第10話 「思い出に浸りながら」
秋が深まったある日の休日。
京四郎たちはキャンプに行った。
未夏の運転する車の助手席に京四郎が乗り、二人で誠一が教えたキャンプ場に向かった。
「キャンプに行くの、何年ぶりかな…」
京四郎がつぶやき、未夏は微笑む。
「学生時代は、嫌な思い出ばかりというわけでもなかったみたいですね?」
「まぁそうですけど…」
京四郎は少し沈んでいた。
行くといったものの、灯や千香にどんな顔をしたらいいかわからなかったからだ。
これで十分気まずいのに、晴香も来ることを、家を出る直前に聞いて苦い顔をした。
「堂々としていればいいと思いますよ? いざとなったら、私があなたを守りますから」
未夏が京四郎を後ろから暖かく包み込むように抱きながら言ったことで、不安はなくなったみたいだった。
キャンプ場に着き、何人か見知った顔があった。
大き目のワンボックスカーが来たと思うと、出てきたのは未夏たちより少し大人びた女性と、凛と啓太だった。
「あれ?もしかして…」
「まぁ、そういうことだ。俺たち、付き合い始めたんだ」
京四郎が聞くと、啓太は照れながら言った。
大人びた女性は凛の姉で、凛と啓太のことはOKしているみたいだ。
近くに止まった軽自動車・モーヴァからも、運転席からは晴香、助手席や後部座席からは千香、誠一、灯が出てきた。
そして、見慣れないスポーツタイプの軽自動車・ゴペルが来た。
「他に誰か呼んだ?」
誠一が聞いたが、誰も知らないみたいだった。
ゴペルのドアが開き、出てきたのは・・・。
「こんにちは…って、矢坂君!?」
「玉田さん!? どうしてここに!?」
玉田という男と、京四郎はお互いに驚いた。
「…私の彼氏で、紹介しようと思って呼んだの」
晴香が言いにくそうに言い、みんなは驚いた。
玉田 徹(たまだ とおる)。晴香たちより2つ年上で、晴香が通う大学の先輩である。
明るく話しやすい性格の真面目な好青年で、悪い話を全く聞かないのである。
玉田も京四郎と同じく、学生のころから憲司の会社で手伝いをしていた。
同じ立場なこともあってか、割と気が合う仲だった。
気を取り直して、みんなでいくつかテントを立て始めた。
誰がどのテントを使うかは、後で決めることにした。
「京四郎、今夜のメニューはカレーってことになってるけど、あの約束、忘れないでくれよ?」
「…あぁ、飯盒炊飯のことか…」
「そうそう。火を起こすのは俺がやるから、心配するな」
いつの間にか昼になり、バーベキューをやっているときに誠一が京四郎に声をかけた。
「マッチ1本で簡単に火を起こせる有馬が、飯の炊き方を矢坂に教わるとはねぇ…」
そこへ啓太が来た。
「そういう田辺だって、釣りが得意だっただろ?」
3人は中学時代のことを思い出していた。
中学2年の夏休み。
学校行事の一つとして、夏休みの半ばにキャンプが行われた。
必要は物は担任の湯田と、娘の時乃が用意することになっていたが、その二人の姿がどこにも見えなかった。
しかし、二人が最初から行かないことを決めてみんなを困らせてやろうという企みが誰かの耳に入り、それを知ったみんなが各自でいろいろ用意したこともあって、誰も気に留めることはなかった。
バーベキューで何台か用意されたコンロに火をつけることになったが、誰も火をうまくつけられなかった。
だが、誠一があっという間に火をつけたことで、それを見たみんなは驚かずにいられなかった。
気を取り直してバーベキューは行われ、みんなでわいわいしていた。
そして夕方になり、カレーを作ることになった。
女子生徒たちは材料を切り、男子生徒たちは飯盒などの準備をした。
誠一が昼間のように簡単に火を起こして飯盒で炊飯になったが、4つあるうちの3つが真っ黒焦げになってしまった。
残りの一つは、焦げ一つない見事な仕上がりだった。
それは京四郎が用意した飯盒で、誠一たちは驚かずにいられなかった。
このこともあり、余った米を使い、京四郎に教えてもらいながらやりなおした。
全員で気を取り直し、カレーを作ってみんなで食べながらわいわいやった。
啓太が川で釣った魚を焼いて、それをみんなで食べたのは、余談ということにしておこう。
湯田と娘の時乃は、夏休みが明けたときにキャンプのことでみんなの困った顔を見てやろうと思ったが、思い出を楽しく語り合っており、それどころか、自分たちがいなくても何とも思われなかったことを悔しがったみたいだった。
「楽しそうに話しますね?」
「俺にとっては、唯一の楽しかった思い出みたいなものですから」
「…私も、参加したかったです」
未夏は中学の思い出がなくて、少し悲しい顔をしたが・・・
「思い出は、これから一緒に作っていけばいいと思います。だから今日は、思いっきり楽しみましょう」
京四郎が未夏の腕に触れながら言う。
「そうですね」
そう言いながら微笑んだ。
「おや? 矢坂君かな?」
「え?…あ!」
京四郎は年配の男性に声を掛けられ、振り向いて顔を見たときに驚いた。
その男性の隣には、同じ年頃の女性がいた。
「おーい! 京四郎!って、え!!?」
誠一が京四郎を離れたところから呼んだが、京四郎のそばにいる年配の男性を見て驚いた。
「おお、有馬君もいたのかね?」
「はい! おーいみんなー! 校長先生がいるぞー!!」
『え!?』
京四郎に声をかけた年配の男性が中学の校長だとわかり、誠一はみんなに叫ぶように言うと、それを聞いたみんなは驚いた。
校長は大人しい性格で、しかも自分の立場を鼻にかけず、しかも誰とでも仲良くなれることで評判だった。
生徒たちとの接点は京四郎がつないだのだが、そのきっかけは校長の趣味だった。
中学時代。
「ふぅ…ん?」
ある日の休み時間、京四郎は何げなく廊下を歩いていて、落ちているものに目が止まった。
「これは…囲碁の本?」
落ちていたものを手に取って確かめた。
「誰がこれを・・・?」
「あ、そこにあったのかね?」
声を聞いて顔を上げると、目の前に校長がいた。
「あ、校長先生。もしかしてこれは・・・」
「ああ、私のだよ。拾ってくれてありがとう」
京四郎は本を校長に返した。
「君は、囲碁に興味ないかね?」
「少しですけど、やったことあります」
これを聞いて、校長は目を光らせた。
「ほぉ。今日の放課後に校長室に来なさい。一局やろうじゃないか。待っておるよ」
そう言ってその場を去った。
放課後。京四郎は校長室にいた。
「ほぉ、その手で来たか…なかなかやるね」
言いながら、碁盤に自分の碁石を置く。
「祖母から教えてもらったやり方です」
「祖母? 名前、聞いていいかな?」
「浜口スミといいます」
これを聞いて、校長は驚いた。
「!? 君は…スミちゃんの孫!?」
この反応を聞いたとき、校長の初恋の相手か?と思ったが・・・。
「同級生でね。囲碁クラブで一緒だったんだよ」
もしかして、恋に落ちたのか?と思ったら・・・。
「私を連戦連敗にさせて、クラブを引退前の最後の勝負というときに家庭の事情で引っ越してしまって…」
これを聞いて、「勝ち逃げもいいところだな」と京四郎は思った。
「スミちゃんは、元気なのかね?」
「ほぼ毎日、畑仕事に精を出しながら、のんびりしてます」
ここで京四郎はふと思い、スミがどこに住んでいるのかを教えた。
後日、校長がスミに会いに行き、スミが驚いたのは余談だ。
みんなが校長夫妻を囲み、バーベキューで食事をしながら雑談を交わしていた。
「本当に、懐かしいね。10年ぐらい若返った気分だよ」
「卒業式の日にあんなことがなければ、俺たちは校長先生から卒業証書を受け取れたのになぁ…」
「あれは本当に、残念だったわねぇ…」
誠一と灯が、本当に残念そうな顔をして言った。
「何があったのですか?」
未夏が京四郎に聞いた。
「俺は当日にいなくて、兄期から聞いただけだから詳しくは知らないのですけど、卒業式の当日に校長先生が、ステージでお祝いの言葉を述べてる最中に、突然倒れたらしくて…」
校長は何の前触れもなく急に倒れ、すぐに救急搬送された。
搬送先の病院ですぐに精密検査などをしたが、原因は不明。
卒業証書は教頭から渡されたが、それと同時に式は終了になった。
それから半年もの間、昏睡状態だったことを京四郎は啓太から聞いていた。
「…本当に、何だったんだろうと今でも思います」
京四郎が、材料を用意しながら言った。
「本当に心配かけて、申し訳なかったね。でも私は、この通り元気だから」
「その元気な姿を見て、本当に安心しました」
誠一が焼けた食材を取りながら言った。
「あ、もしよかったら、校長先生も一緒にキャンプやりますか?」
灯が聞いた。
「いいのかね? 私みたいな老いぼれが一緒で?」
「歳なんて関係ないです。みんなで楽しみましょう!」
千香が笑顔で言った。
この後は、校長夫妻も入れて、みんなでわいわいやっていた。
「そうか…矢坂君はその年で、彼女との結婚の約束を…」
「未夏が羨ましいです。私がどれだけアプローチしても振り向いてくれなかった京ちゃんを、半年もしないうちに彼氏にしてしまうんですから」
晴香が膨れながら言った。
「その京ちゃんを怒らせたのが、運の尽きだったわねぇ。しかも妹のいっちゃんにも嫌われたし」
千香がジト目で見ながら言った。
「いっちゃんのことは言わないでよぉ。仲直りできないまま空の向こうに行ってしまって、それがずっと引っかかってるだからぁ!」
「自業自得でしょ? 京の気を引くためにとはいえ、あんなことをしたんだから」
晴香は一番気にしてることを突かれ、それを打ち明けたが、今度は灯が追い打ちをかけた。
「うぅ…」
「まぁまぁ、それぐらいにしようじゃないか」
校長が間に入ったり、玉田が晴香の過去を知り、晴香は嫌われたかとビクビクしたりといろいろあったが、大きなもめごとになることはなく、夜になった。
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