其の四

 彼と話をしたはいいが、結局何も進展しないまま日が暮れてきた。 わかったといえば、ここから駅を跨いだ街の外れの方に彼の自宅だった・・・らしい空地があるということだけ。 話しているうちに何かを思い出すかと期待してもみたが、そう上手くは行かなかった。


 見える・・・力があっても、ご先祖様のようには成仏させてあげられない。 やっぱりやめておけば良かった…… と後悔しても、もう遅い。


「その空き地、調べてみようか? 」


 私から話しかけた手前、何もせずに放り出す気にはなれない。


「その自宅かもしれない空地の住所で住宅地図を見れば、君の姓くらいはわかるでしょ? 」


「いいんですか? あの…… この前迷惑だって言ってたんで…… 」


(うっ…… そんな可愛い目で見ないで…… )


「それは…… ゴメン。 付きまとわれると思ってキツく言っただけ。 気にしないで 」


 あの時の顔を思い出してチクリと心が痛くなる。


「とにかく! 名前が分かれば何か進展するかもしれないでしょ? 明日は会社お休みだから、少し付き合ってあげる! 」


(なんで私上から目線なんだろう…… )


「朝9時に駅前ロータリーで待ち合わせ、でいいかな? 」


「ハイ! よろしくお願いします! 」


 目をキラキラさせて大きな返事を返してきた彼に、私は罪悪感を覚えながら背を向ける。


「…… 」


 チラッと後ろを振り返ると、彼は手を振って私を見送っていた。


(幽霊と待ち合わせって…… )


 なにやってるんだろうと思う反面、少しドキドキしている自分に恥ずかしくなって、早足でその場を離れた。


   


 帰りにお弁当を買って、私はそれを突っつきながら座卓テーブルにノートパソコンを開いていた。


 そう言えば彼は、毎晩どこで寝泊まりしているんだろう。 ご飯や水分は取らなくてもいいとして、幽霊でも眠くなったりすることがあるんだろうか?  眠ることも出来ず、あてもなくさまよっているのだとしたら……


 そんなことを考えながら、私は自宅のパソコンのマウスをクリックする。


 画面には近隣の高校の制服の画像。 彼の着ている濃紺の学生服が、どこの高校のものなのかと探しているのだ。


「別にここまでする事はないんだけどねぇ…… 」


 と愚痴を言いつつもマウスをカリカリ。 でも、今時少なくなった学ランは恐らく貴重な手掛かりだ。 詰襟に付いていた校章と、ボタンのデザインを照らし合わせて画像を流し見る。


「あった! ここだ 」


 私立『聖藍せいらん高等学校』。 隣街にある、私の頭では間違っても入れるレベルじゃない偏差値が高い進学校らしい。


(頭良かったんだ…… )


 その学校のホームページを覗いてみると、教授やら国会議員やらの主な卒業生の画像が目についた。


「私立か…… もしかしたらお金持ちの家の子だったのかなぁ 」


 ハッと我に返って首を横に振る。 家がお金持ちだとか、彼が頭がいいとか、そんな情報は別にいらない。 私がすることは彼の家だったかもしれない空き地を調べるだけ。 それ以上は踏み込まない。


「やめやめ! もう寝る! 」


 飲みかけの発泡酒の缶を煽って、私は早々とベッドに潜り込んだ。




 次の日、待ち合わせの5分前に私は駅前ロータリーに到着する。 ちょっと気合いを入れてみようかとも思ったが、余計な事はすまいと敢えてスーツ姿でここに来た。


 彼はバス乗り場のベンチに座り、少し寂しげな表情でボーッと空を眺めていた。 


「おはよ、幽霊君 」


 ベンチには他に誰も座っていなかったので、彼の隣に座って小声で声を掛けてみる。


「あ、おはようございます安倍さん! 」


 彼は明るい笑顔になって元気に挨拶を返してくる。 昨日も思ったけど、言葉遣いも丁寧な礼儀正しい子だ。


「まさかとは思うけど、夜通しここで待ってた訳じゃないよね? 」


 『深い意味はないよ』という意味を込めてサラッと聞いてみると、彼は私を見たまま固まってしまった。 帰る場所が分からない…… そういうことなんだろう。 余計なこと言っちゃったかも。


「…… さ、案内してくれる? 」


 『ハイ!』と彼は気を取り直して立ち上がり、駅の中へと入っていく。 彼は時折後ろを振り返り、私の様子を気にしながら遅すぎず速すぎずのペースでドンドン進んでいった。 私の世間体を考え、人目が多い場所では話しかけない約束をちゃんと守ってくれるようだ。 でも彼、結構速い!


(これ、前に私と彼の逆パターンだ…… )


 彼を振り切ろうと、わざと人混みの中を歩いたのを思い出す。 見失わないように付いていくのは大変…… 再び私の中に罪悪感が生まれた。 


(あれ? )


 電車で移動するのかと思ったら、そのまま改札の前を素通りして反対側の出入口に辿り着いた。 ここで彼は立ち止まる。


「あ、そうか 」


 たまたま通りかかる人がなく、自動ドアは閉まったまま。


(幽霊に自動ドアは感知しないよね…… )


 すぐに私が前に出て自動ドアを開け、私達は駅の裏側に出た。


(幽霊なら自動ドアをすり抜ければいいじゃん…… )


 少し人間くさい行動に可笑しくて笑ってしまう。 と、同時に彼は周りを確かめ、私に振り返ってきた。


「ちょっと歩きます。 疲れたら言って下さい 」


 そう言うと彼は、真っ直ぐに伸びた住宅街の道を進んでいく。


 地元ではあるが、実家が町外れにある私にとって駅の反対側のこの住宅街は見知らぬ街同然。 こちらの住宅街に土地勘がない私は、彼に従って付いていくしかった。


 30分程無言で歩いて、太ももとふくらはぎが少し痛くなってきた。


(そういえば彼は疲れることはないのかな…… )


 黙々と歩く彼の背中を追いかけながら、ふと疑問に思う。 こうやって後ろから見ていると、生身の人と何ら変わらない。 体は透けてないし、二本足でしっかり地を蹴り、言葉もしっかりしている。 ホント彼みたいな幽霊は初めてだ。


「ん?  少し休憩しましょうか? 」


 少し距離を取って歩いていた私に彼は振り向く。 私は微笑んで首を小さく振り、無言で『大丈夫だよ』と答えた。 彼は笑顔で私に返すと、前を向いて再び黙々と歩く。


(ホント変な感じ…… 気配りが出来る幽霊なんて聞いたことないわよ )


 ちょっと可笑しくなってクスクス笑ってしまう。


「ど、どうしたんです? 僕、何か可笑しかったですか? 」


「ん…… なんでもない 」


 そうこうしているうちに、駅から休みなく歩いて一時間が経つ。 こんなことならパンプスじゃなくてスニーカーを履いてくれば良かったと後悔する。


(まだ歩くのかな…… )


 そう思っていると、彼が振り返って前方の塀を指差した。


「あの塀を曲がった所です。 すいません、長々と歩かせちゃって 」


「ううん、ちょっと疲れたけど…… 行こう 」


 住宅街の外れに来たせいか、人影は見当たらない。 私は彼と肩を並べてその塀を曲がった。 少し歩くと、住宅に挟まれた一つの空き地が左手に見えてくる。


「ここです。 僕が立っていたの…… 」


 針金で囲われたその空き地には、『売地』と大きく書かれた看板が立っていた。 整地されたと見られるこの空き地には、今では雑草が生え放題になっている。 看板に管理している不動産会社の名称は書いてあったが、何年も手の入った様子がなかった。 


 売る気がないのか、売れる見込みがないのか…… 周りの家が新しそうで他に空き地は見当たらないのに、ここだけが荒れ放題の空き地。 何か違和感を覚える。


「何か思い出せそう? 」


 彼に聞いてみたが、彼は首を横に振った。


(思い出せるならとっくに思い出してるよね…… )


 私はとりあえずこの空き地の住所を、スマホのマップアプリで地点登録する。 さて、これからどうするか…… 左右を見渡して、先ずはご近所に聞いてみようと私は隣の家のインターホンを押した。

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