其の三十六

「なぁ美月、藤原は来ると思うか? 」 


 私達は藤原が来る前に塀の前に移動した。 出来上がった霊苻を取り出しやすいように準備しながら、私と三善は裏路地の前で藤原を待つ。


「来るわよきっと。 優斗君の事件を知っている私を放っておくとは思えないもん 」


 後ろを振り返って裏路地の奥を見ると、崩れたままのブロック塀辺りの空気が淀んでいるように見えた。


(旧日本兵のおじさんはまだそこにいる…… )


 やっぱり、霊苻の暴発なんかで祓えるわけがないよね。  あそこに藤原を放り込み、可視の霊苻を持たせれば無事ご対面できるだろう。


「もう10時か…… ここに立って小一時間だが、何人かしか人も通らないほど静かな住宅地なんだな…… ん? 」


 三善が通行人に気付いて道を開ける。 キャップを深く被った男性が私と三善の横を通り過ぎていった。 続いてもう一人。 フードを深く被った男性が、わざわざ三善の近くを通り過ぎたその時だった。



  バチバチ!!



 突然フードの男の手元が青白く光った。 その光を三善の首元目掛けて押し付けてくる。



  バシィン!



 それより速く、三善の持っていた竹刀はその光を宙に弾き、間髪入れずにフードの男を蹴り飛ばす。


「るあぁ! 」


 先に通過したキャップの男が、同じように青白い火花を散らせて三善に飛び掛かってきた。



  スパァン!



 三善は難なく避けて、キャップの男の肩口に強烈な一撃を叩き込んだ。 スタンガンが地面に転がり、同じように男二人も痛そうに地面を転がる。 三善はスッと男達から間合いを取り、私を庇いながら後ずさった。


「バーカ、さっきから殺気出しすぎなんだよお前ら 」


 三善は竹刀を肩に担いで余裕の表情。 フードの男は三善の隙をついたつもりだったんだろうけど、よくあの至近距離からのスタンガンをかわせるものだと感心してしまう。


「コイツらのどっちかが藤原って奴か? 」


「ううん、見たことない顔-- 」


 私がそう言いかけた途端、三善に勢い良く突き飛ばされた。 私の目の前で三善の体が大きくグラつく。 裏路地から突然突き出た腕が三善を殴り飛ばしたのだ。


「三善! 」


 その勢いで三善は反対側の塀まで飛ばされ、塀に激突して倒れ込む。 


「っ痛ぅ…… 」


「調子こいてんじゃねえぞコラァ! 」


 片膝をついて頬を拭っている三善に、また新たなパーカー男が走り寄って蹴りを入れる。 倒れていたキャップ男とフード男も加わって、三善は囲まれて殴られていた。


「三善!! 」


 止めようと三善に駆け寄ろうとした瞬間、私は襟首を掴まれて後ろの塀に投げ飛ばされてしまった。


「あぅ!! 」


 背中から塀に叩き付けられて息が出来なくなる。


「人の心配してる場合じゃないよ、 」


 覆い被さるように壁ドンしてきたのは藤原だった。 黒いニット帽を深く被り、余裕の表情で薄ら笑いを浮かべている。 その後ろには角田もポケットに手を突っ込んで立っていた。


「菅原を殺した犯人がどうしたって? 教えてくれよ 」


「アンタに罪の意識はないの? 直接手は出していないんだろうけど、優斗君が死んでしまったのはアンタが原因でしょう!? 」


 『へぇー』と藤原はニヤっと笑う。


「よく調べてるじゃないか。 殺ったのは角田だろう? 俺は関係ないんだよ 」


 ニヤっと頬を吊り上げる藤原に、一気に頭に血が上る。


「じゃあなんであの時すぐに救急車呼ばなかったのよ! どうして角田を自首させなかったのよ! アンタが命令したからでしょ!? 」


 最初に角田に会った時におかしいと思ったのだ。 モサモサの伸びきった髪、だらしない無精髭、青白い肌の色。 どんな職業にしろ、あの容姿はとても働いているとは思えなかった。 こいつが引きこもってろと角田に言ったに違いない。



  ドシャ



 藤原の側にフードの男が白目をむいて倒れ込んできた。 三善は囲んでいた男達を全て吹っ飛ばし、肩に竹刀を担いで藤原を睨みながら歩いてくる。


「そいつから離れろよカス。 その女に壁ドンしていいのは俺だけなんだよ 」


「袋叩きにあってて余裕なんて、タフな奴だね 」


 三善の口元には血が滲んでいた。 余裕の表情を浮かべているが、内心ははらわたが煮えくり返っている…… そんな目だ。


「おっと、それ以上近づくなよ? 大事な彼女の顔がとんでもないことになるよ? 」


 私の胸ぐらを掴んでグッと拳を握るが、三善は歩みを止めない。


「人質を取ったつもりだろうが、そいつはただ『キャー』って言ってるほど大人しくねぇんだよ。 そいつを心配してここで立ち止まったら、俺が後でそいつにボコられちまう 」


(わかってるじゃない )


 殴られるのは嫌だけど、私のせいで手を出せず三善が傷つく方が何倍も嫌だ。 


「そうよ! 構わず打ってきなさ…… うわっ! 」


 話の途中で三善は藤原に突きを繰り出した。 藤原は慌てて私の前から飛び退き、竹刀は私の顔の数センチ横に突き立てられていた。


「あ…… 危ないじゃない! 目に刺さったらどうすんのよ! 」


「そんなヘマするかよ! いいから準備しとけ! 」


 三善は私に背を向けて竹刀を構え直す。


(準備? )


 チラッと振り向いた三善は、顎で私の後ろを指した。 私の後ろは裏路地の入り口……


(あぁ、逃げるフリをして裏路地に誘い込むってことか! )


「気を付けてよ? 多分アンタの血に反応するから! 」


 『おう!』と返事をする三善と一緒に裏路地に逃げ込む。


「ハハ…… 威勢の良いこと言ってて逃げるんだ 」


 背中から藤原の笑い声が聞こえる。 裏路地の向こう側にも数人の人影…… 


(挟み撃ちにしたつもりだろうけど、その余裕面をしてられるのも今のうちよ! )


 私はブロック塀の崩れた位置で立ち止まり、バッグの中から霊苻を取り出した。

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