其の十七

 三善から連絡が入ったのは翌日の昼過ぎ。 一回目の着信はトイレで用を足している時だった。


(もう! 出れない状況察しなさいよバカ! )


 もちろん着信拒否! すぐに折り返し電話したが、今度は三善の方が出ない。


 その後も着信が何件もあったが、事務室で私用の電話をすることは出来ない。 トイレに持ち込んで何度かかけ直してみるも、その度に呼び出し音が虚しく続くだけ。


(いるよね、こうもタイミング合わない人って…… )


 メールかLINEを教えておけば良かったと、自分のデスクに戻ってため息をつく。


「何かいいことあった? 」


「へ? 」


 小声でかなえちゃんにそう言われ、スマホを持ち出して何度もトイレに行く自分の行動の不自然さに気付いた。


「この前の彼氏でしょ? つきあったの? 」


 ニヤニヤしているかなえちゃんは、私の顔とスマホを交互に見ている。


「ち、違うよ! これはそういうのじゃないのよ 」


 別に動揺することは何もない。 ただ友達から連絡あったからと説明すれば良かったのに、なんで慌ててるんだろ、私。


「そうそう、あれは全然ダメ男だったよ。 タチの悪いナンパに騙されちゃった 」


 あの後警察からも連絡があり、あの男達は余罪もあって逮捕されたらしい。 告訴も出来ると言われたが、そうなると優斗君の存在の説明がややこしくなるので止めておいた。 あの男達の顔も二度と見たくないし。


「じゃあ新しい恋の始まり? 」


「そ…… そんなんじゃないよ! 」


「安倍くーん、これお願い 」


 いいタイミングで田中課長が私を呼ぶ。 愛想笑いではない・・・・笑顔で答えて席を立つと、かなえちゃんは面白くなさそうに口を尖らせていた。


(三善と恋愛なんてあるわけない )


 けど、ドキッとしたのは確かだった。






 いつものように定時で事務所を出た私は、エントランスを出てすぐに三善に電話を掛けた。 


 ― お前な! なんで拒否ってんだよ! ―


 電話口でいきなり怒鳴られ、私もついヒートアップする。


 ― こっちの都合も考えなさいよ! おしっ…… もう! なんでもない! ―


 恥ずかしくなって通話を切ろうとすると、三善の『悪かった!』という声が聞こえる。 なんか私の行動を見透かされてるようで、ちょっと面白くない。


 ― 電話の声はまた違うんだな ―


「営業用よ、悪い? ってか、アンタちゃんと仕事してるの? 学校休んで調べたのかと不安になっちゃうじゃない! 」


 ― ちゃんと授業はやってるから心配すんな。 それよりも、お前の探してる橘早苗の転校先がわかった ―


「早っ! どこ! 」


 ― ウチの高校だよ。 6年前だったからもう名簿データがなくなってしまっていたけどな、保存用の卒業アルバムに橘早苗の名前を見つけた ―


(見つけたって…… ホントに授業サボって調べてたんじゃないわよね? ) 


「そっかー。 連絡先が分からないのは残念…… 」


 ― そう落ち込むな。 それでもウチの教師の中に、橘早苗を覚えている先生がいてな。 その先生に聞いたら、当時彼女の担任だった先生が隣町の秀栄高校に勤めてるそうだ。 新田先生と言うんだがな、今確認中だ ―


 昔からやる気になったらとことんやる奴だったけど、ここまで進めてくれてるとは正直思わなかった。


「うん…… なんかゴメンね、面倒かけちゃって 」


 三善の声が途切れる。 


「あれ? 聞こえてる? 」


 ― しおらしくて拍子抜けするな。 昔の威勢のいいお前はどうしたんだよ? ―


「だって私が頼み事したんだから…… 」


 ― じゃあ可愛い声で『お・ね・が・い!・ ・ ・ ・ 』って言ってくれよ ―


「言うかバカー!! 」 


 スマホに向かって大声で叫んでしまった。 周りの通行人全てに振り向かれ、恥ずかしくなってそそくさとその場から立ち去る。


 ― ハハハ…… 鼓膜ヤバイわ。 でもお前にはそっちの方が似合ってるぜ。 俺も元気出た ―


 『また連絡する』と三善は笑いながら通話を切った。 まったくこいつは…… 


「…… バカ 」


 学校で落ち込んだり嫌なことがある度に、三善は今みたいに私をいじってきたのを思い出す。 当時は気付かなかったけど、いつもムカついて落ち込んだこと忘れてたっけ。


(ホント、変わらないんだから…… )


 ふと自分が笑顔になっていた事に気付く。


(ないないない! )


 三善なんて気になってない! スマホを乱暴にバッグにしまい、私は家路を急ぐのだった。




「お帰りなさい、美月さん 」


 マンションの玄関ドアの前で、優斗君が私の帰りを迎えてくれた。


「ただいま。 今日も星藍高校の方に行ってたの? 」


 私はドアの鍵を開けて、昨日のように優斗君を迎え入れる。


「いえ、今日は市役所と駅の方に行ってました。 誰か見覚えのある人がいないか観察…… 」


 話しながら玄関をくぐった優斗君は、私の顔を見て言葉を止める。


「ん? 観察で誰かに会えた? 」


「いえ、結局誰も会えませんでしたが…… 美月さんは何かいいことがあったみたいですね 」


 優斗君は玄関に立って私を優しく見つめていた。


(あれ? )


 ニッコリ笑った彼は、なんとなく透けて見えたような気がした。 今まで優斗君が透けて見えたことは一度もない。 見間違いかと思ってパチパチ瞬いてみると、今度は透けてはいなかった。 三善の相手して疲れてるのかな……


「私は別に何もないけど…… どうしたの? 」


「なんとなくなんですけど分かります。 明るい色…… っていうのかな。 美月さんを包んでる光が前より眩しく感じるんです 」


「光? 」


 自分の体を見回しても、別に光っている物はない。 彼が感じてるのは私から出てる気のようなものなんだろうか。


「私じゃなくて、君にとっていいことならあったよ 」


 私はバッグからスマホを取り出してマップアプリを起動する。 キーワードに三善が勤務する隣町の北斗ほくと高校を入力して、それを優斗君に見せた。


「橘さん、ここの高校を卒業してるんだって。 ここに通ってたんなら、きっと隣町に住んでるよ 」


「え…… 」


「高校の同級生が教えてくれたの。 頼もしい奴だからさ、絶対彼女の連絡先見つけてくれるよ 」


「…… ありがとうございます 」


 フフッと笑う優斗君は何故か寂しそうに見えた。


(あれ…… あんまり嬉しそうじゃない? )


 何か間違ったこと言ったのかとちょっと不安になる。


「…… 迷惑、だったかな? 」


「いえ! そんなことないです! 彼女がどうしてるのかがめっちゃ気になってたんですから! 」


 いつもの優斗君に戻った。


(なんだろう、今の違和感…… )


 なんとなく胸に引っ掛かるものを感じながら、私は優斗君に笑ってみた。





 

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