其の七
声を掛けてきた男の人に振り返る。 髪は何度も脱色したような汚い茶色で、20代前半のちょっとチャラそうな人…… 面識はない。
「はい? 」
なんか気持ち悪い…… 一生懸命笑顔を作っているが、爽やかというよりはニタニタという表現がしっくりくる。
「暇なら俺とどっか行かない? 遊ぼうよ 」
ナンパか。 今まで声を掛けられるなんて経験がないから分からないけど、この人からはなんか危険な匂いがプンプンする。
「暇じゃないんで 」
スパッと切り捨てて、私は何事もなかったように歩き出した。
「いやいや、一人でカラオケ行くんなら俺と遊んでよ 」
さっきのカラオケボックスの小窓から見えた人影はコイツか。
(ってか、おひとり様じゃないし! )
そう口に出かかった言葉を飲み込み、後ろからついてくる男を無視して歩き続けた。
「カラオケより楽しいことしようよ。 ドライブなんてどう? 海でも見に行かない? 」
後ろからついてきて、ベラベラとしゃべり続ける男…… ちょっとしつこいな。
「行かない。 暇じゃないからついてこないで 」
男を睨め付けて私は足を速める。 チラッと後ろを振り返ると、男は頭の上に手を組んでニタニタしながらまだ私の後をついてきていた。 ホントしつこい…… 撒くか。
ドン
後ろに気を取られてて何かにぶつかった。 慌てて前を見ると、背の高い茶髪のイケメン君が手を上げて私を見ている。
「ご、ごめんなさい! 私後ろ…… 」
「やあ佐藤さん、どうしたのそんなに慌てて 」
(佐藤さん? )
イケメン君の目線は私。 いや、安倍さんですけど。 イケメン君は後ろからついてきていたチャラ男に視線を移すと険しい顔をした。
チャラ男は『ケッ』と視線を逸らして引き返していく。 もしかして助けてくれた?
「あの…… 」
「あの男にしつこくされてたの、ちょっと見てたんだ。 やだよねああいうのは 」
腰に手を当てて苦笑いをするイケメン君。 待ち合わせしてたフリをして助けてくれる、典型的な出会いのパターンなんてあり得ないだけど、ちょっとカッコいいかも……
「あ、ありがとうございました。 ちょっと困ってたんです 」
「君可愛いからね、ちょっとあの男の気持ち分かるなぁ。 気を付けないと 」
さっきのチャラ男と違って気持ちのいい笑顔。
(ヤバい…… カッコいい…… こんな少女漫画みたいな出会いって本当にあるんだなぁ )
「よく来るの? この辺 」
「は、ハイ。 職場が近くなもので 」
「そうなんだ。 ボクもこの辺はよく通るからね、また会えるかもしれないね 」
(そんなこと言われたら次を期待しちゃうじゃない! )
ちょっと顔が熱い…… 多分顔が赤くなってるのがバレバレだ。
「次また会えたらお茶でもどうかな? 」
(次って…… ヤバい、私チョロいかも )
私は火照る顔でにっこりと笑ってみせた。 『それじゃ』と言ってイケメンの彼は立ち去っていく。 これは…… これはチャンスなのかもしれない!
「しまった、名前くらい聞いておけば良かった 」
しかも彼の中の私は佐藤さんだ。 しっかり訂正しておかないと! 私は颯爽と立ち去った彼の背中に、間違いなく恋心を抱いていた。
「美月ちゃん、美月ちやーん! 」
「…… え? なに? 」
ハッと我に返ると、かなえちゃんが私を覗き込んでいた。
「最近どうしちゃったの? ボーッとしちゃって 」
「う…… ううん、なんでもないよ。 なんでもない 」
「あ、まさか好きな人できちゃったとか? 」
さすが女の勘は鋭い。 あれから一週間、寝ても覚めてもイケメンの彼の事で頭がいっぱいだった。
「当たり? やっぱりそうじゃないかと思ってたんだー。 それでも美月ちゃんはキッチリ仕事はこなすから凄いよね。 私なんか今の彼氏と付き合う前は、仕事ミスしまくりだったもん 」
まぁその辺はしっかり線引きしてるつもりだ。 本社に送るデータだから、ミスったら大変なことになるし。 そんな仕事を派遣の私にやらせるのもどうかと思うけど。
「ねね、どんな人? 」
「どんな人と言われても…… 」
似てると思う芸能人は思いつかないし、背が高くて細身の爽やか好青年…… かな。 3日前に駅前でまた出会って、約束通り喫茶店で一時間ほどお茶してきた。
彼の名前は
「へぇー、年下趣味とは意外! 美月ちゃんはしっかり者の甘えさせてくれる人がタイプかなって思ってた 」
「え…… 何で? 」
「美月ちゃんてしっかり者でしょ? 普段のストレスを彼氏には吐き出して、遠慮なくベッタリしたい派なのかなと 」
「ベッタリなんてしないよ 」
ベッタリしたいけど。 確かに頼れる彼氏に甘えたいって気持ちはあるけど、巧君に甘えられる方のもギャップ萌えで悪くないかも。 まだ付き合うと決まった訳じゃないけど、今のところ期待していい雰囲気だと思う。
「次はいつ会うの? 」
「明日だけど…… かなえちゃん、まさか覗きに来るつもり? 」
『エヘヘー』と彼女は悪びれもせず舌を出す。 ダメダメ! それは恥ずかしい。
「つ、付き合えたら紹介するから! ね! 」
話を打ち切りたくて、私はトイレに避難しようと事務室を出た。 個室に入ってポケットからスマホを取り出すと、LINEに彼からの新着メッセージが入っていた。
ー 明日12時に駅近くのカラオケボックス前で ー
文末に可愛い犬のお座りしているスタンプ。 待ってるワンという意味かな? なんだか今から胸がドキドキしてくる。
仕事ももうすぐ定時。
(服、帰りに買っちゃおうかな…… )
こんな気分になるのは、多分高校の時に好きだった同級生に告白して大敗した以来だ。 私も巧君の真似をしてメッセージを送り返し、浮かれる気持ちを抑えて事務室に戻った。
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