其の二十九

  チュンチュン……


 差し込む朝陽と雀の鳴き声で目が覚めた。


「ん…… 痛たた…… 」


 またテーブルで寝てしまった。 肩から掛けられたタオルケットは美咲ちゃんかな……


「起きたかえ? 」


「…… おはよ、おばあちゃん 」


 朝陽が透けて輝いているように見えるおばあちゃんは、縁側に腰かけて笑ってくれる。 テーブルの上や床には何百枚もの霊苻の失敗作だらけ。 昨日はあれからおばあちゃんと美咲ちゃんに教わりながら霊苻の練習をし、筆ペンのインクも尽きて書けなくなったところで私も力尽きてしまった。


「一朝一夕で会得できるものではない。 焦ることもなかろうて 」


「うん。 でもちょっと不安なんだ、あの旧日本兵 」


 ホッホッとおばあちゃんは笑う。


「お前は昔からそうじゃったの。 気になったら放って置けない…… 責任感が強いというかなんというか 」


 美咲ちゃんにもよく言われたっけ。 よく仔犬拾ってきて怒られたなぁ。


「ヒコ君と美咲ちゃんは? 」


「克彦は朝早くに仕事に戻ったわい。 美咲は筆ペンの買い足しに行ったんじゃないかえ? 」


(買い足しに行ったって…… )


 こんな朝っぱらからじゃコンビニくらいしかないし、この近場にコンビニなどない。


(…… もう。 筆ペンくらい自分で買ってくるのに )


 美咲ちゃんの優しさに感謝しながら、私は散らかしたテーブルの上の失敗作を片付ける。


「美月、それを持ってこっちにおいで。 霊苻の処分の仕方を教えておこう 」


「処分の仕方? 」


 メモ紙をかき集め、言われた通りにおばあちゃんの元に持っていく。


「書き損じとはいえ、これはお前の想い・・が込められたものじゃ。 そのまま捨てることは出来ん 」


 おばあちゃんに教わるまま、メモ紙を半分に破って目の前に掲げる。


「『滅!』と心で思うのじゃ。 『消えて無くなれ』でもよい 」


 そっか、危険物扱いなのね。


 (滅! )


  ボォッ


「熱っ! 」


 メモ紙がいきなり燃えて一瞬で塵になった。 ビックリした…… 


「熱くはなかろう? その炎はお前の力であって、お前の炎に対する先入観が熱く思わせてるだけじゃ 」


 手を見てみると、焦げた跡も燃えカスも何もない。 もう一枚を半分に破り、目の前に掲げて念じてみる。 熱くない、熱くない…… 


(なくなれ! )


 …… あれ? 燃えない。


「念じ方が足りないか、力が宿らなかった物じゃろ。 それは捨てても構わん 」


(なるほど。 力が宿らないものもあるんだ )


 また10枚同じようにやってみたが、燃えたのは一枚だけだった。 最初は手品みたいで面白かったが、50枚ほどやって段々飽きてくる。 そうだ、まとめてやれば手間省けるじゃん。 私は何枚かまとめて破って『なくなれ』と念じた。


 ゴオオォッ 


 目の前が一瞬で青い炎に包まれる。 炎は渦を巻いて立ち上り、辺りに爆風をまき散らして障子を吹き飛ばした。 


「おばあちゃん! 」


 気が付けばおばあちゃんまでその爆風に飛ばされていた。 が、空中で一回転して見事な着地を決める。 うそ……


「一枚ずつやらんか馬鹿者! 消えろと念じながら握りつぶせ!! 」


「は、はい! 」


 言われるがまま炎を挟むように両手を合わせようとするが、反発してなかなか握りつぶせない! (消えろ、消えろ、消えろ! きえろ!! )


 やっとの思いで鎮火に成功した私は、恐る恐るおばあちゃんの顔を見る。 一喝された後だし、怒られるかと思ったが、おばあちゃんは大笑いしていた。


「霊符同士が干渉しあったのじゃろう。 横着するからじゃ 」


 おばあちゃんは私の横に座り、いつもの姿勢で優しい笑顔をくれる。 


「いいかい美月、覚えておきなさい。 お前の力はとても大きくて強力じゃ。 もしこの力をその道で使うのなら、お前に敵う者はきっといないじゃろう 」


「…… うん 」


「だが強大な力は善にも悪にもなる。 必要以上の大きな力は時として不幸を招く。 それをよく覚えておきなさい 」


「…… うん、わかった 」


「美月、お前は儂の大切な孫じゃ。 決して無茶なことはせぬようにな 」


 『うん』とおばあちゃんに微笑んで、私は吹っ飛ばしてしまった障子を直しにかかった。





 美咲ちゃんに霊符の見本を作ってもらい、筆ペンをいっぱい貰って私は実家を後にする。 教えてもらったのは、動きを制限する結界の作り方と霊符の書き方。 美咲ちゃん流の霊符には有効期限みたいなものがあって、作ってから10分程度が一番効果が高いらしい。 完全に効力がなくなるわけではないが、使うならその場で書けるよう練習しなさいと美咲ちゃんに言われた。


「様子だけ見に行っておこうかな…… 」


 優斗君が刺されたあの裏路地。 準備が整うまでは近寄るまいと思ってたけど、一度気になってしまうといてもたってもいられない。 もしあのおじさんに出くわしても、裏路地からは出てこられないのは確認済みだし、また襲って来るようならすぐに路地から出ればいい。 実家からなら、タクシーを使えば30分程度。 私は手を挙げてタクシーを拾い、あの裏路地へ向かった。

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