真・最終話
佳子はパートしながら必死に相手を探した。パートはドラッグストア店員だった。めったにないが栄養相談ができるという強みで採用された。
佳子は親の協力のもと結婚相談所にも通った。佳子は高望みなどせずにとにかく主婦になることに専念した。
結果が実って佳子のパート生活は一年で終わった。超氷河期の女性はこうして結婚で逃げられるルートを持っていた。
元の平凡な生活が佳子に戻った。佳子は実家から再び出て新婚生活となった。夫婦用のアパートに移った。性も高橋になり「高橋佳子」になった。
佳子は自分の子供も出来、幸せな生活をかみしめていた。
が、二〇〇八年にリーマンショックが起きる。二〇一一年には東日本大震災が起き原発事故が起きた。
未曽有の不況の中、夫は突如過労死で亡くなった。享年三五歳。佳子は泣き崩れた。自分と息子一人を置いて夫はあの世に旅立ってしまった。
夫は食品スーパー勤務。一日一二~一三時間労働、週の休みは一日あるかどうかであった。この過酷な労働時間のわりに残業代などもらった覚えはない。夫の稼ぎは月給手取り二〇万であったからだ。佳子の「幸せな生活」というのは夫の犠牲で成り立っていたことに今更気が付いた。
葬儀を済ませ、生命保険を受け取る。労災認定もされた。
(命はお金で代弁出来るものじゃない!)
(どうしてもっと夫の異変に気が付かなかったのだろう!)
そんな時ふっと思い出した。瓜子姫伝説のことを。そうだ、実家に戻ろう。息子の育児のこともある。性も佐藤に戻し「佐藤佳子」に戻った。
あの天邪鬼なら今の私を見てどう思うのであろうか。笑うのだろうか、悲しむのだろうか。
息子が寝た後に例の鏡の前で一二時に「瓜子姫」という。
鏡の向こうの自分はまた鏡の向こうに引きずり込んだ。
「やあ」
そう言うとめきめき音を立て被ってる皮が千切れ飛び自分の姿から天邪鬼の姿に戻る。
「あなたは私、私はあなた」
ラロが嬉しそうに元の声に戻ってから言う。
「こんにちは。一年遅くなっちゃった」
「二〇一二年の現実はどうだい?」
「あなたの言う通り最悪だったわ。まさか日本がこんなことになるなんて」
「ふふっ……でもこの国の地獄はこれからが本番だよ」
ラロがこれまた嬉しそうに言う。
「だって、これから日本はどんどん人口が減少していくんだからね」
(そう……だよね)
「君の息子さんも地獄を見るよ。高確率でね」
「……」
「それでも、君はこの日本を生き抜く?」
鬼は三日月のような笑みを浮かべる。
「夫を文字通り使い殺すような国に」
佳子は少し考えてから返事を言った。
「……ええ」
「それは楽しみだ。じゃあ……今度息子さんだけ来てほしいな。二〇一九年に」
「二〇一九年ね?」
「そう。息子さんが一四歳になったらね」
「いいわ、一四歳になったら教える。もっとも息子がこんな話、信じるかどうかは別よ」
「分かってる」
「さあ、帰るんだ」
そういうとラロは佳子に封印呪文を浴びせた。
「あなたは歳取らないのね?」
「取ってるさ。でも寿命が長いんだ。人間の血肉を食えば長生きできる」
そういうと背中にあった鎌を取り出し舌で舐める……。
「また会いましょう」
「楽しみだ。君の場合二〇二二年だな」
「天邪鬼!」
ラロが呪文を唱えると職員室の前の鏡が渦巻く。
「もう来るなよ」
そう言ってラロは佳子を鏡の向こうに追い出した。
◆◇◆◇
こうして現代瓜子姫伝説は今でもひっそりと受け継がれている。
ほら、今日も真夜中十二時に「瓜子姫」と呪文を唱える人が居る。
貴方が天邪鬼の警告を自分の物にするかは貴方次第。
=終=
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