第8話 「つけるべき決着」

 未夏が姿を消して3日目。

 しかし、未夏からは何の連絡もなかった。

 京四郎にできるのは、未夏の無事を祈ることだけだった。


 未夏の無事を祈りながら、通信講座をやっていたときだった。

 出入り口の扉を乱暴に何度も叩く音がした。

「こら!未夏!そこにいるのはわかってるんだ!今日こそ大人しく出て来い!」

「…また来たか…本当に懲りない人だな」

 京四郎は呆れながらも、事を荒立てないようにするために、2日目と同様に居留守を使うことにした。

 本当は会って話をつけたほうがいいと思っていたが、勝手なことはしないほうがいいと思って居留守を使っていた。

 そのとき、部屋の電話が鳴った。

 京四郎は一瞬驚いたが、出たら中に人がいるのがバレる為、留守電になるまで放置した。

 電話は留守電につながり、メッセージを入れる音が鳴った。

『未夏です。京四郎さん、いますか?』

 間違いなく未夏の声だった。

 驚いて硬直するが、自力で何とか解いて受話器を手に取った。

「未夏さん、大丈夫なのですか?」

 外に聞こえない程度に声を抑えて話しかける。

『私は大丈夫です。関係ないことに巻き込んでしまってすいません…』

「俺のことは気にしないでください。今は未夏さんの元父親が、玄関で怒鳴り散らしてます」

『!?』

 これを聞いて、未夏は驚いて言葉が出なかったようだ。

『気をつけて下さい。あの人は狙いをつけると、タコみたいにくっついてなかなか離れないですし、無理矢理引き剥がしても、その傷跡を必ず残しますから』

「なるほど。それが逃げ回ってる理由ですか…」

『そうです。下手をしたら、京四郎さんでも無傷ではすまないかもしれません』

 京四郎は自分のことは気にしなくていいと言い、少し話して電話を切った。


「おい未夏!出ないなら出るまで呼び続けるぞ!」

 英輔はまだ出入り口の扉を乱暴に叩いていた。

 京四郎は「本当に懲りない人だな」と呆れながら思ったが、ふと思って行動に出た。

「未夏さんはきっと、これ以上事を荒立てられないように、毎回身を潜めてたんだろうな」

 独り言を呟き、玄関に向かって歩き出した。

「ならばいっそのこと、こっちから事を荒立ててやるか」


 玄関の鍵が外れる音が聞こえ、その瞬間に英輔は扉を思いっきり開けた。

「おい未夏!…って、誰だお前は!?」

 扉を開けて未夏を引っ張り出そうとしたが、そこにいたのは当然ながら未夏ではなかった。

「近所迷惑もほどほどにしないと、警察沙汰になりますよ?」

「そんなことはどうでもいい! お前は誰だ!?」

 英輔は見知らぬ人物がいることに驚くと同時に、苛立ち始めたみたいだ。

「矢坂京四郎。木下未夏さんの彼氏です」

 これを聞いて英輔は驚いた。

「鹿島英輔さんですね? 未夏さんの母親の瑠璃さんからいろいろと聞きました。再婚相手の姪の面倒を、未夏さんに見させようとしてることも」

「そこまで知ってるなら話は早い! 未夏を出せ!」

 京四郎は全く緊張することなく話しているみたいだ。

「残念ながら、未夏さんは3日ぐらい前から帰ってきてませんし、どこにいるかもわかりません。鹿島さんが来ることを知ってたからでしょうね」

 これを聞いて英輔は、苦虫を潰したような表情になった。

「自分の姪のことぐらい、叔父である自分でどうにかするのが普通じゃないのですか?それを他人に押し付けるのは無責任だと思いますけど?」

「黙れ!私は未夏の父親だぞ!それに娘が従妹たちの面倒を見たらいけないのか!?」

「“元”・父親でしょ。瑠璃さんと離婚して、親権も自分から放棄した上に、給料差し押さえの知らせが届くまで養育費も全く払ってなかったのに、今になって父親を名乗る資格はないはずです」

 これを聞いて英輔はうぐっとなった。

(思ったとおりだ。事を荒立てようとする人は、中身が無防備だから、逆に荒立てられるとうろたえる)

「京四郎君の言うとおりよ。離婚届けにサインしたときに、あなたは何て言ったか覚えてるわよね?「ガキは嫌いだから、お前にくれてやる」って不適に笑いながら言ったのを、私は忘れてないわ」

 いつの間にか瑠璃がいた。

「瑠璃さん、いつの間に?」

「さっき、未夏から連絡があったの。結構執念深い性格してるからまだいると思ってたけど、京四郎君が立ち塞がるとは思わなかったわ」

 英輔は固まって言葉が出ないみたいだった。

「何度も会わせろと言ってきても、その度に私が断ってたし、何も知らせないから、自分で調べて会いに来たのでしょうけど、未夏はここにいないし、どこにいるか知ってても教える気はないわ。それに、未夏を見つけて無理矢理連れて行ったら、誘拐で訴えることを覚えておくのね」

「それに加え、監禁で処罰されることも、忘れないことです」

 英輔はとどめを刺された気持ちになり、とぼとぼとその場を去った。

「ぐ…っく…」


「くそぉ…あんな青臭いガキに負けるとは…」

 外を歩く英輔の呟きは、誰にも聞かれることはなかった。


 英輔の姿が見えなくなったのを確認してから、瑠璃と京四郎は未夏の部屋に入った。

「あの人を相手にやるわね?傷跡を残すどころか、自分から離れるようにさせるなんて…」

 瑠璃は感心していたが、京四郎は別のことを考えていた。

「どうしたの?」

「子供の反抗期、か…いつか自分が親になったとき、子供が反抗するようになったら、どうしたらいいか…」

「京四郎君は、自分の反抗期を覚えてる?」

 瑠璃に聞かれて、京四郎ははっとなる。

「自分の、反抗期…」

「その頃の自分が、誰にどうしてほしかったのかを思い返してみれば、答えはきっと見つかると思うわよ?」

「そうしてみます」

「実はね、あの人の姪が、叔父であるあの人を嫌いなのは、私が去年の今頃に一度会って、そのときにあの人の過去を話したからなの。反抗期な上に、叔父の酷い過去を知ってしまったら、余計に嫌いになるわよ」

 秘密を話した後、瑠璃はどこかに電話をかけた。

「あ、未夏?こっちはもう大丈夫。京四郎君が立ち塞がって、一緒に追い払ったから。それに釘を刺したから、もう来ることはないと思うわ」

 これを聞いて、京四郎は驚きながら瑠璃を見た。

「迎えに行くまで待ってて。今外を出るのは危ないから。じゃぁね」

 そう言って瑠璃は電話を切った。

「瑠璃さん…まさか、未夏さんは…」

「私の提案で、ずっとうちにいたわ♪それじゃ、今から迎えに行って来るから、ここでおとなしく待っててね♪」

 驚く京四郎をよそに、瑠璃は笑顔で言うと、そのまま部屋を出て行った。

「瑠璃さんと一緒に…よく考えたら、実家は一番安全な場所だな」


「未夏が京四郎君に、結婚したいと思うほど惚れた理由、わかった気がする。自分の身の危険を顧みずに、大切な人を必死な気持ちで守ろうとする彼は、まさに“男の中の男”ね。京四郎君…未夏をお願いね」

 部屋を出てから、瑠璃がこんなことを呟いていたことは余談だ。


 30分ほどして、出入り口の扉が恐る恐るという感じで、ゆっくりと開いた。

「た、ただい、ま…」

 未夏は言いにくそうに小さな声で言って扉をそっと閉めて鍵をかけると、震える足で京四郎の側に行った。

「あ、あの…」

「お帰りです。未夏さん」

 窓の外を見ていた京四郎は、言いながら振り向いた。

「そ、その…怒って、ます、よね?」

 未夏は恐る恐る聞いた。

「え? 怒ってませんけど?」

 京四郎は変に思いながら言うと、今度は未夏が変に思った。

「え? だって、急に姿を消したのに…」

「普通は怒るところなのかもしれませんけど、無事を祈ることしか頭になくて、叱ってやろうとか考えられなかったです」

 これを聞いた未夏は、ホッとして一息ついた。

「それに以前、自分の意志じゃなかったとはいえ、何も言わずに姿を消した俺を叱るどころか、優しく迎え入れてくれた未夏さんを叱ることなんて、俺にはできません」

「っ、・・・・・」

 未夏は俯き、京四郎はどうしたのか聞こうと思った瞬間だった。

「京四郎さん!」

 未夏は勢いよく京四郎に抱き着いた。

 京四郎は驚き、何があったかわからずにいたが、未夏が鼻をすすっている音を聞いて、泣いているのだとわかった。

「会いたかった…ずっと、会いたかった…」

「俺もです。未夏さん…本当に、無事でよかったです」

 京四郎はそう言って、未夏の背中に自分の両腕を回して優しくさすった。


 しばらくして未夏は泣き止んだが、抱き合った状態のままだった。

「ずっと、早く帰りたくて…でも、ずっと不安で怖かったです。この件が落ち着いて帰った時…京四郎さんに、どんなにきつく叱られるかと…」

「不安だったのは、俺もです。晴香さんとの揉め事があった後のことでしたから、あの一件で、顔も見たくないほど嫌われたかと思ってました」

 これを聞いて未夏は、自分の腕に少し力を込めた。

「そんなことはありません! すぐにでも結婚したいと思うぐらい、本気で愛した京四郎さんを、一瞬で顔も見たくないほど嫌いになるなんて!」

「…これを聞いても、今の気持ちは変わらないですか?」

「何ですか?」

 未夏は聞きながら体を少し離した。

「未夏さんが帰ってこなくなった2日後に、俺はコンビニの前で晴香さんと口論になって…ついには怒りに任せて殴り倒しました」

 当然ながら、未夏は驚いた。しかし、

「一昨日ぐらいに会いましたけど、あの頬の湿布と腫れは、京四郎さんが原因だったのですか。晴香ったら、何が虫歯よ!」

「虫歯?…ったく、腫れだけならともかく、殴られた痣で嘘だとすぐわかるぞ」

 お互いに苦笑した。

「でも、本当に俺でいいのですか? 本気で怒ったら、相手が女でも、怒りに任せて殴り倒す、凶暴な性格の俺で…!」

 続きを言おうとしたが、未夏は京四郎の唇を自分の唇で塞いだ。

「怖くないと言えば、嘘になります…でもこれが、私の返事です。今も私は…すぐにでも結婚したいぐらい、本気であなたを愛してます」

 しばらくして唇が離れ、未夏は京四郎の耳元で囁いた。

(この感じは何だろ…俺の凶暴な部分が、吸い取られていくような…)


 この後は、数日ぶりに未夏が作った食事を二人で食べた。


 食事を終えて、二人で出かけた。つまり、初めてのデートだ。

 部屋を出たときからずっと手をつないでいたため、人込みの中ではぐれることはなかった。


 夕方になり、ふと思って鴇治と一悶着(?)あった海に寄った。

 夕日で赤く染まる海を無言で見ていたが、未夏が口を開いた。

「京四郎さん…お願いがあるのですけど、いいですか?」

「お願い?どんな?」

 京四郎が聞くと、未夏は頬を赤くした。

「その…お姫様抱っこ、してくれませんか?」

「お姫様抱っこ…誰にもやったことないけど、うまくいくかな…」

 京四郎が独り言のように頭をかきながら言ったのを聞き、未夏は驚いたが・・・。

「それなら、私を初めての相手にしてください」

「…わかりました」

 そう言って京四郎は未夏の肩に手を回し、もう片方の手を膝の下に回して抱きかかえ、未夏は京四郎の肩に自分の手を回した。

 ―――軽い。それに温かい。

「こんな感じで、いいですか?」

 京四郎の質問に、未夏はクスッと笑った。

「こういう雰囲気の時は、そういう質問はしないことです」

 この後、今の二人に言葉はいらないとでもいうかのように、何も言わずに海を眺めていた。

 ―――あのことは、帰ってから言えばいいか。

 そして、夕日が海に沈んで見えなくなった時に、京四郎は未夏を降ろして、手をつないで帰った。


 夕飯を食べ終えて、未夏は不意を打つように京四郎に聞いた。

「何を考えてるのですか?」

「え?」

 京四郎はいきなり聞かれて戸惑いを隠せなかった。

「海にいた時から、何かを言おうとして、今は言わないでおこうという顔をしてました」

「見抜いてましたか…」

 言いながら頭をかく。

「女の感を、甘く見ないことです♪さぁ、観念して話してください♪」

 未夏が満面の笑顔で言うと、京四郎はその笑顔に一瞬ドキッとした。

「わかりました。海にいた時からというより、出かける前から考えてたのです」

 言い終えて一息つき、意を決したように言った。

「実は…結婚のこと、ですけど…」

 京四郎は言いにくそうに言い、未夏は予想外なことにゴクリと喉を鳴らした。

「一通り落ち着いたら考えてくれと言ってましたけど、その時に考えるのは遅いような気がしました。なので、自分なりに考えてたことを、今言います」

 この後、しばらく沈黙が続いたが…。

「今から2年以内に、俺が高卒認定を取得して、社会復帰してある程度落ち着いたら…未夏さんの二十歳の誕生日に、俺は未夏さんを…嫁にしたいと思います」

 未夏は放心状態になったが、しばらくして落ち着き、京四郎の手を取って言った。

「わかりました。私は、あなたが一日でも早く、高卒認定を取得して社会復帰できるように、可能な限りサポートします」

「俺も、未夏さんのサポートに応えられるように、頑張ります」


 この後、別々に風呂に入って、一緒のベッドで寝たが、先に横になっていた京四郎を未夏が抱き寄せた。

「あ…」

「3・4日ぐらいしか過ぎてないのに、すごく久しぶりな感じです」

「俺もです。未夏さんがいない間、どれだけ空虚だったか…」

 京四郎は言いながら片腕を未夏の背中に回し、未夏は京四郎の頭を撫でた。

 そして、お互いに心の中で強く誓い合った。

『もう、二度と離さない…絶対に!』

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