第3章 風谷の調査

・無限マークについて


俺は新聞社時代の先輩や知り合い、その他の情報網を駆使して、馬込と牛山について徹底的な調査を開始した。

すると、すぐにある事が見えてきたのだ。

馬込と牛山は同学年で、出身地も近かった。

その出身地というのが、一時期かなり有名になったことがある。

とある暴走族の暴走行為が度を超えていると、新聞やテレビで連日特集が組まれたのだ。

ちなみにその暴走族は現在、大きな暴力団と繋がりもあるらしく。馬込よる、牛山の殺害は暴力団内の抗争や裏切りによって起こったのではないかと考え始めていた。


俺は馬込や牛山の同級生に何人も話を聞き。

決定的な証拠を掴んだ。

証言してくれたのは、馬込と高校が同じだという狛犬良一という男だった。地方の新聞社に務めているらしいが、目つきが鋭く、全ての人に対して疑いを持っているような目だった。

「馬込のことだろ。この前、警察にも少し話したよ。あいつはさっき風谷さんが言ってた暴走族の一員だった。学校でも暴力事件を起こしてたな」

「では、無限のマークについてはどうですか」

「これはウワサ程度の話なんだが、暴走族が合併した暴力団の幹部が無限マークの刺青を入れてるみたいな、この前先輩の記者に言われたよ。結局、これまでの事件は全て暴力団絡みなんじゃないかって」

「じゃあ、馬込さんが殺されたのは暴力団同士の抗争みたいなものだと思いますか」

「まあな、その事件については警察が公表してないことが多すぎて新聞社も困ってるよ」

「そうですか。ありがとうございます」

狛犬は終始落ち着かず、イライラしたような態度だったが、この情報はかなり有益だ。

俺は、土田に報告するために事務所を目指した。もしかしたら、警部のどちらに連絡してくれて、事件解決に一役かえるかもしれない。

そんなことを考えていた。


「風谷戻りました」

事務所に入ると、玄関には女性の靴と革靴が2つ。土田のボロボロの革靴があった。

依頼人かな。と思ったが女性の靴には見覚えがあった。

おそらく杉森のものだ。

何か進展でもあったのだろうか、俺は事務所内に急いだ。


「無限のマークについてわかりました。元暴走族で暴力団に合併した…」

俺はそこまで言うと目の前のメンバーに驚いた。

比々谷警部と沖沼警部そして杉森がいたのだ。

「つまり、無限のマークは暴力団の関係者だった馬込が残したものだと。そして、馬込と牛山と第一の被害者の平子はその暴力団に所属していたが、牛山と平子が裏切り行為をして、その報復として馬込が事件を起こした可能性があると、そういうことですね」

土田が確認している。

なんでことだ、俺が必死に集めた情報を超えるものを警察は余裕で集めていた。

「やあ、風谷くん。成果はあったかい」

「はい。その。今、土田さんがおっしゃったことの下位互換の情報ですが」

すると励ますように沖沼警部が俺の肩を揺らした。

「風谷くんもよくやったよ。警察が1週間くらいかけて集めた情報に近いものを2日程で集めるとは、素人探偵も捨てたもんじゃないな」

すると、事務所中に響くような声でたからかに笑った。

励ましなのか、貶されているのか分からないが、自分の調査は間違っていない事も証明された。

「ところで、第三、第四の殺人の動機については、虎谷と辰田の家宅捜索をする予定だからおいおいわかるだろう。俺の予想じゃ、借金絡みだと思うがな」

比々谷警部はそういうと、資料をまとめて変える準備を始めた。

「これで解決だね。第五の事件以外だけど」

俺と杉森に言う土田。

「私は、まだ気になります。まだ助手でいてもいいですか」

唐突に杉森が言った。

「まあ、事件の経過くらいは知れるかもしれないけど、その程度の情報で良ければいつでも事務所に来なよ」

土田が言うと、杉森は笑顔になり事務所を後にした。

「なんだ。俺は無駄骨でしたね」

俺は資料を土田に渡した。

「そんなことは無いよ。警察の資料には肝心な証言者の名前がなかったからね。その点では風谷くんの資料の方が情報が細かいよ。こんなに多くの人に話を聞いてきたのかい、すごいな」

嘘かもしれないが、土田のその言葉だけで多少救われた。



・第六の殺人


私の心は決まっている。準備もした。計画に余念は無い。

大きな法律事務所兼、清末秀斗衆議院議員の事務所であるビルの下に私はいる。

ここを訪れるのは何度目だろか。

このビルを見上げる度に私の怒りはフツフツと沸く。心の業火が喉元までせり上がってくるのだ。

私は、受付にあゆみよる。

既にアポイントは取ってあったが、嫌そうな顔で最上階に案内された。


清末はいつも通り大きなソファに座っていた。態度も図体も巨大だ。

「また、君か。仕方ない、今日こそ話をつけましょう」

清末はこれから自分がどんな末路を辿るかも知らずに呑気に棚から資料を探し始めた。

「ご両親のことはほんとに、残念ですよ。でも私が関係してると言うのはやはり、いいすぎだと思いますがね」

資料が多いため手間取っている。いつものことだが、この瞬間を待っていた。

私はカバンから包丁を取り出す。

それを左手でしっかり握ると、思いっ切り清末の背中に突き立てた。

「ぐはっ。お前何を」

私は地面にうつ伏せに倒れた清末がまだ動いているので、トドメを刺さねばと思った。

「やめろ、やめてくれ」

ほふく前進のように這い回る清末。

私はもう一度背中に包丁を突き立てた。

彼は絶命した。

包丁を素早くカバンの中のタオルに包むと、私はペンキを取り出した。

真っ白な壁紙に大きく、無限のマークを書く。

復讐は果たされた。

私は清末の部屋の鍵を見つけると、部屋から出て鍵をかけた。死体の発見を遅らせるためだ。

そして、非常階段から逃走した。

両親の無念を今晴らしたのだ。

私は人がいないことを確認すると、声を出して笑った。涙が止まらなくなるまで笑った。

その涙が、笑いすぎて流れた涙なのか、それとも違うなにかなのか、私には分からない。


その日、事務所の電話がなったが、この前のように土田が飛び起きて受話器をとることはなかった。

日曜日。杉森さんが事務所にやってきて5分ほどしか経っていなかった。

仕方なく、俺が電話に出ると、聞き覚えのある男性の声がした。

「沖沼だ。土田はいるか」

「今は、昼寝。いや、休憩中です」

「叩きおこせ、今から言う住所に来てくれ。無限マークの殺人だ」

その後、警部が告げた住所をメモした。

「いいな。早く来てくれ。ますますややこしくなっちまった」

警部はそういうと、電話は一方的に切られた。

沖沼警部が言った住所は清末法律事務所だった。清末秀斗は現在衆議院議員でもある。そんなところで一体なぜ。

とにかく、土田を起こした。

「土田さん。沖沼警部がお呼びですよ。無限マークの殺人ですよ」

俺は必死に彼を揺らした。

「なんだって。沖沼警部、無限マーク、眠いな」

眠いと言いながら、ゆっくり準備を始める土田。困惑する杉森と目が合った。

「杉森さんも来ますか」

俺が聞くと。答えはもちろんYESだった。


清末法律事務所の最上階、扉は破壊されていた。

「土田!遅いぞ」

沖沼警部が部屋の中から現れた。

「すいません。昼寝してたんで、そんなことより、事件の概要を教えて下さい」

土田は冷静に聞いた。

「そうだな。現場を見ながら話てやる」

現場はこれまでで一番豪華な部屋だった。

無限のマークはおそらくペンキで書かれている。

「被害者は清末秀斗。61歳。弁護士で衆議院議員だ。背中を包丁かナイフで左手で2回刺されている。刺殺だな。ちなみにこの部屋には鍵がかかっていた」

「あれですか!密室殺人ですか」

土田がやけに興奮している。

「いや、違うな。清末が持っていたはずの鍵が消えてる。犯人が閉めたんだろう」

そう聞くと、土田は面白くなさそうな顔をした。

にしても、無限マークの殺人は犯人像はバラバラだ。

今回は左利き、それにペンキで無限のマークを書かれている。

それに、今までと違う事がある。部屋の鍵を閉めたことだ。これまでの犯人の特徴と当てはまらない。

しかし、大きな事務所だ。誰が最後に清末を訪ねたのかそれくらいはわかるのではないだろうか。

「最後に清末と面会した人はわかってますか」

俺の質問に警部が答える。

「ああ、昼間に2人と面会してる。1人は清末と仕事の方向性で揉めてる事務所の役員だ。ほぼそいつで決まりだな」

「もう1人はなぜ除外されるんですか」

「そいつは19歳の大学生だ。名前は確か猿川万里菜。訪問の目的もよく分からん。たぶん親戚か誰かだろう。それに、その猿川は受付を通ったが、帰りは誰も見かけていない、死体をみてビビって鍵をかけて、そっちの非常階段から降りたんだろう」

「そうですか」

俺は少し納得がいかなかったが、確かに1人目の方が動機がある。

「俺たちは会社役員を追ってる。土田と風谷くんはその大学生でも追うんだたな」

土田は、相変わらず部屋をウロウロしている。

突然何かを思いついたように顔をあげた。

「もしかして、はじめから犯人は2人いたんじゃないですか。そしてそのうちひとりが馬込だった。残されたひとりが殺人を継続している。そう考えれば犯人像の相違や、利き手の問題も解決しますよ」

土田はそう言い切ると、それしかない。と言うように自信ありげな顔をして警部に挨拶した。

「それでは、失礼します」

「突然呼んで悪かったな」

俺たちは非常階段から降りてみた。犯人はほんとに役員なのだろうか、だとするとこれまでの暴力団絡みの殺人との関連が全く無いような気がする。

また、第五の殺人について軽視されているような気がする。

俺は馬込殺しについてもっと探るべきだと思った。

「あの、土田さん。俺、馬込殺しについて調べたいんで、少し単独行動してもいいですか」

土田の表情は読めない。杉森は少し驚いていた。

「そうか、馬込殺しか。いいだろうただし気をつけろよ」

土田の真面目な気をつけろ。と言う言葉は俺に刺さった。

「もちろんです。杉森さん行ってきます」

「ええ。頑張って」

杉森さんの応援ももらったのでますます元気が出てきた。

まずは、馬込の同級生の狛犬からもう一度話を聞こうと考えた。



・第七の殺人


風谷が私と、土田の前から姿を消してから3日程がたった。私はその間も仕事の隙をみては事務所を訪ねた。土田になにか話を聞けるかもしれないと思ったからだ。

しかし、土田は事務所にいないことの方が多かったし、いたとしても昼寝をしていて事件に関する詳しい話はほとんど聞けなかった。

唯一知れたのは、土田はある程度の聞き込みをしているということ位だろうか。

土田も、やはりこの事件には興味を引かれているのだと思った。

「こんばんは」

私はこの日も事務所にやってきた。

すると土田は起きており、外出の準備をしていた。

「やあ。杉森さん。第七の殺人が起きたみたいだ。一緒に行くかい」

私は脳天に鉄杭を撃ちつけられたような感覚を覚えた。

たとえ犯人が2人いたとして、そのうち1人がもう死亡していたとしても、殺人は続いている。もう7人もの犠牲が出たこと、犯人の執念深さに衝撃を受けた。

「行かせて下さい」

「よし、現場は警察署らしい」

「えっ?警察署の中で殺人ですか」

「そうなんだ。比々谷警部の話では警察署の中で警察官が殺されたらしいんだ。ほんとに大胆な犯人だよね」

これは警察へのアピールなのだろうか。比々谷警部の怒る顔が脳内に浮かび上がった。

土田は風谷に警察署で事件が起きた旨を伝える、書き置きを事務所に残して出発した。


「完全に敗北だ。俺の部下がやられた」

私の目に写った比々谷警部は怒りと悲しみの中間でさまよう亡霊のような表情だった。

「あいつに、いつもの威勢はない。ここは俺から事件を説明する」

現われた沖沼警部が、事件を私と土田に説明しようとした時、風谷が警察署に駆け込んできた。

「土田さん。事件ですか」

そういう風谷は肩で息をしており、走って来たのだろうか顔も赤かった。

「風谷くん。良かった、事務所の書き置きを見たかい」

すると一瞬風谷は視線が泳いだが、すぐにいつものようにキリッとした表情に戻ると「まあ、そんなところです」と答えた。

「じゃあ、今回の殺人について話すぞ。被害者は白鳥礼。23歳の女性警察官だ」

白鳥礼という名前を聞いた時、土田が「どこかで見たような」と呟いた。

沖沼警部は続けた。

「正面から包丁で刺されている。顔見知りで左利きの犯行だ。無限マークだが、カラースプレーで書かれている。ここに来て殺害方法もマークについても原点回帰したというイメージだな」

そう言い終えると、沖沼警部は私たち3人を事件現場である警察署内の面談室に導いた。

その道中、沖沼警部が犯人と被害者の動きについて述べた。

「警察署に白鳥と面会をするという連絡はなかった。おそらく白鳥が個人的に呼び出すらもしくは呼び出され、白鳥自身が面談室まで案内したと思われる。夜勤の時間帯だったから、犯人にとっては不幸中の幸い、誰にも見つからなかったみたいだ」

すると、沖沼警部は面談室と書かれた部屋の扉を開けた。

私は呼吸が止まりかけた。

被害者に見覚えがあったのだ。

第三の殺人の現場に若い刑事が案内してくれた時、現場にいた女性警察官だった。

だからさっき比々谷警部は「俺の部下」と言ったのだろう。

「警察署の中で殺人を起こすなんて、犯人もなかなか大胆ですね」

風谷が土田に言った。

「確かにね。それに、犯人が第一、第二の殺人に忠実に再現している事もやはり気になるな。カラースプレーを使った無限マークに象徴されてるがね」

私は土田の言い方から、もしや警察関係者、これまでの事件の関係者に犯人がいるのではないかと疑った。

すると、風谷が沖沼警部に質問をした。

「そういえば、清末殺しについて、会社役員は捕まえましたか」

「あいつか。捕まえたさしかし、右利きだったし、家宅捜索をしたがや怪しいものも出ず、何より清末を訪問した直後に別の役員と会食をしてるんだ。凶器もペンキも返り血も隠す暇さえないな」

つまり、大学生の猿川という人物が怪しくなってきたわけだ。

「じゃあ、警察は猿川を探しますか」

風谷が質問する。

「ああ、一昨日から探してる」

そんな会話の途中も土田は現場をウロウロしていた。

「僕は、推理が得意ではないんですよ」

土田が唐突に喋り始めた。

「そんなこと知っとるわ」

沖沼警部の喝がとんだ。

「だから、比々谷警部と沖沼警部に言われたことを大切にしてるんです。足を使った調査。つまり地道な聞き込みや張り込みですよ」

「それがどうした。お前がそういう調査しか得意じゃないことは知ってる」

比々谷警部も反応した。

「明日事務所に来て貰えないですかね。見せたい物があります」

そういうと、面談室から出て、警察署の出口に向けて歩き始める土田だった。

「足を使った調査ね」

呆れたように沖沼警部が言う。

「風谷くんも杉森さんもご苦労。帰っていいぞ」

比々谷警部に言われたので、私と風谷は土田を追いかけた。


「風谷さん。3日で何かわかりましたか」

私は、歩きながら風谷に聞いた。

すると、決して私の目は見ずに風谷がこう言った。

「わかったさ。十分すぎるくらいね。後は詰めの作業をするだけだよ」

風谷は真相にたどり着いたのだろうか、私の中に期待が膨らんだ。

「もしかして、犯人がわかったんですか」

「犯人。そうだな、その言い方が正しければ2人見つけた。そして、手を打った。これ以上は聞かないでくれ」

そう言って私の元を離れる風谷は、真剣なので邪魔されたくない。というより、私から離れたいというような雰囲気をかもし出していた。

この時の風谷は少し怖かった。

目には野心にも似た赤い光がともり、これから追い詰めようとしている犯人に対する憎悪とは違う気がした。

何か成し遂げないといけない責務、任務と言ったものに駆られてそれ以外が何も見えなくなっているようだった。


私はふと、野心に満ちたあの目をどこかで見た記憶があると思った。

いつだろうか、ダンサーを目指してこの都市に来てすぐ、お世話になった先輩だろうか。

常に、ダンスに実直で誠実だった。そして、ナンバーワンになって見せるという強い野心が灯った瞳だった。

その瞳を忘れはしない。

しかし、私には名前が思い出せなかった。

ここで我に返った。

事件と関係ない昔の記憶に浸っていることに気づいた。

今は、この事件に全力で向き合わないと、真相を知りたい。

そう思って私は帰路についた。

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