其の二十四
私達は再び歩いて駅へ向かう。 駅に着くまで何も話すことは出来ず、ただ無言で私達は歩いていた。
(本当にこれだけで良かったの? )
あまり納得できない結果だが、優斗君が望まない以上私が口を出すことではない。 チラッと優斗君に視線を向けると、彼もまた私を見て微笑んだ。
「納得してない顔をしてますね 」
「だって優斗君の気持ちを弄んだ人だよ? 一言くらい文句言ってもいいと思う! まぁ…… 子供の前で言うことじゃないけど 」
「僕は彼女が幸せな生活を送れてるって分かっただけで充分ですよ 」
(男ってそういうものなの? それとも優斗君だから? )
どちらにしても、憧れの人を美化しすぎなような気がしてならない。
「…… 今でも好きなの? 」
無意識に出た言葉。 何聞いてるんだろ、私…… 彼もビックリして、ちょっとひいてるじゃない。
「どうでしょう…… 昔ほどドキドキはしてませんけど、やっぱり好きなんでしょうね。 僕の青春でしたから 」
苦笑いしながらも彼は真面目に答えてくれる。 大事な思い出で終わらせたいってことなの? なんかそれって凄く寂しい……
「…… ねえ、テーマパークで遊んでいこっか? 気晴らしに 」
「え? 」
モヤモヤした時にはパァっと遊ぶ! 小夜子が私に教えてくれたことだ。 気分が変われば色々なものがまた違って見えてくる。 それに……
「行こう! 私ジェットコースター乗りたい! 」
「え? え? ちょっと! 美月さん!? 」
私は強引に優斗君の手を引いて、テーマパーク行きのシャトルバス乗り場に向かった。
「キャアァァァ!! 」
「んんん!! 」
最前列に座れた私達は、ジェットコースターの急降下に大声をあげる。 といっても、他人にはきっと私だけがはしゃいでいるようにしか見えない。 客が列を作って並ぶ中、『相席は嫌だ』と係員さんに無理を言って隣の席を空けてもらったのだ。
優斗君を見ると目を真ん丸にして歯を食いしばり、いっぱいいっぱいの顔。 コースは短めだけど、ヘビー級のアップダウンはすごく楽しい!
「んくぅ! 」
優斗君は固定バーを固く握り締め、必死に叫び声を我慢してる…… もしかして絶叫マシンが苦手?
「んにやあぁぁあ!! 」
コースの最後のコークスクリューで、優斗君は涙を浮かべて可愛い叫び声を上げた。
「ごめんね、苦手なら言ってくれれば良かったのに…… 」
ジェットコースター近くの芝生で仰向けに倒れ込んでしまった優斗君に、私は彼の横に座ってテーマパークのパンフレットで風を送る。 彼は『すいません』と額に腕を当てて、力なく笑っていた。
「は、初めてだったものですから。 遊園地って、子供の時に親に一回だけ連れてきてもらった以来なんです 」
「そうなの? 」
「元々住んでいた町の近くに遊園地はありませんでしたし、父親は商社マンでしたから。 仕事一筋の男で、一緒に遊んだ記憶がありません。 連れて来てもらったのも母親で、まだ妹が幼稚園に入る前の時でした 」
「そっか…… もしかして両親が離婚しちゃったのも…… 」
「そうみたいです。 仕事ばかりの父に、母は愛想が尽きたんでしょうね。 僕と妹の前でもよくケンカしてました 」
(あまり親からの愛に恵まれなかったんだね…… )
思わず私は優斗君の頭に手を添えて優しく撫でる。
「…… フフ…… 」
突然笑い出した彼に私は手を引っ込める。
「あ…… ゴメン、頭撫でられるの嫌いだった? 」
「いえ。 僕も昔、妹が泣いていた時にはよく頭を撫でていたなぁって思い出しました。 懐かしいなぁ…… 」
「妹さんてどんな人? 」
「そうですね…… 可愛い奴です。 2つ下で中学校までしか一緒にいることは出来ませんでしたが、『兄に、兄に!』ってよく側に寄って来てました。 内気な性格だからか、小学校で虐められることも多くて。 この子を守らなきゃ…… そう思って、空手を始めたきっかけだったりします 」
「優しいお兄ちゃん、だったんだね 」
「どうかな……
「それちょっと分かるかも。 優しくしてくれると分かってるから、ちょっと背伸びしてみたくなってたんだと思うよ? 」
ツンデレのツンツンにしか気付かないのが、なんとなく彼らしくて笑ってしまう。
「そうなんですか? 分かんないなぁ女の子って 」
「そうかな? 単純じゃないけど単純だよ、女の子って 」
彼の頭を両手で持って、少し強引に太ももの上に乗せた。
「ちょ…… 美月さん? 」
「いいから。 黙って膝枕されててよ 」
ビックリする彼を言い聞かせるように、私は彼の頭を撫でる。 母性本能ってやつだろうか…… どうしてこんなことをしたのか、自分でもよく分からない。
「陽菜ちゃん、探してみよっか 」
「え…… 」
「君が会いたくないって言うなら無理強いはしないけど。 ここまで来たんだもん、私は君を陽菜ちゃんに会わせてあげたいな 」
呆ける彼に、精一杯の優しい微笑みをしてみる。 周りからちょっと痛い視線を感じるが、もうそんなことは気にしない。 ふと優斗君の視線が私から逸れた。 つられてその方向を見ると、若そうな男が二人私に近づいてきている。 少し体が強張る…… 体が、男達に防風林で襲われた時の事を覚えてるんだ。
「おねえさん一人? 良かったら俺達と遊ばない? 」
またナンパ…… 今大事な話をしてるのが分からないの!? って、分かるわけないか。
「間に合ってます! 彼と一緒だから 」
男達は顔を見合わせてパチパチと瞬きをしていた。 だよね、見えてないんだろうから。
「いや、さっきから見てたけどおねえさんずっと一人だったじゃない。 そんなつれないこと言わないでよ 」
「だから彼と一緒にいるって言ってるでしょ? 見えないの? 」
「美月さん、ちょっ…… うわっ! 」
優斗君が膝から起き上がろうとしたが、私は顔を押さえてグッと太ももに押し付けた。 男達はまた顔を見合わせてコソコソと耳打ちを始める。
「おい、ちょっとヤバくね? この女 」
「エア彼氏ってやつか? イっちゃってるかもな…… 」
(全部聞こえてるわよ。 そう思うのなら早くどっかに行って! )
「でも俺、好みなんだよなぁ 」
私は全然タイプじゃない。 しつこいなぁ!
「おねえさんさ、エア彼氏もいいけどリアル彼氏欲しくない? 」
片方の男が鼻の下を伸ばしてしつこく迫ってくる。
(エアじゃないわよ! 彼氏じゃないわよ! )
鼻息を荒くする私の膝で、優斗君はクスクスと笑っていた。
「あーもう! どっか行って…… よ? 」
突然、男達と私に覆いかぶさるように影ができた。 逆光で良く見えないが、どうやらこのテーマパークのマスコットキャラが助けに来てくれたらしい。 口に葉っぱを咥えた三等身くらいの真ん丸な可愛い黒猫。 ちょっとデカいけど。
「困るんですよねぇお客さん、そいつ嫌がってるじゃないですか 」
猫が喋った! しかもドスの効いた声で可愛くない! おまけに私はそいつ扱い…… あれ?
(この声どこかで…… )
「うわっ! なんだこの『ニャンぼん』喋ったぞ! 」
「バイトがしゃしゃり出てくんなよ! 」
ピキッ
あ、『ニャンぼん』のおでこに怒りマーク…… が付いたような気がした。 ニャンぼんは男達の間に割って入り、二人と肩を組む。
バチーン!
そのまま勢い良く男達同士の顔をぶつけて気絶させてしまった。 そのまま男達の首根っこを抱えたまま歩いていき、近くの警備員に引き渡す。 ヒョコヒョコと引き返してきたニャンぼんは、私達を上から覗き込んできたのだった。
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