其の三十一

 目を開けると、真っ白の天井が目に入った。 頬に当たるくすぐったい感触…… 撫でてみると温かい。


「ンニャ? 」 


「あれ…… シルバ? 」


 小夜子の飼っている銀色のペルシャ猫が、私にお尻を向けて顔の横で寝ていた。 ってことは、ここは小夜子の部屋のベッドか。


 そっか、咄嗟に霊符を暴発させたんだっけ…… 気を失っちゃったんだ。


「シルバ、ずっと側で守ってくれてたの? 」


「ニャーン 」


 シルバはひとつ鳴いて、そっぽを向いて寝てしまう。


「ありがと。 君が助けてくれたの? 」


「ンニャーン 」


 起き上がってシルバの頭を撫でると、迷惑そうな鳴き声を上げてベッドから降りていってしまった。


(つれないなぁ…… )


 ベッドから足を下ろすと、擦りむいた膝にこれでもかというほどの絆創膏が貼ってあった。


「あ、起きた? 」


 小夜子がドアから顔を覗かせる。


「びっくりしたよ。 パンツ丸出しで道端に倒れてるし、膝も擦りむいちゃってるし。 そこで起きた竜巻に巻かれちゃった? 」


「竜巻? 」


「うん、そこの二階堂さんち。 ブロック塀直してる足場が吹き飛ぶほど酷かったみたいでさ。 怖いよね、こんな住宅地で竜巻なんて 」


 そっか、霊符の爆風で裏路地から吹っ飛ばされたんだ。 見つけてくれたのが小夜子で助かった。


「ありがと小夜子 」


「いいよいいよ。 そんなことより、病院行かなくて大丈夫? 」


 『うん』と答えて私はベッドから立ち上がる。


「なーに? また聞き込みに来てたの? 」


「うん、ちょっとね 」


 小夜子には悪いけど、今は霊符の暴発であのおじさんがどうなったのかが気になる。 手当てしてくれたお礼と、今度埋め合わせすると約束して部屋を出ようとしたが、彼女にドアを閉められてしまった。


「そんなに慌ててどこ行くのよ? 」


「ん…… 」


「ちょっと待っててよ。 今とっておきを呼んだから 」


「へ? とってお…… 」



  ピンポーン



「お、来た来た 」


 小夜子はその『とっておき』を出迎えにパタパタと部屋を出ていく。


(とっておきって…… なに? )


 すぐに雑な階段を駆け上がる音。 壊れそうなくらい勢い良く部屋のドアを開けたのは三善だった。


「美月! ぶっ飛ばされたって!? 」


「ちょっ!? なに! ひあっ! 」


 血相を変えた三善は、私の肩を掴んで覗き込んでくる。


(ち、近いって! )


「だ、大丈夫だって! ちょっと霊符…… じゃなかった、竜巻に飛ばされただけだから。 肩、痛いから…… 」


「わ、わりぃ! 」


 三善はパッと肩から手を離して両手を上げる。 


(とっておきってこれ・・? )


「早かったじゃない。 やるわね春樹 」


「当たり前だ。 俺の愛車をナメるなよ 」


 ドアに寄りかかってケラケラと笑っていた小夜子は、『お茶持ってくるね』と部屋を出ていってしまった。


 公開告白以来、三好とは会ってない。 気不味い……


「うわ、お前膝怪我してんじゃねーかよ 」


 そんな私の心情なんか気にせず、三善は突然しゃがんでマジマジと私の膝を見てきた。 三善の視線に、私はすかさずスカートを押さえる。


「見ないでよバカ! パンツ見えちゃうじゃない 」


「お前の苺パンツに興味はねーよ 」


 その言葉に思わず三善の頭をポカリ。


「苺じゃない! ピンクよ! 」


 つい正直に答えて恥ずかしくなる。 場を和ませようして言ったのはわかるけどセンスない!


「ウソつくんじゃないわよ春樹。 今日の美月のパンツ可愛いわよ? 興味アリアリでしょ 」


 『うるせーよ』と三善は真っ赤な顔で、お盆を手に戻ってきた小夜子に苦笑いをしていた。 


「まぁそれはいいとしてさ、全部話してくれるんでしょ? 美月 」


 私達に麦茶の入ったコップを手渡しながら小夜子は私に微笑む。


「話すって…… 何を? 」


「あんなところで何で倒れていたのかをよ。 『竜巻で気絶しちゃいましたー』なんて通用しないからね? あんたのことだから、菅原さんがらみでここに来たんでしょ? 」


「…… なんで優斗君の事知ってるのよ 」


 犯人は一人しかいない。 三善を見ると、私を真っ直ぐ見つめていた。 


「当たり前だろ。 隠すなよ 」


 そうだよね、学生時代から支えてくれた二人には話しておかなきゃならないよね。 きっと笑わないで聞いてくれる。


「私ね、6年前にあそこで殺された菅原優斗って人の霊と出会ったの…… 」


 会社のエレベーターでぶつかりそうになったことから始まり、何も覚えていない彼の記憶を取り戻す手伝いをし、事件の真相を突き止めるまでを二人に話す。


 やはり二人は真剣に私の話を聞いてくれて、笑う事は一度もなかった。 でも私が心配なのはそこじゃない…… この二人は、『手伝う』って言い出すに違いないのだ。


「その旧日本兵はあの世に送ったのか? 」


「ううん、わかんない。 詰めが甘くて取り憑かれそうになっちゃって…… 結局霊符を暴走させて私が気絶しちゃった 」


「なんでもっと早く相談してくれないのよ 」


(ほらやっぱり )


「だって巻き込みたくなかったし…… 」


「管原さんは一緒じゃねぇのか? 」


「うん、今は妹さんを探しに遠くまで行ってる 」


 小夜子は私の顔を見てクスッと笑う。 次に三善を見てやれやれといった表情をした。


(あぁ…… 三善の奴、公開告白の事まで喋ったな )


「別にこいつが誰を好きになろうがいいだろうよ。 俺は諦めねぇ 」


「ハイハイ、だそうですよ美月さん 」


 顔が熱くなる…… ニヤニヤと小夜子は私をいじる気満々の顔だ。


「…… バカ 」


「まあ春樹があんたを好きなことくらい昔から知ってたけどね。 それよりも、その悪霊にリベンジする気なの? 」


「リベンジというか、あの暴発で浄化出来たのか見に行きたくて 」


 『だから急いでたのか』と小夜子は納得してくれた。 が、三善はずっと私を怖い顔で睨んでる。


「もう十分なんじゃない? 日本刀持った兵隊なんでしょ? 危ないよ? 」


「アイツを浄化するまではやめない。 大丈夫! 私は一族の中でも力が強いって聞いたし…… 」


「ふざけんなよ 」


 三善は真剣な顔をしていた。 おちゃらけたいつもの三善ではなく、ちょっと怖い…… 


「…… やめない 」


「やめろよ! 怪我してんだぞ? お前が危険な目に合うことねぇじゃねーか! 」


 怒鳴られた。 カッと頭に血が上って私も引き下がれない。


「悔しいじゃない! 旧日本兵の領地だかなんだか知らないけどさ、たったそれだけの理由で優斗君殺して、まだのさばってるなんて! 私には浄化する力があるんだからやっつけてやりたいのよ! 」


「自惚れんな! にわか仕込みの陰陽師気取りが、調子こくからこんな風に怪我するんじゃねえか! 管原さんだってこんなこと望んでねえ! 」


「アンタに優斗君の気持ちの何がわかるの!? それに陰陽師陰陽師ってアンタが散々言ってた事じゃない! 」


「ハイハイ、そこまで! 」


 怒鳴り合う私達の間に小夜子が割って入ってきた。


「…… そうかよ 」


 三善はそう言うと静かに部屋を出ていってしまった。 玄関のドアの閉まる音に続いて、車のエンジンのかかる音。 小夜子はティッシュを何枚か取って、私の目元を拭ってくれた。


 泣いてたんだ、私……


「送ってもらいなよ、ね? 」


 私は首をブンブンと横に振る。 今は三善の顔なんて見たくない。


「足を怪我してるんだからさ、春樹だってそう思ってるからエンジンかけて待ってるんだよ? 」


「…… 嫌…… おぶっ! 」


 尚も首を振っていた私の頬を、パシッと小夜子に両手で強く挟まれてしまった。


「駄々こねるのもいい加減にしなさい。 夫婦ゲンカなんてシルバだって食わないわよ。 ねー? 」


「ンニャーン! 」


 私の顔を見て、『その通り』みたいな鳴き声をあげるシルバ。  


「…… 夫婦じゃないし。 小夜子の方がアイツの事よく分かってるんじゃない 」


「やーよ、あんな汗臭くてめんどくさい男 」


 グリグリと私の頬をこねくり回しながら小夜子は微笑んだ。


「あんたがホントに心配だから、春樹はあんなに本気になれるんだよ? 男には男にしか分からない気持ちがきっとあるんだよ。 だからホラ、行って謝っておいで 」


「…… うん 」


 こういう時の小夜子には、私は昔から逆らえない。 私はシルバに睨まれながら、小夜子に背中を押されて部屋を出た。

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