其の十六

「酒がまわる前に大事な話しとこうか。 お前人探しって、なんかマズいことしようとしてるんじゃないよな? 」


 ビールを注文して待つ間、三善はおしぼりで顔を拭きながら私に聞いてくる。


「バカなこと言わないでよ。 恩人にね、行方知れずになった人を会わせてあげたいだけ 」


「恩人? 」


 小夜子がメニューを見ながら首を傾げる。


「うん…… この前ね、男3人に襲われそうになったところを助けてくれた人。 私その人に何もしてあげられないからさ、せめて人探しのお手伝いくらいできないかなぁって 」


「襲われたって? どこのどいつよ! 二度とそんな真似できねえようにしてやるから! 」


 三善が本気で怒ってる。 前にもこんなことあったっけ…… なんだかんだで友達思いのいい奴なんだよね。


「もう終わったことだから落ち着いてよ。 それと、おしぼりで顔拭くのってどうなの? 」


「い…… いいだろ! 運動系男子は仕方ないんだよ! 」


 ゴツい手でおしぼりを綺麗に畳む彼の姿が、なんか可愛い。


「それで? 」


「うん、その探し人が星藍高校の出身なんだ。 6年前だから今24歳なんだけど、その人途中で転校してるみたいなの。 星藍高校の記録にその時の転校先残ってないかなって 」


「なるほどな。 おし! 任せとけ。 星藍に青葉さんって俺の恩師がいるから、調べて貰うよう頼んでみるわ 」


 白い歯を見せて三善は笑った。 


「お待たせしましたー! 生3つでーす! 」


 元気のいい店員さんからジョッキを受け取って目の前に掲げる。


「それじゃ再会を祝して! カンパーイ! 」


 カチンとジョッキを鳴らして私達はビールを喉に流し込んだ。


「にしても美月、いい顔してるよね。 その人好きなの? 」


 三善は飲み続けていたビールをブフッと吹き出した。


「汚いなぁ…… そんなんじゃないよ。 あの…… 笑わないで聞いてね? 」


 私は三善が吹き出したテーブルの上のビールを、おしぼりで拭きながら二人に話す。 この二人ならこの話をしても平気だ。


「その人、通り魔に刺されて6年前に亡くなってるの。 その人が命を懸けて守った想い人をさ、もう一度彼に会わせてあげれば成仏できるのかなって思ってね 」


 二人は現実味のない話を真剣に聞いてくれる。


「その人は今もここにいるの? 」


「ううん、今日は一人であちこち歩き回ってると思う。 ここにも誘ってみたんだけどさ、私のプライベートの邪魔は出来ないって遠慮されちゃった 」


「ふぅん…… やっぱりお前は陰陽師だな 」


 三善は頬杖をついて微笑んでる。


「またそれ? 」


 文句を言ってやろうと口を開こうとしたその時、また元気のいい店員さんが顔を出す。


「唐揚げとお刺身と枝豆お持ちしましたー! 」


 店員さんから受け取った料理を、二人の前に並べてあげる。


「バーカ、いい意味で言ってんだよ。 その怨霊を成仏させてやれるのは、安倍の血を持ってるお前にしかできないんだ。 現代の陰陽師、カッコいいと俺はずっと思ってんだよ 」


「…… あ、そう…… 」


 驚いた。 またいじられるだろうと覚悟してたけど、こいつがそんな風に思ってたなんて。 それにこの照れくさそうな顔…… なんか笑っちゃう。


「なんだよ。 昔みたいに『うるさい』って言わねーのかよ? 」


「言わないわよ。 こんな話信じてくれるのアンタと小夜子だけだもん。 そういえば昔からアンタも小夜子も、この力をバカにしたことなかったよね 」


「だって美月の話、リアリティーありすぎなんだもん。 信じるも何も、本当なんでしょ? 」


 『うん』と小夜子に頷いて、三善に目線を向ける。 三善は照れて黙ったまま目を逸らすだけだった。


「さてと。 ごめん美月、先に帰るね 」


 小夜子は財布から千円札を何枚か取り出し、テーブルに置いて席を立つ。


「え? もう? 」


「うん、家で未来の旦那さんが泣いてるからね。 春樹、ちゃんと美月送っていってよ? 」


 小夜子は『またねー』と手を振ってお店を出ていってしまった。


「え…… えー!? 」


 同棲してるんだ、やるなぁ……


「どうする? 私達も…… 」


「飲み足りねえよ、もうちょっと付き合え 」


 『お開きにする?』と切り出そうとしたのを先に止められてしまった。 私は店員さんにビールを2つ追加で注文する。


「お前、変わらんよな 」


 突拍子もないことを言われて私は首を傾げる。


「変わるも何も、そう簡単に変わるものじゃないでしょ? アンタだって変わらないわよ 」


 『そっか』と三善は笑いながら追加のビールを口につける。


「そういえば…… 今更なんだけど、お礼言ってなかったよね 」


「何が? 」


 運ばれてきた鳥串をいじりながら、高校時代の事を思い出す。


「高1の時にさ、私クラスでボッチにされたことあったじゃない? 芦屋って覚えてる? 」


「ああ。 中学からお前と一緒で、お前の事幽霊女とか家が悪霊屋敷とかほざいてたアイツだろ? 」


 嫌な思い出ほど忘れることはない。 


「そうそう。 アイツのせいでまた高校で噂が立って、私はまた独りぼっちになって。 それからだよね…… アンタが陰陽師って構ってくれるようになったの 」


「…… そうだったか? 」


 わかってるくせに。 なんでそこで謙遜するのか分からないけど。


「高校辞めちゃおうかなって思ってた時に、一人でも相手してくれるのって凄く心強くてさ、アンタがいなかったらきっと高校辞めてたと思うんだ。 アンタが私をからかって、小夜子がそれを止めに来て…… ムカついたけど楽しかった。 ありがとね 」


 三善は頬杖をついて横を向いてしまう。 顔が赤いのは酔ってるせい…… だよね?


「…… 芦屋にかこつけてからかってただけだよ。 お前の反応がいちいち面白かったからな 」


「小学生みたい 」


「そうだな、幼稚だったわ 」


 お互いにクスクスと笑う。 なんか楽しい…… 気が付けばもう8時を回っていた。 きっと優斗君も公園で待ちくたびれてる。


「ごめん、私もそろそろ帰るね 」


「お、もうこんな時間か 」


 私達は会計を済ませてすっかり暗くなった駅前で分かれる。


「それじゃ、星藍の知り合いに確認取れたらすぐ連絡するからな 」


「うん、ありがと。 お世話になります 」


 私は三善に両手を揃えてお辞儀をする。 旧友とはいえ、これは大事なことだと思う。


「あのよ…… 」


「ん? 」


 三善は私をじっと見て黙ったまま。 何を考えてるんだろう……


「何よ? 」


「あ、いや。 また今度にするわ 」


 『じゃあな』と手を上げて三善は駅に入っていく。


(何だったんだろう…… まぁいいか )


 腕時計を見るともうすぐ8時半…… 私は急いで優斗君が待っているであろう公園に向かった。

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