其の三十三

 優斗君が妹の陽菜ちゃんを探しに出て、今日で一週間が過ぎた。 新幹線を使うと言っていたからそれなりに遠いと思うが、まだ戻ってこないのはちょっと不安になる。


 探すのに苦労しているのか、はたまた陽菜ちゃんに会えて成仏してしまったのか……


(してしまったっていうのはおかしいか )


 元々彼を成仏させる為に始めたおせっかいだもんね…… 私はそんなことを考えながら事務室のパソコンに向き合っていた時だった。 珍しく田中課長が私に声を掛けてきた。


「安倍くん、今日の仕事の後は空いてるかい? 転勤してきた木村君の歓迎会やろうと思うんだけど 」


 そう言えば、総務の方に一人若手が転勤してきたって言ってたっけ。


(最近どうしたんだろ…… )


 田中課長が派遣の私を飲み会に誘うのも珍しいことだが、仕事中もなんだかんだ優しい声を掛けてくるようになった。


「すいません、ちょっと用事がありまして…… 」


「そうか、残念だねぇ 」


 田中課長はトボトボと自分の席に戻っていく。 その背中を見てるとなんか可哀想になってきた。


「田中課長、なんかあったの? 」


 横でお菓子を口に運んでいるかなえちゃんに聞いてみる。


「エレベーター前で美月ちゃんにフラれた事気にしてるのよ。 ほっとけば? 」


「フッてないよ 」


「そんなことどうでもいいけど、飲み会行けないの? 美月ちゃんとたまには飲みたいなぁ 」


(酔うと絡んでくるからなぁ、この子…… )


 あまり一緒には飲みたくないけど、誘ってくれる気持ちは素直に嬉しい。 


「ごめんね、ホントに予定入ってるんだ。 だから今度ね 」


「ちぇー…… 」


 かなえちゃんは唇を尖らせて、またお菓子をつまんでいた。




 田中課長に『ごめんなさい』と一言添えて、私は定時に事務所を出る。 オフィスビルを出た所で私はスマホを取り出し、メモ帳を見ながらその電話番号に発信した。


 ― はい ―


「先日お伺いした安倍と申します。 今少しお時間頂いてよろしいでしょうか? 」


 電話の相手は、優斗君のライバルだった藤原一誠。 彼にはもう会うことはないだろうと思っていたが、どうしても言っておきたいことがあった。


 ― 先日はご苦労様でした。 どうしました? ―


「菅原優斗君のことについて、少しお話したいことがありまして 」


 ― ………… ―


 驚いて固まってしまったのか、電話口からは藤原の息を飲む音が聞こえた。


 ― 菅原優斗なんて男は知りませんが ―


(よく言う…… )


 冷静を装っているみたいだけど、知らないと答えた時点で何の話をされるのか予想が出来ているんだろう。


「そうですか、私の勘違いだったようです。 すみませんでした、それでは 」


 ― ちょ、ちょっと待て! …… 下さい! ― 


 通話を切る素振りをみせると、藤原は焦って引き留めてきた。


 ― そういえばクラスにそんな名前のヤツがいたかなぁ…… 彼は元気にしてますか? ―


 優斗君をハメた張本人のクセに。


「ええ、あの場所・・・・で元気にしてますよ。 特殊な状態ではありますけど 」


 ― ………… ―


 それっきり藤原は黙ってしまう。


「彼を刺した犯人が分かったのでお知らせしておこうかと思ったんですが…… 友人というわけではなかったんですね、失礼しました 」


 - …… 何者なんだよお前。 卒業名簿代行なんて、胡散臭いと思ってたんだ -


 藤原の声色が変わる。 低く威圧するような声…… こっちが藤原の本性なんだろう。


「最近あの裏路地で、奇妙な現象が起きてるのよ。 あなたならその原因に思い当たる節があるんじゃない? 」  


 ー 俺が犯人だと言いたいのか? 残念だが俺は違うぞ ー


「そうね、あなたは直接は手を下してないものね。 だけど優斗君を殺したことに変わりはないわ 」


 ー …… 恐喝で訴えるぞ ー


「好きにしたら? 私はこれからまたあの裏路地に調べに行くけど、あなたもどうかしら? 」


 藤原からの返答はなく、突然プツっと通話が切れた。 とりあえずここまで煽っておけば、何かしらアクションは起こしてくるだろう。 私は近くの路肩で停車していた一台の軽自動車に近寄り、覗き込んで助手席のドアを開ける。


「ごめんね三善。 呼び出して早々悪いんだけど、向かってほしい所があるの 」


「了解だ 」


 三善は行き先も聞かず、二つ返事で答えてくれる。 私の言う住所をナビに打ち込むと、慣れた手つきで車を発進させた。


「もしかしたらちょっと危ないことになるかも。 その時は私を放って逃げてよ? 」


 私はこれから藤原に復讐するつもりでいる。 仲が良かったかは知らないが、優斗君を殺した罪を償わずにのうのうと暮らしている藤原が許せなかった。 でも私のような女1人じゃすぐに口封じをされるかもしれない…… 三善に三日前にこの事を話し、申し訳ないけどボディーガードを頼んでおいた。 一人でも他人の、それも体格のいい男の目があれば藤原も手を出しづらいと思ったのだ。


「バカ言え、誰がお前を放って逃げんだよ 」


「だって刃物持ってるかもしれないんだよ? 」


「得物があれば俺は負けねぇ。 お前だって俺なら大丈夫だと思ったから連絡してきたんだろ? 」


 後部席には使い込まれた竹刀がケースに入れて置いてあった。 


「そうなんだけどね…… でも約束して。 絶対怪我はしないで 」


「おうよ 」


 こんなこと優斗君は絶対望んでいないだろう。


(ごめんね優斗君…… 私、どうしても藤原が許せないの )


 許せないといってもこれはただの私怨。 藤原を捕まえて、幽霊が絡んで優斗君を殺しましたと警察に突き出したところで、信用してもらえる筈がない。 


 だから私は、藤原をあの場所に呼び出し、あの時と同じ状況を作ってやるのだ。


(自分が何をしでかしたのか、思い知らせてやる…… )


 きっと何も変わらない。 こんなことをしたって、今更藤原が自首するとも思えない。 でも……


 私を乗せた三善の車は、ナビの案内通りに目的地へ向かって行った。

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