其の二十七
「美月ちゃんおはよー、具合どう? 」
「え? あぁ、うん、大丈夫。 休んだからもう平気だよ 」
翌日、出勤した私をかなえちゃんが心配してくれる。 忘れてた…… 一昨日早退して昨日は休んでるんだっけ。 この三日間で色んなことがありすぎて、何がなんだか分からなくなってしまいそう。
「でもまだ全快じゃなさそうだね。 目の下、コンシーラーで隠してるでしょ 」
バレた。 昨日も結局、ぐっすり眠れたとは言えなかった。 ウトウトしてはビクッと落ちる感覚で目が覚め、それを何度か繰り返すうちに眠れなくなり、読みかけの小説に手を出して、気が付いたらリビングの明かりを点けっぱなしで座椅子で寝ていた。
「具合悪かったら休んでいいよ。 昨日も一昨日も大して仕事なかったから 」
かなえちゃんは笑いながら自分の席に戻っていった。 そうは言っても、二日間も休んだ手前そうもいかず、仕事しないと給料も減ってしまう。
美月さんの生活も壊したくないんです
優斗君が言った言葉を思い出す。 必ず戻ってくると約束してくれたのだから、彼に心配かけない為にもしっかり仕事しなくちゃいけない。 私は肩をパキパキと鳴らしてパソコンに向き合った。
お昼休み、近くのコンビニで買ってきたサンドウィッチで昼食を済ます。
「美月ちゃんそれで足りるの? 唐揚げ分けてあげるよ? 」
事務所で一緒にお昼ご飯を食べていたかなえちゃんは、お箸を咥えて眉をひそめている。 かなえちゃんの二段重ねのボリュームあるお弁当は、男の人でも満足できそうな大容量だ。 私より小さくて細いのに、体のどこにそんないっぱい入るのか不思議だ。
「大丈夫大丈夫! ちょっと食欲なくて…… 」
「もしかして彼氏と別れちゃった? 」
ニヤリとしたかなえちゃんの言葉にピクッと反応してしまう。 彼氏じゃないけど…… まぁ……
「元気出しなよ。 美月ちゃん可愛いんだしさ、男なんかいくらでもいるって! 」
ケラケラと笑い飛ばすかなえちゃんの様子がなんか変だ。 妙に明るいというか、無理矢理笑ってるっていうか。
「彼氏と喧嘩でもしたの? 」
ボソッと小声で言うと、彼女は凍ったように固まってしまった。
「図星かい…… 」
「違うのよ? 私がフってやったんだからね! 」
ガツガツとご飯粒を撒き散らしながらお弁当を掻き込む。 ハイハイ、またプチ喧嘩したんだね…… 別れたような物言いだけど、毎回いつの間にか元さやしてるんだから。
「裕史のヤツ、思い出しただけでも腹立つ! スマホに男友達のアドレス入ってただけで怒るんだよ? 付き合いきれないっつーの! 」
そういうものなのか…… 付き合ったことないから分かんない。
「アイツだって女友達いるクセにさ、なんで私だけキレられなきゃならないのよ。 ねー? 」
『ねー?』と言われてもね。 でもそう言われて気になった。 優斗君は私をどう思ってるんだろう……
「美月ちゃん聞いてる? 」
「んあ? ごめん、なんだっけ? 」
「昨日のニュースの話 」
(彼氏の話からいきなり飛んだな…… たまにあるんだよねこの子 )
「塀を壊しちゃうなんて酷いことするよね。 でもね、あの付近って火の玉を見たとか、散歩中の犬がそこを通ると妙に吠えたりとかあるんだって。 壊されたのも亡霊の仕業、なんて噂が立ってるみたい 」
優斗君が旧日本兵のおじさんを叩きつけたブロック塀のことだ。 その場に私もいたとは言えず、かなえちゃんに『そうなんだー』と苦笑いして私は最後のサンドウィッチを頬張る。
「美月ちゃんの出番じゃないの? 」
あれ…… 私の力、バレてたっけ? 恐る恐るかなえちゃんの顔を見る。
「…… 何で? 」
「キャーっていう可愛い美月ちゃん見てみたい 」
「…… きゃー 」
「面白くなーい 」
残念そうに卵焼きを頬張るかなえちゃんが可愛い。 元からあそこは亡霊騒ぎがあったんだ…… 小夜子は何も言ってなかったなぁ。
「でもさ、そこを直しに来る人も嫌だよね、怨霊とか亡霊とか 」
そっか…… あのおじさんだったら、侵入してくる人誰かれ構わず攻撃してきそう。
「ん? 美月ちゃん、そんなに怖かった? 」
「あ、いや…… なんでもない 」
つい深く考え込んでしまった。 私は残りのサンドウィッチを口に押し込んで席を立つ。
おばあちゃんに相談してみよう…… もうあの場所は私には関係ないけど、危険だと知っているのに見て見ぬふりは出来ない。 今日は実家に帰ることを美咲ちゃんにメールで連絡した。
実家に帰るなり、真っ先に出迎えてくれたのは父親の
「美月ー! 」
玄関で両手を広げ、私の顔を見るなり飛び込んで来るヒコ君をサラっとかわす。
「ただいま、ヒコ君。 もうそれやめたら? 」
玄関の引き戸に思いっきり突っ込んでいったヒコ君は、額に引き戸の跡を付けながら私を見て寂しそうに泣いていた。 小さい頃はよく泣きながら帰ってきた私をこうして玄関で出迎えて抱きしめてくれたけど、私ももうそんな年じゃない。 いじけて帰ってきた訳じゃないし。
「そんなこと言っちゃパパが可哀想よ? 」
音を聞き付けて美咲ちゃんが笑いながらゆっくり顔を出す。 ヒコ君は私にすがるような目でずっと涙を流していた。
「…… んもう、しょうがないな 」
私はヒコ君の腕を抱いて背中をポンポンと叩いてやる。 まぁ、ヒコ君と顔を合わせるのは高校卒業以来だもんね……
「美月ー! 」
再びガバッと抱きしめてこようとしたヒコ君を、私は再びサラっとかわす。 空振りに終わったヒコ君は玄関の隅にしゃがんでメソメソ泣いていた。 これが会社では鬼編集長って言われてるらしいんだから信じられない。
「うぅ…… 美月たやーん…… 」
たやーんじゃないわよ!
「ヒコ君、スキンシップもほどほどにしないと娘に嫌われるよ? 」
更にポロポロ涙を流すヒコ君を玄関に放って、私は縁側のおばあちゃんの元に向かった。
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