其の五

「そうですか、ありがとうございました 」


 インターホン越しにお礼を言って、私は空き地の前に戻ってきた。 残念ながら両隣のお宅は留守で、二軒先のお宅に話を窺った。 そのお宅は3年前に越してきて、その時にはここは更地の状態だったのだとか。 家が建っていたことすら知らなかったという。


「すいません、何も思い出せなくて…… 」


「君が悪い訳じゃないでしょ? とりあえず場所を変えようか 」


 とりあえず住所は分かった。 私はマップアプリを開いて周辺施設を調べる。


「あの…… 何を調べてるんですか? 」


「うん? 交通機関よ。 えーっと…… 」


 あった。 ここから東方向の幹線道路にバス停があって、そこから駅方面のバスが出てるようだ。 流石にまた1時間歩く気はない。


「駅に戻りましょ。 情報が得られなかった以上、ここにいてもあまり意味がないでしょ? 他の方法で調べるから 」


「え? 他の方法って…… 」


「図書館 」


 不思議そうな顔をする彼に手招きをして、私はマップアプリのナビに従ってバス停を目指す。 図書館は確か駅の西側にある公園の一角。 あまり大きくはないが、閲覧用の端末くらいはある筈だ。


「図書館で何を調べるんですか? 」


「過去の住宅地図よ。 ウェブじゃ最新のものしか見れなかったりするけど、図書館なら過去の住宅地図もきっと閲覧できるでしょ? 」


 まだ空き地に家が建っていた頃の地図が見られれば、家主の姓がそこに書かれている筈。 市役所や管理している不動産会社に確認を取っても良かったが、個人情報を調べようとしているのだから手続きがきっとめんどくさい。


「安倍さん凄いです。 頭いい 」


 目を輝かせて感動している彼に、バスを待ちながら苦笑いをする。


「何言ってるのよ、君の方が頭いいでしょ? 」


「「「…… え? 」」」


 バス停で待つ人達の視線が私に集まる。 ヤバ…… 思わず人前で彼と普通に会話してた。 これではブツブツと独り言を言う変な女だ。


 『コホン』と小さく咳払いをし、なに食わぬ顔でバスを待つ。


「ごめんなさい、調子に乗りすぎました…… 」


 彼はオドオドしながら私に謝ってくるが、この場で返事なんて出来る訳がない。


 (早くバス来ないかな…… )


 ここから逃げ出したい気持ちを抑えて、冷や汗をかきながらバスを待った。





 図書館に着いた私達は、カウンターで閲覧手続きを済ませて一台のデスクトップパソコンに向き合う。 ここに来る途中、彼がバスの自動ドアに挟まれたり、図書館入り口のドアに頭をぶつけたりとハプニングもあったが、無事ここまで一緒についてきた。


(さて…… )


 私はスマホのマップアプリを開いてパソコンの横に置き、キーボードを叩いて4年前の住宅地図を呼び出す。 インターホンで答えてくれた人は、3年前にはもう空き地になっていたと言っていたから、順次遡っていけばいつ頃空き地になったのかもわかる筈だ。


「………… 」


 カタカタとキーボードを叩く音が辺りに響く程静かな館内。 チラッと彼を見ると、食い入るように画面を凝視していた。


(そうだよね、気になるよね )


 スマホと見比べて、そこの周辺地図を表示する。 4年前には家主は書かれていなかったので、続いて5年前…… そこにも家主は書かれていない。 


「菅原…… 」


 彼が画面を見ながら呟く。 7年前の住宅地図の記録…… 確かにそこには家主の名前が書かれていた。


「そっか…… 僕は菅原って言うんですね…… 」


 揺れ動く彼の瞳。 今彼の中では、忘れていた記憶がどんどん甦っているのかもしれない。


 余計なことをしたんだろうか…… 彼にとって、忘れていた方が良かったのか、思い出す方が良かったのか、私には分からなかった。


「ありがとうございました、安倍さん。 まだ何も思い出せないですけど、これから頑張っていけるような気がします 」 


 彼は子供のような屈託のない微笑みを私に向ける。


(そんな顔されたら放っておけなくなるじゃない…… )


 ここの家主が菅原と分かったところで、彼が菅原君だと断定は出来ない。 けど、彼が過去を思い出せばそれはハッキリすること。 キッカケを与えられただけでもいいじゃない…… そう思っていても、私は自分を止めることは出来なかった。


「閲覧時間はまだあるわ。 君は…… 菅原君は過去を知りたい? 」


「……  だって、迷惑じゃないですか? 僕にはお礼も何も出来ません 」


「お礼なんて別にいらないわ。 ついでに少し…… っていうだけだけど 」


「優しいですね 」


 優しいわけじゃない…… これは自分を納得させる為の偽善だ。 私にも生活があるのだから、後は一人で頑張って…… そう突き放す勇気が私にはないだけ。


「どうする? もしかしたら…… 」


「お願いします 」


 彼の同意を得て、私は考えられる限りの検索ワードをパソコンに叩き込む。 菅原…… 住所…… 引っ越し…… 星藍高校…… 手を動かしながら私は別の事を考えていた。


 幽霊は強い思いのある地に囚われることが多い。 彼も多分例外ではなく、あの空き地が自宅だったと考えていいと思う。 じゃあなぜ空き地になった? なぜ空き地にしなければならなかった? 先ずはそれを探っていく。


 あの空き地を含む周辺一帯は、20年前までは畑だったらしい。 昔の新聞のデータベースで特集記事を見つけたが、駅の裏手は一面のキャベツ畑だったようだ。 そのキャベツ畑のオーナーが市に土地を売却したのをきっかけに、区画整理が始まって新興住宅地として発展していった。 10年前の住宅地図には菅原の文字がなかったから、菅原宅は築10年以内ということになる。


(振興住宅地の築10年の家を、わざわざ取り壊して更地にするだろうか? )


 見たところ立地もそれほど悪くないのに、何年も買い手が見つからない…… 大方予想はついていたが、念の為過去の新聞記事を調べることにした。 あれこれ検索をかけていると、小さな地方記事がヒットする。


「やっぱり…… 」


 あの家は火事になったのだ。 原因は強盗による放火で、この家に住む45歳の男性、菅原 道人すがわら みちひとさんが亡くなっている。


「本人…… じゃないよね? 」


「分かりません…… けど、僕じゃないと思います。 なんとなく懐かしく感じる名前ですけど 」


 画面を見る彼は無表情で、ただじっとその記事を見つめていた。 生前に彼がその火事を知っていたのかは分からないが、もしかしたら彼は菅原道人本人なのかもしれない。 幽霊は見た目の年齢に騙されてはいけないと私は知っている。


「あ…… 」


 彼の目の色が変わった。 どうやら何かを思い出したらしい。


「安倍さん、すいませんがもう少しだけ付き合ってもらえませんか? 」


「どこかに行くの? 」


「いえ、少しお話したくて…… 」


 それを最後におせっかいを止めよう…… 私は彼のお誘いに付き合うことにした。

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