいえ、何も知らなかったことに対する責任を取って辞職しようとしたみたいだが、それを京四郎が説得して止めた。

 しかし、それでは気が済まないということで、半年間の減給処分を自分から受けたのだった。


「あの時の申し訳なさを今も感じててね。でも矢坂君が引き留めてくれなかったら、家族を不幸にしてしまうところだったよ。その時の借りだ」

 この後は軽く雑談を交わし、本題に入った。


 ・・・・・・。


 夕方になり、定時になって未夏は車で帰り、その数分後には京四郎が帰ってきた。

「ただいま」

「おかえりなさい。あの話はどうでした?」

「色々話して、少しやってみたら、「明日からぜひ来てほしい」って言われました」


 実は課長の友人の親が社長をしている会社で募集をしていたらしく、求人を出しても誰も来なくて困っていたらしい。

 そこに課長が京四郎のことを話し、実際に会って会社に案内し、就労体験をしてもらった。

 その結果、課長の友人はもちろん、京四郎の仕事ぶりを見たみんなが驚き、すぐにでも来てほしいという話になったのだった。


「よかったです。これで明日から…」

「…明日から…?」

「私の深い愛情がこもったお弁当を、愛してるあなたに作ってあげられます♪」

 これを聞いて京四郎は、「本人の前で言うことじゃないだろ」と苦笑した。

「愛情だけで腹いっぱいになりそうですね…」

「ちゃんと食べてくださいね♪」

 未夏の笑顔に、京四郎がドキッとしたのは余談だ。


 この後は普通に夕飯を食べて、夜になって一緒のベッドに寝た。

(一緒に寝ただけで、特に何もしなかった)


 翌朝。

 二人とも仕事に行くために朝早くに置き、二人で朝の食事をして、一緒に外に出ようとした。

「今日から新しい職場で仕事ですね?」

 未夏は優しい顔で言うが、京四郎は・・・

「昨日はたまたまうまくいっただけだと思います。でも今日からどうなるか…」

 不安そうに言いながら、少し俯いた。

「京四郎さんの強みは、“機械に強いこと”だと思います。その強みを活かせばきっと…」

 言いながらそっと抱き寄せ、京四郎の頬に口づけをした。

「!」

「おまじないのキスです。頑張って…あなた…」

 耳元で囁いて顔を離すと、京四郎の目に、強い意志が宿ったように感じた。


 二人で外に出て、未夏は車に乗って職場に行き、京四郎も自転車で自分の勤め先に向かった。


「…京四郎さん…本当は、あなたの唇に…キスしたかった…」

 自分以外誰もいない車の中で、未夏は呟いた。


「さて、と…未夏さんとの結婚資金のために、頑張るかな」

 自転車を走らせながら、京四郎は呟いた。

「俺は何があっても、彼女のもとに生きて帰る! 未夏さんのために…」

 そう呟く京四郎の表情には、家を出るときよりも強い意志が宿っていた。


 離れていても、お互いに強く想い合う二人だった。


 そうしているうちに、いつの間にか11月の終わりになっていた。

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