第4話 「長続きしない隠し事」

 京四郎は未夏に頼んで、未夏の運転する車で、ある場所へ向かった。

 その場所とは、夏海が通っている大学である。

 そして、大学の窓口で夏海に関することを聞き、未夏は驚き、京四郎は納得した。

「やっぱりそうだったか…」

「よくわかりましたね?」

「夏海姉ぇは以前、単位が足りなくて留年して、もう一度3年をやることになったって言ってましたから。それなのに就職活動ってのが気になりまして…」

「へぇ…」

 未夏は感心していたが、京四郎は気になることがあった。

 ―――親たちはこのことを知ってるだろうな。ということは知らないのは俺だけか…母さん以外に黙って家を出たからしょうがないか。


 この後、京四郎はまさかと思い、また未夏に頼んで、未夏の運転する車で別の場所に行ってあることを調べた。

 そして、それが事実になったのであった。


 数日後。京四郎は実家に一時的に帰ることにした。

 未夏は不安だったが、京四郎が必ず戻ってくると約束したので、それを信じて待つことにしたのだった。


 実家では、京四郎が黙って家を出たことを憲司が激怒していた。

「京四郎!勝手に家を出ておきながら、よく堂々と帰ってこれたな!」

「勝手ってのは、誰にも何も言わずに行動することだろ?俺は実行する数日前に、このことを母さんに言ったから、勝手にならないだろ?」

「なぜ母親の睦美に話して、父親の私に黙ってた!?」

「なんとなくだけど、どんな理由を言っても、頑なに反対するってわかってたからさ」

 怒鳴る憲司に対して、反論する京四郎は冷静だった。

「そんなことをするぐらいなら、仕事を辞めて高校へ行け!」

「断る!誰にどう言われようと、俺はもう学校に行く気は全くないから!」

「どうしてそこまで頑なになる!?和葉たちは進学しただろうが!」

 冷静に反論する京四郎に対して、憲司はイライラし始めた。

「姉貴たちは姉貴たちで、自分たちが思ったとおりの道を進んだんだろ?俺もそうしただけのことだ。学校を出たら、その先にあるのは就職だろ?俺は就職する時期が、他の人たちより少し早かっただけだ!」

「だけど、少しは学歴を増やしたほうがいいわよ?リストラされて再就職しようとしたら、社会経験はもちろんだけど、学歴も見るから」

 途中でいつの間にか帰ってきていた夏海が割り込んだ。

「そうだ。それに大学を出ておけば、高卒よりも就職が有利になるんだぞ。この際だ、仕事をやめて高校へ行け。ついでに夏海が通ってる大学にも進学しろ」

「やだね。中学に入って少しした頃から、学校が嫌で仕方なかったんだ。こんな気持ちで進学しても、その先にあるのは中退だ。それに…」

 夏海に合わせるように憲司が言ったが、京四郎の気持ちは変わらなかった。

「それに、何だ?」

「大学入って、半年で辞めた人間の台詞じゃないだろ!?」

「なに?」

「な、なんのこと?」

 夏海は焦って誤魔化そうとしたが、京四郎はそれを許さなかった。

「この前の平日に、休暇を取って町を歩いてたら、スーツ姿の夏海姉ぇを見たんだ。留年して今は3年なのに、就職活動してるのが気になって、後で大学に行って夏海姉ぇのことを聞いたら、去年の夏休みの初日に退学したって言うじゃないか。しかも専門学校のときから一緒の同級生の話によれば、編入してからは勉強よりバイトに精を出して、退学するまでの半年の間に、1日しか通学しなかったんだってな!?」

 これを聞いて、夏海は驚いた表情で固まった。

「夏海!それ本当なのか!?」

 憲司は激怒して夏海に聞き、夏海は俯いて何も言わなかった。

「そうか…もうバレたのね…」

 夏海は俯いたまま、低い声で呟いた。

 本来なら授業料の支払いが止まってすぐにわかるはずだが、夏海は奨学金制度を利用したため、京四郎が言うまで知らなかった。

「なぜ中退なんかした!?」

「…お父さんが悪いのよ。本当なら私は、専門学校を出たら就職するはずだったのに、決まってた内定を勝手に断って、しかも無理やり編入なんかさせて…」

「私はお前のためを思ってやったんだ!それをお前は!」

憲司が起こりながら詰め寄ると、夏海は顔を上げて睨み返しながら怒鳴った。

「何が私のためよ!?本当は一家全員が大卒になったときに、そのことで近所でいい顔をしたいだけでしょ!?」

 この後も憲司と夏海は怒鳴りあった。


 京四郎は自分には関係ないとでもいうかのように別の部屋へ行った。


「あら、京四郎。おかえり」

 仏間に顔を出すと、そこには睦美がいた。

「母さん…姿が見えないと思ったらここにいたのか。確かめたいことがあって帰ってきたんだ。またあっちへ戻るけどね」

「もしかして、もう帰ってこないの?」

「今回みたいにたまにだけど帰ってくるさ。実家だし、母さんと逸子がいるから」

 仏壇の側にかけてある逸子の写真を見ながら言った。

「あら? その手に持ってるのは?」

「ああ、これか…あいつが食べたがってたドーナツだ」

 京四郎は帰る途中、何気に周りを見たときにドーナツを売っている店が目に入り、逸子が入院中にドーナツを食べたがっていたことを思い出し、逸子が好きそうなものをいくつか選んで買っていたのだった。

―――元気な時に、食わせてやりたかったな…。

 入院中に食べさせたかったが、その当時、ドーナツを売っている店が近くになかったためにできなかったのだった。

 そのドーナツの箱を開け、仏壇に供えた。

「ふふ。あの子の無邪気な笑顔が思い浮かぶわ。この前の夢のように」

 睦美が仏壇に飾ってある逸子の写真を手に取って、優しく撫でながら言った。

「そうか…逸子は母さんにも会ったのか…」

「“にも”? 京四郎も会ったの?」

 京四郎は頷き、睦美の横に座った。

「俺の時は、優しく微笑んでた」

「そう…逸子にとっては、幸せだったのかもしれないね」

「そうなんだろうな。そうでなければ、あんな表情はできないから…少しも寂しくなかったとも言ってた」

「そう…」

 この後は無言になった。

 だが、隣の部屋では憲司と夏海の怒鳴り声が響いていた。

 ―――静かにできないのか・・・。


「じゃ、そろそろ戻るから」

 そう言って京四郎は立ち上がった。

「…夏海、黙って退学したんだね?」

「そうみたいだな。母さんはどう思ってる?」

「夏海の人生だからね。ある程度は夏海の好きなようにさせてるわ。今回のことでも、怒ってるのはあの人だけだし…」

「親父もそういう人間だったらよかったんだけどな…あ、そう言えば…」

「どうしたの?」

「実は…」

 京四郎は憲治に聞こえないようにもう一つの気になっていたことを話した。

「そうだったの…」

「親父には俺が頃合を見計らって話しておく。今回みたいに激怒するだろうけど」

「そうね」


 憲治は夏海のことで怒りが収まらない状態でありながらも、用があって外出し、夏海も憲司に対する怒りが収まらない状態でありながら下宿先に戻り、その数分後に家を後にした京四郎は、未夏のマンションに向けて歩き出した。

 その途中で車のクラクションが後ろから鳴り、京四郎の斜め前で見慣れた車が、ハザードランプをつけて止まった。

「京四郎さん、乗ってください」

 車から未夏が窓を開けながら言った。

 京四郎は助手席に乗り、車はマンションに向けて走っていった。


「ただいま」

「おかえりなさい。約束どおりに帰ってきてくれましたね」

「俺は守れる約束しかしませんから。けど、ここで待っててもよかったんじゃないですか?」

「不安だったのです。京四郎さんが約束どおりにしようとしても、誰かに邪魔されてしまうんじゃないかって…でも、京四郎さんはこうして帰ってきてくれました」

 京四郎が振り向くと、未夏は潤んだ瞳をしていた。

「たとえ目の前に頑丈な壁が立ち塞がろうとも、俺はそれをぶっ壊してでも突き進みますから…あ…」

 続きを言おうとしたが、急に未夏に抱きしめられた。

「私…今、凄く幸せです」

「そんな大げさな…」

「大げさでもいいです。今はこうさせてください」

 京四郎はしばらくは呆れたような感じになっていたが、未夏から感じる暖かさに身を任せるように体の力を抜いた。

 だが、未夏にとってこの幸せなひと時が引き裂かれるとは、この時は誰も思わなかっただろう…。


 数日後。

 京四郎と未夏はいつもどおりに出勤し、いつもどおりに仕事をしていた。

 しかし、昼休みに京四郎の姿がどこにもなく、そのことで未夏は聞きまわり、ついにはとんでもない事実を突きつけられるのであった。

 それは、昼休みになる少し前にある工場の社長が訪れ、京四郎を自分の会社に引き抜いたそうだ。

「残念だが、矢坂君はもうここの従業員じゃない。だが、夜になればきっと君のところに帰ってるはずだ」

 課長は未夏を支えるように話し出した。

「本当ならうちは高卒でなければ入社できないのだ。矢坂君が中学の制服を着て試験を受けに来たときは、正直驚いたよ」

「どうして、試験を受けさせたのですか?」

「あの当時、この会社に試験を受けに来るのは高卒以上の人だろうと思って、必要資格のところに何も書かなかった。私の知り合いが、彼を紹介してね。採用する気はなかったのだが、現場を見学させたとき、置いてある機械を見せて、何をするための機械かを聞いたときの返事が凄かったなぁ…」

 課長は京四郎に、冗談半分で何の機械かを説明してみろと言ったとき、その返事が意外なものだった。

 なんと、京四郎は機械の名称や役割などを、何一つ間違うことなく答えてしまったのだった。

 これを聞いた課長は驚き、京四郎ならすぐに会社にとって必要な戦力になると思って採用したとのこと。

「そんなことがあったのですか…」

「彼が帰ってたとしても責めないで欲しい。引き抜きの話を矢坂君は拒否したが、引き抜いた会社の社長が数人の部下とともに無理矢理連れて行ったんだ。私はそれを見ても何もできなかった…すまない」

「相手が社長なら仕方ないと思います。京四郎さんのことは、私が何とかします」

 未夏は強い意志を宿らせた表情で言った。

「わかった。だが、これだけは言っておく。矢坂君を見つけた後、君のことだからもう一度ここで働かせてあげられないか?と頼むだろう。冷たいようだが、うちは今後、高卒以上の人しか取らない。これだけは君がどれだけ頼んでも変えるわけには行かないのだ」

 課長は厳しい表情だった。未夏はただ頷くしかできなかった。

「だが、君にはもう一つ謝らなければいかんな。君の試用期間中のことを、後で矢坂君から聞いて驚いた。その時私は出張で取引先を回ってて、戻ってきた後も何も知らされてなかったんだ。なのに茶くみ人形にしてしまったこと、本当にすまかった」

 そう言って課長は頭を下げた。

「あ、その、顔を上げてください。あの日の夜から、京四郎さんがいろいろ教えてくれたおかげで、今の私がありますから」

 未夏は驚きながらも事情を説明した。


 定時になり、未夏は京四郎が帰っていることを願いながら車を走らせた。

 しかし、部屋に京四郎の姿はなく、夜になっても帰ってこなかった。

(京四郎さん…一体どこに…)

 心当たりがありそうな場所に行ったり聞いたりするのが一番だと思ったが、未夏は京四郎の実家の場所を知っていても、京四郎の両親はおそらく自分のことを知らない。

 だとすれば、祖母のスミならと思って電話してみた。

「はい、浜口ですが?」

 電話に出たのは澄江だった。

「木下です。こんばんわ」

「おや、未夏ちゃんかい?」

「はい。あの、そちらに京四郎さんはいませんか?」

「京四郎?はて、家には来てないよ。何かあったのかい?」

 未夏は昼間のことを説明した。

「なるほどねぇ…」

「どこか、京四郎さんの行きそうな場所に、心当たりはないですか?」

「わしは知らないねぇ。じゃが、そう気を落とすこともなかろう。いつか必ず未夏ちゃんのところに帰るよ。京四郎はそういう子だからねぇ。祖母のわしが言うんじゃから、大丈夫じゃよ」

 これを聞いて未夏は少し安心した。

「こっちで見つかったら未夏ちゃんのところへ帰るように言うよ。じゃ、わしは用があるから切るね」

 そう言ってスミは電話を切った。


「この時間になっても帰ってない…京四郎…どこにいるのじゃ?」

 独り言を呟いてから、スミは京四郎の実家に電話をした。

 電話に出たのは睦美で、スミは未夏から聞いたことを、未夏のことなどは伏せて説明すると、睦美は驚いた。

 そして、睦美はあることを思い出し、それをスミに話した。

「なるほど。憲司のやつ、動きおったな。睦美よ、後のことはわしに任せておくれ」

 そう言ってスミは電話を切った。

「今夜はもう遅いから明日じゃな。京四郎、未夏ちゃん…しばらくの我慢じゃぞ」


 京四郎が姿を消して3週間ほど過ぎても、行方はわからないままだった。

 未夏はずっと京四郎を待っていたが、それも限界になろうとしていた。


 ある日の夜。仕事を終えて帰宅した未夏は、スミから何の連絡もないことが気になっており、じっとしていられずに部屋を出た。

 外は暗く、車はライトしか見えないぐらいだった。

 そんな中で未夏は何気なく近くにある公園に行った。

 入る前から予想していたが、誰もいないことに未夏はガックリするしかなかった。

「お婆ちゃんからも何の連絡もないし、京四郎さんも帰ってこない…本当に、どこに…」

 こんなことを呟いたとき、後ろで何かが倒れたような音がした。

 未夏は驚いて後ろを見ると、自分と同じ年頃の男がうつぶせになって倒れていた。

 驚いて駆け寄り、髪型や身長に見覚えを感じながらも、倒れていた男を仰向けにすると、驚きは倍増した。

「京四郎さん!?」

 そう、倒れていた男は京四郎だったのだ。未夏は頭の中が真っ白になった状態でありながらも、京四郎の体を抱えて帰ろうとしたが、京四郎の体はすごく熱かった。

「酷い熱…こんな状態になるまでどこに…」

 一言呟き、京四郎の体を何とか抱えて自分の部屋に帰った。


 未夏は自分の部屋で、京四郎を布団に寝かせて医者を呼んだ。

「高熱ですが、命に別状はありません。脱水症状を起こしてますので、水分を取るのがいいでしょう」

 少し苦しそうに寝ている京四郎だったが、医者から状態を聞いて少し安心したみたいだ。

「では、私はこれで失礼します」

 そう言って医者は帰っていった。


 未夏は眠気と闘いながら、懸命に京四郎の看病をした。

 とは言っても、氷水で冷やしたタオルを額にあて、タオルが温くなったらまた冷やして額にあてる行動を繰り返すだけだったが…。

 それでも未夏は必死な気持ちだった。


 翌朝。この日は土曜日で、仕事は休みだった。

「う、うん…ここは…?」

 京四郎が目を覚まし、視界に見慣れた天井が入ってきた。

「未夏さん…」

 寝た状態のままで横を見ると、自分のすぐ側で看病に疲れて眠っている未夏の姿があった。

「そうか…俺、帰ってきたのか…」

 未夏の姿を見て安心したのか、京四郎は一息ついた。

「う、うん…あ、京四郎さんのタオル…!?」

 しばらくして未夏が目を覚まし、京四郎のタオルを変えようとしたが、京四郎が目を覚ましているのを見て驚いた。

「気がついたのですね。よかった」

「ついさっきですけどね。俺、帰ってきたのですね?」

 この時の京四郎の目は潤んでいた。

「そうです。…おかえりなさい」

 未夏の目も潤んでいた。

「雰囲気を壊すみたいですいませんけど、水をもらえますか?喉と胃の中がカラカラで…」

「あ、すいません。脱水症状でしたね。今持って来ます」

 未夏は用意していたコップに一杯の水を入れて京四郎に渡そうとした。

 だが、京四郎は体を起こすのも辛いみたいで、それを見た未夏は京四郎を寝かせた。

「横になってていいですよ?薬も飲まないといけないですし」

「けど、起きなかったら飲めないでしょ?」

 これを聞いた未夏は顔を少し赤くして微笑むと、水と解熱剤を口に含んで京四郎に口移しで飲ませた。

「!…う、うぅ…ぷはぁ」

 口移しが終わると、京四郎は顔を真っ赤にして荒い息をしていた。

 未夏は顔を少し赤くしただけで不思議と落ち着いていた。

「もう、口移ししただけで真っ赤になることなんてないじゃないですか」

「俺には十分刺激的ですよ…」

 これを聞いて未夏はクスッと笑う。

「本当は、聞きたいんじゃないですか?」

 落ち着いた京四郎はふと未夏に聞いた。

「何をですか?」

「俺が職場から姿を消した日から、昨夜までどこで何をしてたかです」

 これを聞いて未夏は頷く。

「気にならないと言えば嘘になります。ですが、今は京四郎さんの看病に集中させてください」

「未夏さん…」

「聞きたいことはいっぱいあります。でもそれらは京四郎さんが元気になってからでも遅くないと思うのです」

「…わかりました。体調が回復したら、必ず話します」


 この後はしばらく重い空気が漂ったが、昼になったこともあって食事をすることになった。

 未夏は自分の食べる分はもちろん、京四郎にもお粥を作った。

 京四郎は解熱剤を飲む前より少し熱が下がっており、食欲もあったので未夏が作ったお粥をたいらげた。

「食欲はあるみたいですね。さぁ、もう横になってください。早く治すには、眠くなくても横になってじっとするのが一番です」

 京四郎は何も言わずに大人しく横になった。


 しばらくして京四郎は目を閉じて静かに眠っていった。

 未夏は寝息を立てる以外の動作を見せない京四郎の髪をそっと撫でながら優しい子守唄を歌っていた。

 その手つきは、かつて自分が病弱だった頃に、母親にしてもらったときと同じだった。

 ときどき、京四郎の額に手を当てて熱を確かめたが、少しづつ下がっているみたいだった。

「…京四郎さん…今度こそ、私は…ずっと傍にいますから」

 そう呟く未夏の表情は穏やかだった。


 夕方になり、京四郎は目を覚ました。

「目、覚めましたか?」

「頭ははっきりしてないですけど、寝る前よりも体が少し軽い感じがします」

 これを聞いて未夏は京四郎の体温を測った。

「37度2分。やっとここまで下がりましたね」

 そう言って体温計の電源を切り、京四郎の手にそっと触れると、京四郎が手に少し力を入れた。

「あ…」

「未夏さんの手、暖かいです。もう少し、このままで…」

 これを聞いて未夏も手に少し力を入れた。

「これから、どうしましょうか?」

「これから考えればいいと思いますよ?」

 未夏が聞くと、京四郎は穏やかな表情で言った。

「未夏さん、体の調子はまだ完全に回復してませんけど、今言いたいことを言わせてください」

「何をですか?」

「以前に、俺を過去から解き放つとか、俺を守るって言いましたけど、そのためには俺が一歩踏み出さなければいけないと思うのです。嬉しかったです。過去を知って離れるどころか、何ら変わりない態度でこうして側にいてくれて…しかも俺のことだけを見ててくれる上に、先日何も言わずに姿を消したことで叱るどころか、こうして優しく迎え入れてくれて…本当に嬉しかった」

 そう言い終えた京四郎の目は潤んでいた。

 そして、京四郎はこの後、新たな一歩を踏み出そうと決意して口を開いた。

「俺も…」

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