其の二十八

「ほぉ、霊を追い払う方法とな? 」


 相変わらず、暑くもないのにうちわを扇ぎながら縁側に座っているおばあちゃん。 その横に腰を下ろして、旧日本兵のことを話してみた。


「実際に私が怪我した訳じゃないんだけど、前髪ちょっと斬られてるし、風を斬る音とかブロック塀を崩すとか、優斗君と同じように干渉できるみたいなの。 これって危なくないかな? 」


「ふむ…… 」


 私とおばあちゃんを挟むように、ヒコ君と美咲ちゃんも縁側に湯呑みを持って集まっていた。 昔はよくこうやって家族で縁側を囲んでいたっけ…… 懐かしいな。


「優斗君? 誰だそれ 」


 ヒコ君の顔が変わった。 へぇー、ヒコ君もパパの顔するんだ。


「彼氏よ彼氏。 この間から夢中らしいの 」


「違うってば! 」


「なん…… だと…… 」


 お約束のセリフと共にヒコ君は顔に線を浮かべて落ち込んでる。 ヒコ君と美咲ちゃんはもういいや。 私はおばあちゃんと話をしに来たんだから!


「どう思う? おばあちゃん 」


「美月、お前はどう思ってるのじゃ? 」


「へ? 私? 」


 おばあちゃんは大きく頷いた。


「放っておくにしろ、浄化するにしろ、全てはお前次第じゃからな。 お前ならどちらも出来るからの 」


「じ、浄化? 」


「そうじゃよ? お前は儂より優れた力の持ち主。 気付いてないフリをしても無駄じゃよ 」


 おばあちゃんより上? ウソでしょ……


「お前は、儂以上の力と言われた美咲の力を全て吸い取って生まれてきたんじゃからな。 加えてお前の力が上乗せされとるんじゃ、強力なのが納得じゃろ? 」


 思わず美咲ちゃんの顔を見る。 『なーに?』と美咲ちゃんは首を傾げた。


「私、美咲ちゃんの力吸い取っちゃったって…… 」


「ちょっとおばあちゃん! その話は墓まで持って行ってって言ったじゃない! …… あっ、墓までは持って行ったか 」


 ケラケラと美咲ちゃんは笑う。 確かに墓後の話よね……


「儂はお前にこの道を進んでほしかったがの、克彦と美咲はお前に自由にさせたいと望んだんじゃ。 浄化の方法は教えてやれるがの、教えるということはその道に進まねばならん。 掟じゃからの 」


 掟…… 力を持つ者の宿命なの? 


「どうした? 美月。 そんな難しい顔して 」


 ヒコ君が優しい笑顔を私にくれる。 


「おばあちゃんがね、もしこの力を使うのならその道に進まなきゃいけないって。 私、やっぱり陰陽師の道に進まなきゃならないのかな? 」


「おばあちゃんまたそんなこと言ってるの!? ちょっと美月ちゃん、こっち来て 」


 美咲ちゃんが私の手を引っ張って居間に戻り、強引にテーブルチェアに座らされた。 固定電話の横にあったメモ帳を荒々しく抜き取り、筆ペンを私に握らせて自分の手を添える。


「力を抜いて、おばあちゃんを意識して 」


「え? なに? 」


「怖がらないで。 私がおばあちゃんと話せるようイメージしてくれればいいから 」


 そう言うと美咲ちゃんは私に握らせた筆ペンを走らせていく。 漢字と象形文字を混ぜたような文字…… 何を書いているのか分からない。


 メモ紙いっぱいに文字が書かれた途端、その文字が光を帯び始めた。


「な! なにこれ…… 」


 美咲ちゃんはそのメモ書きを握りしめておばあちゃんの所に戻っていった。


「お春ちゃん! 掟、掟ってそんなの今更どうでもいいことでしょ! 」


 美咲ちゃんは真っ向からおばあちゃんにまくし立てた。 あれ? 美咲ちゃん見えてる? しかもお春ちゃんって……


「仕方なかろう? それが安倍の血を受け継ぐことじゃ! 」


「そんなこと言って、最初に掟破ったのはお春ちゃんでしょ! 駆け落ちしてこの地まで逃げてきたくせに! 」


「うっ…… そ、そんな話忘れたわい 」


 ケンカしてる…… おばあちゃんの声も聞こえてるんだ。 あの握り締めてるお札みたいなメモ書きの力なの?


「ママはお前の力を使って霊符れいふを書いたんだよ。 驚いたかい? 」


「驚いたもなにも…… 初めて見た 」


「そうだね、美月が生まれる前の話だからね。 元々ママは、神社の巫女さんをしていたんだ。 効果のあるお札が有名でね、遠くからも参拝客が多かったんだよ 」


 それも今初めて聞いた。 ってことはやっぱり…… 


「その力を私が奪っちゃったんだね…… 」


「奪ったんじゃない、ママが美月に譲ったんだよ 」


 ヒコ君は、まだ続いている美咲ちゃんとおばあちゃんのケンカを見て微笑む。


「美月が生まれた日はね、裏の雑木林の結界が壊れてしまって大変だったんだ。 おばあちゃんが必死に霊を抑えていたんだけど、やはり一人では厳しかったみたいでね…… そこから抜け出た強い悪霊が、生まれる直前のお前を狙ったんだ 」


「私を? 」


「自宅出産だったからね。 ママは陣痛に耐えながら結界を張ったけど、それでも防ぎきれなかったんだ。 だからママは、悪霊が近づけないほどの力をお前に譲った。 後は言わなくてもわかるね? 」


「美咲ちゃんは私を守る為に…… 」


「そう。 無事にお前が生まれた時、ママは泣いてたよ。 ちゃんと守ってあげられたってね 」


 知らなかった…… そんなことを聞いてしまったら、今までこの力を疎ましく思っていた自分が恥ずかしくなる。


「美月、お前はお前の思うまま進みなさい。 誰の為でもない自分自身のことなんだ、その力を誰かの役に立てたいと思うなら、掟に振り回されず存分に力を使いなさい 」


 二人から今まで力の話を聞かなかったのは、安倍の血にとらわれず生きなさいという親心だったんだね。 笑顔のヒコ君にちょっとウルッときてしまう。 普段女々しい部分しか見えないけど、こういうところはやっぱり父親だ。


「そっか…… 自分自身の為…… ね。 ありがとう、お父さん・・・・! 」


 私はゆっくりと美咲ちゃんとおばあちゃんの間に割って入る。


「おばあちゃん、悪霊の浄化の方法教えて! 私があの旧日本兵のおじさんを鎮めてくる 」


「美月ちゃん! 」


「ほぉ? 霊媒師として決心したのかえ? 」


「しないよ。 悪霊は鎮めるけどOLも続ける。 だって美咲ちゃんの娘だし、おばあちゃんの孫だもん。 掟なんてクソ食らえでしょ? 」


 二人に笑顔を見せると、二人はお互いの顔を見合ってやれやれと同時にため息を吐く。


「蛙の子は蛙じゃの 」


「お春ちゃんがそれ言う? 」


 笑い合う二人は、それで納得したようだった。


 待ってなさいよ! 美咲ちゃん譲りの力で、絶対浄化してやる!

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