第11話 「それぞれの未来へ」

 夜になり、みんなはいくつかのテントに入った。

 京四郎と未夏・誠一と灯と千香・校長夫妻・凛と啓太・玉田と晴香といった組み合わせになった。

 凛の姉は、家のことがあるからと夕方に帰った。


 京四郎と未夏のテントでは・・・。

「こうして外で一緒に寝るのは、初めてですね?」

「そういえば、一緒に出掛けても日帰りばかりでしたね」

 用意された布団の中で未夏が声をかけ、京四郎が応えた。

「ところで、京四郎さんは…」

「ん?」

「本格的に旅行するなら、国内と海外のどっちがいいですか?」

「俺は…国内かな…?」

 これを聞いてどうするつもりだ?と思いながらも返事した。


 誠一と灯と千香のテントでは・・・

「まさか京四郎が、未夏姉さんと付き合うようになるなんてなぁ…」

「それを聞いたときは、私もびっくりしたわよ」

 誠一と灯が同じ布団で話していた。

「本当なら、私と付き合ってたかもしれないのに…それを考えると悔しいよ…」

「ちぃちゃんの気持ちを知ってたから、くっつけてやろうとしたんだけど、それが裏目に出るなんてねぇ…」

「でももういいだろ? 晴香姉さんの彼氏に負けないぐらい誠実な彼氏ができたんだからさ」

「そうなんだけどねぇ…」

 千香は京四郎が3人に絶縁を言い渡したとき、「これで完全に振られた」と思った。

 この気持ちを引きずり、学校でも沈んだ顔をしていたところに、一人の男子生徒に声を掛けられ、関係ないことに巻き込みたくないと思いながらも、我慢できずに事情を話してしまった。

 話しているうちに千香は泣いてしまい、男子生徒は優しく受け止めた。

 千香は恋に落ち、男子生徒に告白し、男子生徒は一目惚れだったことを言い、二人は付き合い始めた。

「本当にもういいだろ? あの二人の幸せを、みんなで願おうぜ?」

 誠一が言い、灯と千香は頷いた。


 校長夫妻のテントでは・・・

「このキャンプ、あなたにとっていい思い出になりそうね?」

「私はもちろんだが、君にとってもそうじゃないのか?」

「そうね。あんなことがあっても、あなたのことを慕ってくれる卒業生がいるんだもの。そんなあなたの妻で、本当によかったわ」

「そう言ってもらえると、私の長年の苦労も無駄ではなかったと思えるよ。子供たちも立派に成長して巣立ったし」

「いつもどんなに忙しくても、子供の面倒だけはちゃんと見てくれてたものね。あなたがあんなに子供好きだったなんてびっくりしたわよ」

 お互いに、何かを知っているかのような会話だった。

「彼らのそれぞれの未来が、明るくなっていてくれることを願おう」

「どんな未来が待っているのか、不安もあるけど、楽しみのほうが大きいわね」


 凛と啓太のテントでは・・・

「な、何今のは!?」

「これが俺の攻め方です」

 二人は携帯ゲーム機でレースゲームをしていた。

「この前よりもうまくなってるんじゃない?」

「先輩のアドバイスのおかげです」

 外に漏れない程度に抑えた声で会話をしていた。

「私、こんなこと教えてないよ?」

「そうだったかな…?」

「もしかして、他の女に教わったとか?(じぃ~)」

 聞きながら、ジト目で見る。

「それはないです。俺みたいなレースゲームしか興味ない男に言い寄ってくるのって、先輩しかいないですから」


 玉田と晴香のテントでは・・・

「晴香には、いい友達がいっぱいいるんだね?」

「まぁそうなんだけど、京ちゃんのことで一時期険悪になったのよ…」

 どうやら晴香は、この場に玉田を連れてきたことを後悔したみたいだ。

「矢坂君からも少しだけど聞いたよ。彼を早く自分のものにしようとして焦ってしまったんだね?」

 図星を突かれ、晴香は何も言い返せなかった。

「焦る気持ちはわかるけど、そのために嘘はいけないよ? 今回のことはいい教訓になったんじゃない?」

「うん…」

 しょんぼりした晴香の頭を玉田は優しく撫でた。


 こうして夜は更けていき、数時間後には朝日が各自のテントを照らした。


 全員で一つの大きなテーブルを囲み、朝の食事をして、校長夫妻を入れてみんなで記念撮影をして、それぞれ帰る準備をした。

(いつの間にか、凛の姉もいた)


「みんな本当にありがとう。いい思い出になったよ」

「こちらこそ、元気な姿でまた会えてよかったです」

 校長が言い、誠一が応えた。


 みんな笑顔で、それぞれの車に乗って帰った。



 しかし、これが校長の最後の姿になるとは、誰も予想しなかっただろう・・・。



 キャンプから1ヶ月ほど過ぎ、少し寒くなってもいつも通りに過ごしていた土曜日のこと。

 朝8時ごろ。未夏の部屋に、1本の電話がかかってきた。

「もしもし」

「あ、未夏? そこに京四郎君いる? 睦美ちゃんが、話があるみたいなの」

 かけてきたのは瑠璃だった。少し焦っているような感じの話し方だった。

「ちょっと待ってて」

 そう言い、そばにいた京四郎に受話器を貸した。

「もしもし?」

「あ、京四郎。さっき誠一君から連絡があってね…落ち着いて聞いてほしいの…実は…」

 受話器を取った時には、瑠璃も睦美に代わっていた。

 ・・・・・・。

「え!?」

 内容を聞いた京四郎は驚き、未夏もつられるように驚いた。

「…わかった、未夏さんにも話して決める。驚いてるけど、大丈夫だから。…啓太にも俺から話しておく。誠一から聞くかもしれないけど…」

 この後は軽く話して電話を切った。

 だが、京四郎は放心状態になってしまった。

「そんな、ことって…キャンプで、会ったときは…元気だったのに…こんなことって…」

 つぶやくように言いながら、力が抜けたように座った。

「どうしたのですか?」

 未夏の問いに、京四郎は少し荒い息をして答えられなかった。

 それからしばらくして、ある程度落ち着いて、ゆっくりと口を開いた。


「…校長、先生…が…」

 力のない声で、ゆっくりと話す。

「…昨日…亡くなった、って…」

 これを聞いて未夏は驚き、何も言えなくなってしまった。


 この後、京四郎はある程度落ち着きを取り戻し、啓太の家に電話した。

 校長が亡くなったことを話したら、倒れそうになるぐらい驚いたみたいだった。


 そしてスミも、驚いて倒れそうになったみたいだった。


 京四郎は少し落ち着いてから、電話で誠一に校長の家の住所を聞き、未夏と二人で向かった。

 実は校長の孫が誠一と高校が同じで、しかも同じクラスの友人で、その友人が誠一に伝えたのだった。


 校長の家では、通夜や葬儀の準備でバタバタしており、京四郎と未夏の姿を見た校長婦人が声をかけてきた。


「あら? 確か、先月のキャンプで…」

「はい。この度は、どう言えばいいか…」

 京四郎は、どんな顔で何を言えばいいかわからずに言葉を濁してしまった。

「気にしなくていいから。主人の顔、見てくれる?」

「私は、学校が違うこともあって面識がないのですけど…」

「でも、キャンプでは話しかけてくれたでしょ? それに主人は笑ってたから。ね?」

 校長夫人が少し陰りのある笑顔で言い、二人は家に入った。


 自分の部屋で、北を向いて横になっている校長の顔にかかっている白い布を、京四郎が取った。

 その顔は、ただ眠っているだけのように見え、そのうちに起きるのでは?と思わせる感じだった。

「…でもどうして…先月は元気だったのに…」

 言いながら、手に持っていた白い布をそっと顔にかぶせた。

「…実は主人は、半年前に3か月の余命宣告を受けてたの」

 校長婦人が言いにくそうに言うと、京四郎と未夏は驚いた。

「元気なうちに、やりたかったことをやっておこうと言って、いろいろやってたの。先月のキャンプはその一つだったの。でも…」

 キャンプから数日後、力が抜けたように動かなくなり、それからずっと入院していた。

「そして昨日の朝から、「キャンプで、彼らにまた会えてよかった…」と何度も言いながら目を閉じて、何も言わなくなったと思ったら、安らかな寝顔で息を引き取ったわ…っ…」

 ここまで言って、校長婦人はすすり泣いた。

「…今夜のお通夜、来てくれる? できれば、明日の葬儀も…会場はここだから」

 言いながら、葬儀場の場所が書かれたはがきを出してきた。

「今日も明日も、特に予定はないので、大丈夫です。未夏さん、一度帰りましょうか?」

「そうですね。着替えとかしないといけませんから。なので、今夜にまた来ます」

「…待ってるわ…」


 二人はその場を後にして、未夏のマンションに戻った。

 そのマンションの出入り口には、誠一たちがいた。

「どうしてここに…?」

「これからどうするかをみんなで話し合って、お前からの報告を待つことにしたんだ」

 京四郎が聞くと、啓太が答えた。

 未夏が校長婦人から聞いたことを話すと、みんなは驚いた。

「ここが、通夜と葬儀の会場だそうだ。みんな行くか?」

 京四郎が聞きながら、会場の場所が書かれたはがきを見せた。

 みんなは無言でうなずき、一度解散した。


 部屋に戻り、昼の食事をして、それぞれの実家に戻って喪服に着替え、部屋に戻ったりしているうちに、気が付いたら夕方になっていた。

「…こういう時、本当にあっという間ですね?」

 未夏が言いながら、京四郎を後ろから包み込むように抱いた。

「本当に…この後のことを考える間もないです…行きましょうか?」

 京四郎が聞き、少しして会場へ車を走らせた。

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