其の二十二
「思い出した限りの事を話しますね。 また美月さんが黙って調べに行っちゃっても嫌ですから 」
小さな座卓テーブルの向かいに座る優斗君は、背筋をピンと伸ばし姿勢正しく正座をしている。 こういうのを見ると、格闘技の有段者なんだなと実感するよね。
「あの日、僕は藤原に誘われて校門の前で彼を待っていたんです。 でも校門に来たのは橘さんでした 」
「橘さん? 」
「はい、藤原と橘さんってとても仲が良かったんです。 彼女と知り合いになったのも、藤原の隣に彼女がいたからなんです。 よく空手の試合にも顔を出していたのを覚えています 」
それって、藤原君の彼女が橘さん? …… なんかあまり喜べない話の予感がする。
「彼女は、藤原は急用が入って来れなくなったと言い、僕に駅まで一緒に帰ろうと誘ってくれました。 でも、藤原が急用っていうのは嘘だったんです 」
「…… 通り魔ってもしかして藤原君? 」
「…… お察しの通りです。 通り魔役は角田でしたけど 」
今の話を聞いてなんとなくそうなんじゃないかと思ってた。 最初に会った角田君の風貌、橘さんを名前で呼んでた藤原君の様子、そして今聞いた話…… ちょっとずつ繋がり始めてる。
「藤原は試合で僕に勝てない事を恨んでいたみたいです。 橘さんに面白いものを見せてやると言ってたようで、あの住宅街に先回りしてました。 そこでナイフをチラつかせた通り魔役の角田に襲わせ、橘さんを人質に取って僕をボコボコにしたかったんでしょう 」
「逆恨みもいいところだわ! いやちょっと待って…… それじゃ橘さんもグルだったってこと? 」
優斗君は俯いて目をそらす。 そんな……
「彼女を人質に取れば、僕は手出し出来ないと踏んでたようです。 多分、彼女も打ち合わせ済みだったんじゃないかな 」
なにそれ……
「じゃあ始めから優斗君を虐める為の一芝居ってこと? そんな馬鹿げた理由で優斗君を殺したの!? 」
完全に予想外。 まさか3人で優斗君をハメただなんて…… やりきれない思いに、凄く腹が立ってきた。
「刺してしまったのは偶然なんです。 彼らもそこまでするつもりはなかった…… 途中でシナリオが変わっちゃったんですよ。 僕が角田を吹っ飛ばしちゃいましたから 」
「え? 」
当時から刃物を持った相手に負けなかったんだ…… 強すぎだよ。
「僕は橘さんを連れてあの路地裏に逃げました。 追いかけてきた角田は、その路地に入った途端様子が変わったんです 」
あ…… まさか……
「美月さんを襲った旧日本兵、あいつが取り憑いたんでしょうね 」
「でしょうねって…… 」
「血溜まりの中に倒れてる自分を、僕は上から呆然と見てました。 藤原達は動かなくなった僕を見て慌ててその場を逃げ出し、僕の脱け殻は通り掛かった男の人が呼んだ救急車で運ばれて行きました。 それから僕は色んな所を徘徊して…… 気が付いたら何もかもを忘れて自宅の跡地に立っていました 」
淡々と語る彼から、思わず目を逸らしてしまった。
(私…… 優斗君を助けようとしてた
「…… ごめん…… なさい…… 」
優斗君は全てを知って、その事実に耐えきれなくなって全てを封じ込めたんだ。 自分を刺した友達、好きな人に裏切られた事実、自分の名前まで…… それを私は彼の為とか言って、封じ込めた過去を思い出させてしまった。 偽善者は私じゃないか……
「本当に…… ごめんなさい…… 」
とてもじゃないけど優斗君の顔を見れない。 謝っても謝りきれない。 自分が情けなくて涙が出てくる。
「顔を上げて下さい、美月さん 」
(無理だよ…… )
どんな顔で君に向き合えばいいのかわからない!
「僕を見て下さい、美月さん 」
「出来ないよ…… 」
私にそんな資格ない…… 私の勝手な気持ちが君にツライ事ばかり……
「美月さんが教えてくれたんですよ? 逃げるなって 」
フワッと感じる暖かい感触。 膝をついて、私の頭をお腹に抱えるように抱いてくれる優斗君がそこにいた。
「感謝してるんです。 忘れたって何も進めない…… 途方にくれていた僕に、前を見ろと手を差しのべてくれたのは美月さんなんです。 だからそんな顔しないで下さい 」
涙が溢れて止まらない。 優しすぎるんだよ、君は……
「絶望ばかりだった僕に、美月さんは光を当ててくれたんですよ? 美月さんがそんな顔してちゃ、僕はまた迷ってしまうじゃないですか 」
「私、そんないい奴じゃない…… 」
頭を優しく撫でられ、彼の軽いため息が聞こえた。
「僕が成仏するまで面倒見てくれるんじゃなかったんですか? 犯人が分かって、これで終わりじゃないんでしょ? 」
そう、これは私の責任だ。 優斗君と唯一向き合える私が投げ出してどうする! ここで投げ出しちゃ、藤原達とやってることが変わらない。
溢してしまった涙を拭い、振り向いて彼の顔を真っ正面から見つめる。
「橘さんの連絡先がわかったの。 会いに行く? 」
「行きます。 きっと前に進める筈ですから 」
彼は私にフワッと笑顔を見せてくれた。
(強いなぁ…… )
迷いのない返事は、私を信じてくれている証拠。 彼の強さが私の心を動かす。
「わかった。 今から行ってみようか 」
立ち上がろうとした瞬間、優斗君に頭を押さえつけられてしまった。
「ダメですよ、今日はゆっくり休んで下さい。 襲われて満身創痍なのに、無理したら倒れちゃいますよ? 」
「でも…… 」
「そうだ、ご飯食べましょう! 帰ってきて何も食べてないでしょ? 僕、何か買ってきますよ 」
「…… 優斗君が買いに行ったらポルターガイストになっちゃうよ 」
「そうでした 」
私を笑わせようとしてくれる気遣いがまた嬉しい。
(ヤバいなぁ…… 成仏させたいと思ってるのに、離れたくなくなっちゃうじゃん…… )
「僕、きゅうりの浅漬けお願いしていいですか? 」
「うん、わかった 」
私はバッグから財布だけを取り出して玄関を出る。
「え? 」
何の疑問も持たずに返事をしたけど、優斗君も食べるって意味だよね?
(彼が浅漬けを食べたらどうなるんだろ…… )
宙に浮いたきゅうりが噛み砕かれて、喉を通って胃に入って…… いや、その先は考えたくない。
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