其の三十五
「なぁ美月、なんでわざわざこっちに先に来たんだ? 藤原って奴の所に直接行けば話は速いじゃねーか 」
小夜子の家に向かう車の中で三善にそんな質問をされる。
「口で言ったってあまり意味はないと思ったの。 藤原はきっと角田の味わった恐怖を知らないから、その角田の苦しみを藤原に思い知らせてやろうかなって 」
「…… どういうことだ? 」
「取り憑かれる苦しみ、自分の手で人を殺す絶望、刃物で襲われる恐怖…… 角田のあの様子を見る限り、彼は6年間相当苦しんでたと思うの。 藤原は角田が自首しないように、口止め料として生活を面倒みてたんじゃないかしら 」
フム、と三善は左手で顎を擦りながら考えを整理している。
「6年前、藤原は角田を使って優斗君を脅そうとした。 角田は藤原を同級生にもかかわらず
案の定、角田はカッターを忍ばせてあの裏路地に向かおうとしていた。
「なるほどな。 自分の手は汚さずって奴か…… 汚ねぇ男だな 」
「うん、アンタなら即座に張り倒してるような男かもね 」
『まったくだ』と三善は強く頷いていた。
「んで、誘い出したら俺は何をすればいい? 」
「ボディーガード、かな。 多分力ずくで私達を口止めする気だろうから。 でも裏路地に入ったら、絶対怪我はしちゃダメだよ? 」
三善は私の顔をじっと見て目をパチパチしている。 前見なさいよ、危ない。
「なんでだ? 」
「そこの幽霊さん、血の臭いに寄ってくるから 」
「蚊みたいな幽霊だな! 」
三善は大声で笑いながらハンドルをバンバン叩く。
「笑い事じゃないんだって! 日本刀構えた旧日本兵のおじさん、メッチャ怖いんだよ? アンタにも見せてやるから! 」
「スマンスマン、いや俺見えないし 」
アッタマきた! 私は霊苻用に作ったメモ紙と筆ペンを取り出し、以前美咲ちゃんと作った可視の霊苻をありったけの念を込めて書き上げる。
「なんだそれ、お札か? 」
「話しかけないで! とっておきを作ってやるから! 」
車の揺れで何枚か失敗し、やっと渾身の一枚を書き上げた時には既に小夜子の家の前だった。
「お疲れー、晩御飯の用意出来てるよー 」
家の前に停めた車に気付いて、小夜子が玄関を開けて招き入れてくれた。
「ごめんね、小夜子まで巻き込んで 」
「そんなこと気にしないでよ。 幽霊君の敵討ちと
「…… 間違ってはいないけどね。 なんか不振な男いた? 」
「部屋からずっと外見てたけど今のところいないよ。 ついでにカメラでも録ってるから見てみる? 」
三善と一緒に小夜子の部屋に上がらせてもらうと、庭木の隙間からちょうどあの裏路地に組まれた足場の一片が見えた。 残念ながら通りまでは他の家の塀に遮られて見えないが、時折通行人の頭がチラチラと横切っているのが確認できる。
「はい、おにぎりにしといたよ。 これの方が手軽でしょ? 」
「お、旨そうだな。 いただきます 」
三善は早速小夜子のおにぎりに手を伸ばす。 だらしなさそうに見える三善だが、『いただきます』と礼儀正しいのは武道を身につける者だからなんだろうか。 なんかちょっと笑えてくる。
「な…… んだよ? 俺なんかおかしいか? 」
「ううん、なんでも。 いただきまーす 」
中身は梅干し。 小夜子のお母さんが自宅で漬けているらしく、大粒で酸味を押さえた肉厚の果肉が美味しい。
「なんか張り込みしてる刑事みたいだね 」
小夜子は楽しそうにおにぎりを頬張りながら外を見る。
「小夜子、あの裏路地は吸血幽霊が出るらしいぜ 」
「マジ? 美月、アンタそんな奴と戦おうとしてるの? 」
口の中がおにぎりでいっぱいだったので、モグモグしながら小夜子に頷いて答えた。
「戦うってお前…… 幽霊相手にどうやって戦うんだよ? 」
私はショルダーバッグからさっき書いた霊苻を取り出して二人に見せる。
「霊苻って言ってね、ウチに代々伝わる力を具現化させるものよ。 結界を作ったり、霊を見えるようにしたり、霊に攻撃したり…… 念の込め方で色んな事が出来るみたい 」
『へぇー』と二人は、モグモグ口を動かしながら霊苻をマジマジと見ている。
「んで、これはアンタが持って。 これであの旧日本兵の霊が見えると思うから 」
大きなおにぎりを2つ平らげた私は、二人の前で筆ペンを握った。 前回みたいに精度の低い霊苻を持っていかないよう、ここで集中して霊苻を沢山作る。
「あ、光った 」
時間はかかるけど、丁寧に書き上げた文字が光を帯びる。
「なあ、式神って作れないんか? 」
「よく映画なんかで見る、
「陰陽師らしくねぇな。 それじゃ俺がその日本兵と戦える方法とかはねぇのかよ? 」
「それなら考えてあるわよ 」
三善の質問を適当に流して、私は筆ペンに集中する。 今は目の前にある霊苻を丁寧に書き上げ、出来るだけ数を作っておくこと。 藤原がいつ姿を現すか分からないけど、それは小夜子が見てくれている。 藤原が襲いかかってきても、きっと三善がなんとかしてくれる。
私は一人じゃない。 優斗君、私は私に出来ることを頑張るからね。
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