其の二十五
「…… 」
ニャンぼんが私達を上から覗き込んでややしばらく。 何か言うのかと思っていたら、思い立ったように無言でバイバイをして背を向ける。
(いやいや! ちょっと待ちなさい! )
「こんなところで何着ぐるみってるのよ、三善! 」
そのまま去って行こうとするニャンぼんを名指しで引き止めてやる。
頬に手を当てて体ごと首を傾げたてダメ!
腰をクネクネさせたってダメ!
ジト目で手招きすること5分…… やっと観念したのか、ニャンぼんが戻ってきた。
「…… バレてんのかよ。 お前こそ、こんなところで何ナンパられてんだよ 」
あまりにも容姿と声が釣り合わなくて笑えてくる。
「って、アンタ教師でしょ! 教師ってバイト禁止じゃないの? 」
他の人の手前、小声で三善に尋ねる。
「熱出した友達の代わりやってんだよ。 お前は一人でナンパ待ちか? 」
「一人じゃないわよ! ナンパ待ちだなんてバカじゃないの!? 」
ニャンぼんは体ごと左右に動かして辺りを窺う。 大きな頭を傾げた後、『あぁ』と呟いて何かを納得したようだった。
「例の奴とデートか。 邪魔して悪かった 」
『許してね!』みたいな可愛いポーズを取ってニャンぼんは体を震わせる。 ニャンぼんだから許せるが、中身が三善だと想像すると気持ち悪い。
「あー! ニャンぼんだー! 」
遠くから子供たちが走り寄ってくる。 その声にニャンぼんは両手を高く上げて応えていた。
「陰陽師、あと一時間で交代だからちょっと待ってろよ。 そいつに話があるんだ 」
ニャンぼんは私の返事を待たず、短かすぎる足で子供達の元に駆け寄っていった。 子供達に囲まれて楽しそうに振る舞うニャンぼんを、私は優斗君を膝枕したまま見守る。
「カッコいい人ですね 」
「え? 」
同じように見守っていた優斗君がボソッとそんなことを言った。
「着ぐるみ脱いだらビックリするよ? 角刈りの目つき悪い奴だから 」
優斗君はクスクスと笑う。 カッコいいだなんて、アイツが聞いたらどんな顔するだろう? 私も可笑しくなって笑ってしまった。
「僕の存在を認めてるんですね。 美月さんが言うのだから信用してる…… そんな感じなのかな 」
「うーん…… 全部信じてくれてるとは思ってないけどね。 でも、なんだかんだ言いながら私を
「…… そうですか 」
「ん? 」
優斗君は目を閉じて私の膝に身を委ねていた。 眠ってるような穏やかな表情…… 少しでも眠れるようにと、私はゆっくり体の向きを変えて彼の顔に小影を作ってあげた。
「わりぃ、待たせちまったな 」
交代の時間になって私達の元にやってきた三善は、気を遣って人の目の少ない休憩場所に案内してくれた。
「ここなら気兼ねなく話せるだろ。 ほれ、ここの一押しのタピオカドリンクだ 」
三善は三つ飲み物を買ってきていてくれた。
「あー…… ゴメン三善、彼は飲めな―― 」
「いえ、ありがとうございます 」
優斗君は私の言葉を遮ってストローに口をつけた。 微妙にストローが動くのを見た三善は、あまり驚きもせず歯を見せてクックッと笑う。
「お前にそいつの事を聞いてなきゃビビっちまう現象だよな、これ 」
「そいつじゃないよ、菅原優斗君。 見た目は高校生だけど、私達より2つ年上だから 」
「年上! それは失礼しました! 」
かしこまって頭を下げる三善に、優斗君も慌ててイヤイヤと首を振る。 ホント体育会系なんだから…… 傍から見ててなんか面白い。
「それで、優斗君に話って? 」
「その話の前にお前に聞いておきたい 」
「…… 何よ? 改まって 」
三善は一つ深呼吸をして私の目を真っ直ぐに見た。 いつものおどける雰囲気は一切ない…… ガチな話をするつもりなんだ。
「お前、菅原さんが好きか? 」
「…… へ? 」
突拍子もない言葉に思わず固まってしまう。 それは優斗君も同じようだった。
「なななな…… 何をいきなり! 」
「何をじゃねえよ、大事なことだ。 これからの俺の話に関わるんだよ 」
顔色一つ変えずに三善は私を見てる。 何を言い出すのかと思えば…… でも、こいつは正直に答えて恥ずかしくない友達だ。
「正直分かんない…… でも惹かれてるのは確かだよ。 変かな? 私 」
「変とかそういう話をしてんじゃねーんだよ。 幽霊だろうが何だろうが、生きていた人間だったことに変わりはねぇんだ。 好きになったって、おかしい事なんかねぇ 」
驚いた。 こいつがこんな説得力あるセリフいうなんて…… さすが教師というべきか、ちょっと見直しちゃった。
「んで? アンタ私の気持ち聞いてどうすんのよ…… 」
隣に座ってる優斗君の存在に急に恥ずかしくなる。 顔が熱い…… きっと耳まで真っ赤なんだろう。
「お前、今幸せか? 」
あ…… 優斗君も言っていたこの言葉……
「うん、幸せだよ 」
素直に言葉が出た。
「そうか。 …… 菅原さん、アンタに言っておく事があるります 」
(日本語おかしくなってるよ…… )
三善は優斗君分に置いたタピオカドリンクに向き直る。
「こいつは……
「ち…… ちょっと! 何父親みたいなこと言ってんのよ! 」
「うるさい! いいから黙ってろ 」
真っ赤な顔して三善が睨む。 そんな泣きそうな顔しないでよ……
「でもアンタは幽霊だ。 美月と結婚することも、子供を作ることも出来ない。 体を張って美月を守ることも出来ない。 それでもアンタは美月を幸せに出来ますか? 」
優斗君は無表情で三善を見つめていた。 何かを言おうと口を開き、目を閉じて口を閉じる。 優斗君は何を言おうとしたのだろう…… 私はただ黙って二人を見ていることしか出来なかった。
「俺は美月が好きだ。 アンタよりずっとずっと美月を好きだ。 アンタに美月を渡す気はない。 でも今のこいつの中に俺はいない…… アンタが成仏するまで、こいつを見守ってやってくれないだろうか? 」
ワァーとテーマパークの中心部から歓声が聞こえる。 なにこれ…… まるっきり公開告白じゃない。
「…… バカ 」
「うるせーな、好きなんだからしょーがねーじゃねーか! 」
真っ赤に染まった三善の顔。 私も人のこと言えず真っ赤な顔をしてるのだろう。 優斗君は三善の顔をじっと見て、ふと笑いかける。
「…… 管原さん、なんか言ってるか? 」
「何も。 アンタを見て笑ってるよ 」
『そうかよ』と三善は横を向いてタピオカドリンクを一気に飲み干した。
「はい。
優斗君は真っ直ぐ三善を見つめて微笑んでいた。
その時まで……
とてもとても大事な言葉。 そうだよね…… その為に友達を巻き込んでまで頑張ってきたんだもの。 でもその言葉を、私は素直に飲み込むことはできなかった。
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