其の三十二
三善の自家用車の助手席の窓から、点き始めた街路灯の光を私はぼんやりと見ていた。 三善は小夜子の家を出た時からずっと無言で、私の自宅方向に車を走らせている。
「…… 」
気不味い…… 三善の顔をチラッと見るが、何から切り出せばいいか分からない。
「悪かったな、怒鳴っちまって 」
ハンドルを握る三善が、前を向いたままボソッと呟く。
「…… そう言えば昔も怒ったことあったよね、アンタ 」
彼が微妙な雰囲気を断ち切ってくれたおかげで、気不味い雰囲気は残るもののやっと口を開くことができた。
「そうだったか? 」
「うん。 私が高校辞めるって言い出した時にさ、『負けんじゃねーよ』ってアンタに怒られたのよく覚えてる 」
「怒ったつもりはなかったんだけどよ、俺声デカいからな 」
「アンタ顔厳ついんだから…… 怒られるの結構怖いのよ? 」
わざと口を尖らせてツンとした態度をとってみると、彼は申し訳なさそうに苦笑いしていた。
なんだか楽しい…… 懐かしい思い出に素直な気持ちがスルッと出てくる。
「あの時はお前を引き止めるのに必死だったからな。 どうしていいのか分からんくてさ、悪かったな 」
「ううん。 あの時アンタに怒られたから私は頑張れたのかもしれない 」
「俺じゃなくて小夜子じゃねーのか? 」
「もちろん小夜子にも感謝してるんだけどね。 アンタの存在は大きかったなぁ…… 色んな意味で 」
「なんだよ、俺に惚れてたのか? 」
照れ隠しのセリフなんだとすぐわかる。
「ないわ。 小学生みたいな事を高校生がやってもかえって逆効果よ 」
運転しながら三善はクスクスと気持ち悪くった。
「ってか、あの頃から私の事好きだったの? 全然気付かなかった 」
「悪いかよ? 好きになっちまったんだからしょーがねーだろ 」
照れもしないで好きとか…… 顔が熱くなる。 なんて返したらいいか分からないじゃない。
「あのよ…… その日本兵士退治は、菅原さんの為か? 」
恥ずかしくなったのか、彼は唐突に話題を変えてきた。 でも、今話すべきはそれだよね。
「うん、あのままでいいわけがない。 取って付けたように聞こえるかも知れないけど、彼の為に私が出来ることはやってあげたいの 」
話の途中で、車は自宅マンションの前に着いてしまった。
(もう少し話したい…… )
優斗君が好きな筈なのに、三善に対してそんなことを思ってしまう。
「わかった、その為の悪霊退治なんだな? 俺も協力してやる 」
「協力って言ったって、アンタあのおじさん見えないじゃん 」
「それをなんとかするのが陰陽師だろ。 悪霊に攻撃できる方法も考えてくれ 」
「考えてくれって、アンタ怖くないの? 相手は日本刀だよ? 」
「バーカ、俺を誰だと思ってるんだよ? 」
自信満々に言う彼は、全日本剣道選手権大会の準優勝者だ。
「真剣なんてのは、重くて立ち回りが難しいんだよ。 スピードなら竹刀の方が上だし、真剣だろうがなんだろうが俺は負けねぇ 」
こいつの実力は知ってるけど…… でも試合じゃないし、危ない真似はさせたくない。
「そんな顔すんなよ。 お前が思ってるように、俺だってお前に危ない真似をして欲しくないんだ。 きっと管原さんだって同じように思ってる。 好きな女をこの手で守りたい…… 男ってそんなもんだ 」
確かに優斗君も似たような事言ってた。 でも女だって大事な人を危ない目に合わせたくないし、守られてるだけは嫌だ。
「分かった、でも私だって戦うからね 」
「ホント強情だよな。 絶対一人で戦おうなんて思うなよ? 」
「分かったってば。 ありがとね、三善 」
シートベルトを外して三善の車を降りる。 助手席のガラスを開けて私の顔を覗き込む三善は、腑に落ちない顔をしていた。
「…… 何よ、むくれて 」
「お前、そこは空気読んで名前で呼べよ 」
はぁ? いや、こいつの事だから照れ隠しとか場を和ませようとして言ってるんだろうけど。
(ほら、ニヤついてきた )
それなら……
「そだね。 ありがと、春樹 」
三善は一瞬呆けて、突然白い歯を見せて笑った。
「お前やっぱ変わらねーわ。 好きだぞ美月 」
「!? ばっ…… 」
ハハハと笑いながら三善は車を発進させる。 一杯食わされたのは私の方……
(アンタはこの4年でずいぶん大胆になったわよ! )
文句を言いつつも、私は三善の車のテールランプが見えなくなるまでマンションの前で見送るのだった。
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