其の十
週末、私は滅多に帰らない実家に顔を出していた。 街を南下して住宅街を離れ、県境の雑木林の入口にある古民家が私の実家だ。
なぜこんな外れに家があるのかというと、安倍の力が関係しているのだそう。 この家の裏手に広がる林は、地脈の影響なのか霊が集まりやすいらしい。 それを鎮める為なのだとおばあちゃんに聞いたことがある。
なんでも、おばあちゃんのおじいちゃんのお父さん…… つまり5世代前の御先祖様がこの地を悪霊から解放したことで、この街が発展していったというのも聞いたことがあるが、嘘なんだか本当なんだか。
「あらお帰り。 珍しいこともあるものね 」
お煎餅にかじりつきながらテレビを見ていた、母親の
「ご飯は食べていくの? 泊まっていくの? 」
「うん 」
短めに返事をし、私は開け放たれた縁側に向かう。 前回実家に帰ったのも今時期だったと思うけど、多分今もここに
「おや、久々に帰ってきたと思ったら、また珍しい子を連れてきたもんじゃな 」
私が小さい頃に亡くなった私のおばあちゃんの
「ただいま、おばあちゃん 」
今はおばあちゃん一人だけ。 私がまだ実家暮らしの頃には、毎日鬱陶しいくらい幽霊さん達が集まって賑やかで、それが嫌で私は家を出たのだ。 だけど今はそのおばあちゃんの力が借りたい。
「おばあちゃん、力を貸して欲しいの 」
優斗君がどうして実体に触れるのか、どうして浮いたり消えたり出来ないのか私には分からない。 幽霊に詳しいおばあちゃんなら何か分かるかもと、一縷の望みをかけて優斗君を連れてきた。 これがもし分かれば、優斗君の手助けになるのかもしれない。
「お前もようやく安倍の力に目覚めたのかえ? 」
「目覚めてない! この人の事、おばあちゃんなら何か分かるかと思って帰ってきただけ 」
フッと目線を優斗君に移すおばあちゃんに、優斗君は深々とお辞儀をして挨拶をする。
「初めまして。 僕は…… 」
「菅原の血の者のようじゃの? よう濃く受け継いだものじゃ 」
「菅原って、あの
『そうじゃよ』とおばあちゃんは穏やかな顔で2回頷いた。 私と優斗君は顔を見合わせて目をパチパチ…… 安倍と菅原が時代を越えてまた巡り合ったなんてちょっと不思議な感じだ。 あれ? 菅原道真って怨霊だっけ? 安倍晴明が陰陽師で…… あの映画ってどんなラストだったっけ?
「美月ちゃん、おばあちゃんと話したくて帰ってきたの? 」
美咲ちゃんが横やりを入れてくる。 私はウンウンと頷いて、『大事な話だから』と付け加える。
「今年のお彼岸、何が食べたいかおばあちゃんに聞いてくれる? 」
そう言って美咲ちゃんは、生前おばあちゃんが愛用していた湯飲みに熱いお茶を淹れて縁側に持って来た。
「いつもすまないね、美咲 」
おばあちゃんは縁側に置かれた湯飲みには手を出さず、ニコニコと美咲ちゃんの顔を見ている。
「おばあちゃんがいつもありがとうだって。 見えるの? 」
「そこにいるんじゃないかってだけよ。 知ってるでしょ? 私には力がないことくらい 」
(勘で幽霊をピンポイントで指すのも、ある意味力じゃないの? )
『私も混ぜて』と、美咲ちゃんは私の隣に正座する。 大事な話の途中なのに…… まぁいいけど。
「それでねおばあちゃん、彼は実体に触れることが出来るの。 そんなことが出来るのなんて初めて見るから、おばあちゃんなら何か分かるかなと思って 」
「ほぉ…… 」
「彼? 美月ちゃん、彼氏連れてきたの!? 」
美咲ちゃんうるさい! しかも驚くとこそこじゃない!
優斗君はおばあちゃんの湯飲みに手を出して触ってみせる。 でも動かすことは出来ず、私が湯飲みを持って彼に手渡しても、彼の手が縁側の床にめり込むだけだった。
「ふむ…… 」
おばあちゃんは優斗君の顔をじっと見て意識を集中している。 あれから疑問に思ってたことを、私はそのままおばあちゃんに伝えた。
「こんな風に、彼は触ることは出来ても動かせないの。 でもね、私は彼にぶつかって転んでるし、私を襲ってきた男達を蹴り飛ばしてる。 どういうことなんだろ? 」
「えー、美月ちゃんの彼氏そこにいるの? 見たいなー 」
美咲ちゃん…… ホントちょっと黙ってて。
「ふむ…… 強い未練があるようじゃな。 命に代えても守りたかったものがあるのかえ? 」
久しぶりに見る、おばあちゃんの真剣な顔。 私には感じないが、優斗君には威圧感があるようで、額に少し汗を浮かべていた。
「好きだった同級生を守りたくて、通り魔に立ち向かったんですが…… 」
「そうか、よう頑張りなさった。 して、その
優斗君は首を横に振った。
「彼女の家を訪ねてみましたが、どこかに引っ越してしまったようで…… 無事かどうかも分かりませんでした 」
会えなかったんだ……
「もしその彼女に会うことができたら、優斗君は成仏出来るのかな? 」
「それかもしれんのぅ。 それに加えて、菅原の血が影響しているのやもしれん。 そこまではワシにも分かりかねる 」
「ふぅん…… 菅原の血か…… 」
「なになに? 美月ちゃんの彼氏って菅原道真君なの? 凄いじゃなーい! 」
「違うわよ! 優斗君は彼氏じゃないから! 」
隣ではしゃぐ美咲ちゃんに怒鳴り付けると、美咲ちゃんは優斗君に向かって『ごゆっくりー』と笑顔でキッチンに消えていった。 面食らった顔の優斗君はハッと私の顔を見て目をパチパチしている。
「さすが美月さんのお姉さんですね。 僕が見えてるなんて 」
「母親。 若作りだからたまにそう言われるけど、ああ見えてアラフォーよ。 きっと優斗君は見えてないわ、両親はそういう力持ってないから 」
『えぇー!』と優斗君は今までで一番びっくりしている。 それにしても、見えてないのにまたもピンポイントで優斗君に目線を向けるのって…… 美咲ちゃん恐るべし。
「解決したかの? 」
おばあちゃんは穏やかな笑顔で私達を見ている。
「逸れてごめんねおばあちゃん。 それで物を動かせない彼が男を吹き飛ばせたのは? 」
美咲ちゃんに掻き回された話を元に戻す。
「気の持ちようじゃろ? どんな状況だったか分からぬが、襲われたお前を救いたかったのじゃろう。 夢中で力が入った、と言った方が分かりやすいかの? 」
そうおばあちゃんに言われて気恥ずかしくなる。
「ありがとうおばあちゃん。 なんとなく次にやらなきゃならないことが見えてきた気がするよ 」
おばあちゃんは『そうかそうか』と微笑んでいた。
「優斗君、この際だからおばあちゃんに聞いておくことある? こう見えても元霊媒師だから 」
「そうなんですか!? それじゃあ…… 」
顎に手を当てて優斗君は考えている。 いきなり聞きたいことある? なんて無理があったかな……
「
「…… まるで生きているような目じゃのう 」
おばあちゃんはフォッフォッと笑いながら体が薄くなって消えていった。
「どういう意味だったんでしょう? 」
優斗君に聞かれるが、私にも分からなくて首を傾げる。
「美月ちゃーん、お彼岸聞いてくれたー? 」
ヤバ…… 忘れてた。
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