第12話「別れのとき」

 未夏の運転する車で会場についたが、入り口は誠一たちもいた。

「もういたの?」

「少し前にね」

 未夏が聞き、凛が答えた。

「誠一、来てくれたか」

 誠一が通う高校の制服を着た、一人の男子生徒が声をかけてきた。

「おぉ、涼介…今回は大変だったな…」

「半年前からわかってたけど、実際にこうなるとな…」

「みんなに紹介する。一緒のクラスの田島たじま 涼介りょうすけ。校長先生の孫だ。涼介、こいつが校長先生の囲碁友達だった京四郎だ」

 誠一はみんなに校長の孫の涼介を紹介し、涼介に京四郎を紹介した。

「お祖父ちゃんの、囲碁友達…話には聞いてたけど、誠一の幼馴染だったのか…」

「俺だけじゃなかったみたいだけどな。偶然にも俺の祖母ちゃんが、校長先生の高校時代の囲碁クラブ仲間だったみたいだ」

 これを聞いて、涼介は驚いた。

 この後、みんなは涼介に自己紹介し、中に入った。


 中には予想以上に大勢の人たちが参列しており、椅子も多めに用意していたみたいだが、それでも足りないぐらいだった。

 それだけ、校長は多くの人に慕われていたのだろう。

 祭壇には、いろいろな花が綺麗に飾られており、その真ん中には優しく笑う校長の遺影があった。

「…なんか、ドッキリでしたって笑いながら出てきそうだな?」

「…そうだな…先月のキャンプでも、あの写真のように笑ってたな…」

 誠一と啓太が、少し沈んだ顔をして話していた。

「…これが、現実なのね…」

「…こうして目の当たりにしても、信じられないよ…」

 灯と千香が、少し離れたところで話していた。

「逸子のときも、こんな感じでした。これが事実でも、それを受け入れられない自分がいて…」

「今朝聞いたばかりですから、仕方のないことだと思います」

 足に力が入らず、立っているのがやっとの京四郎を、未夏が支えた。

 凛と晴香は、一度中に入ったものの、遺影を見るのが辛くて外に出た。



 それからしばらくして、通夜が始まった。



 静まり返った会場でお参りが始まり、それが終わると焼香になった。

 一部の人がすすり泣きながら、用意された焼香台で抹香を香呂に入れて合掌をした。

 京四郎たちも並び、自分たちの番になったときにみんなと同じように、焼香台で抹香を香炉に入れて合掌をした。

 ―――中学時代は、いろいろとお世話になりました。どうか安らかに…


 喪主である校長婦人が挨拶し、翌日の葬儀の説明をして、通夜は終わった。

 この後は雑談を交わし、軽く食事をして帰った。


 翌日、朝からみんなで会場に向かった。


 驚いたのは、中学時代の同級生がほぼ全員来ていたことだった。

 その中に教師もいたが、湯田と娘の時乃の姿がなかったが、そのことを誰も気に留めなかったみたいだった。


 それからしばらくして、葬儀が始まった。


 僧侶が入場し、真ん中の椅子に座ってしばらくすると読経が始まった。

 読経がある程度進み、焼香になり、全員の合掌が終わった。


 そして、喪主である校長婦人の挨拶になった。

「…夫は、半年前に3か月の余命宣告を受け、それを聞いた私は、一瞬にして目の前が真っ暗になりました。でも夫は、「一緒にいっぱいの思い出を作ろう」と言い、いろんなことをしました。そして先月、キャンプで中学の卒業生と会い、1泊2日でいろんなことを語り合ったのが、最後の思い出になり、「もう思い残すことはない」とでもいうような、安らかな顔で息を引き取りました。生前、こんなにも、っ…大勢の人たちに慕われてたのかと思うと、っ…、私も、妻でよかったと思います。本日は、お忙しい中、ご参列くださいまして、っ…本当に、ありがとうございました」

 校長婦人は最後のほうは泣きながら挨拶し、参列者もすすり泣く人がいた。


 この後、全員で校長に花を添え、出棺になった。


「俺たちにできるのは、ここまでだな…」

 誠一が空を見上げながら言った。

「そうだな…」

 京四郎が俯きながら言った。

「でも、こんなのないよ…卒業式の日の朝に、「成人式も私がお祝いするから、楽しみにしててくれ」って言ってたのに…」

「卒業式であんなことがあったから、成人式で今度こそって思ってたのに…」

 千香と灯が半泣きの状態で言った。

「でも、これだけ大勢の人が来てくれたのは、校長先生の人望があったからだろうな」

「そうね。校長としてはもちろんだけど、人としても立派だったのね…」

 啓太と凜が話していた。

 不思議なことに、校長のことを悪く言う人は一人もいなかった。


「まったく…去年の囲碁勝負で、わしから一勝を取って、そのまま行ってしまいおって…」

 スミはみんなから離れたところで空を見上げて言った。

「それがずっと、心残りだったのでしょうね? 悔いなく向こうに行けたと思えばいいじゃない?」

 隣にいた睦美が、肩に手を添えて言った。


「ずっと、眠っているような顔でしたね…思い残すことなく、空の向こうに行けたということでしょうか?」

 未夏が京四郎を、後ろから包み込むようにそっと抱きしめながら言った。

「きっとそうでしょうね…でも、複雑な気分です」

 京四郎は未夏の腕に触れながら、俯いて言った。

「どうしてですか?」

「…実は一昨日の亡くなった日は…校長先生の、誕生日だったのです」

「!?」

 未夏は驚き、何も言えなくなった。

「お祝いの日が命日になるなんて…校長先生にとって、どうなのかな?って思ってしまいます」

「確かに複雑ですね…しかも一昨日は、京四郎さんの誕生日でもありましたし」

「…! そういえば、忘れてた…」

 二人で苦笑するしかなかった。


 この後は解散になり、誠一たちとファミレスで食事をして、京四郎と未夏は着替えるために一度実家に行き、部屋へ帰った。



 だが、二人きりの静まり返った部屋で、未夏は京四郎にそっと抱き着いた。

「急にすいません…小学校の時に、お祖父ちゃんが亡くなった時のことが、今になって思い浮かんできて…堤防が、決壊寸前なのです」

 京四郎は受け止めるように未夏の背中に両腕を回した。

「無理もないことです。事実でもすぐには受け入れられないことですから…実は俺も、さっきから何かが込み上げてきて…もう、我慢できないのです…っ…」

「…っ…」

 この後、時計の秒針の音しか聞こえない部屋で、抱き合いながら静かに泣いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る