第二話

「はあ…まあいいや。とりあえず配信切ろう。」


うわ、スマホすごい震えてる。

あ、マネさんからの通知で『おい』って来てるの見えた。

…よーしもうマネさんに怒られるのが確定したぞーう!


「えーーーーーっとですね、状況と顛末が分かり次第リスナーの皆様に嘘偽りなく説明することをお約束いたしますのでどうかこの場はお目溢しをいただきたいです。それでは皆様失礼いたします。」


『よかねえよ』

『ガチトーンwww』

『オタクくん必死~www』

『引退か!?』

『なんで自分が状況わかってねえんだよwww』


俺は今みたいにまくし立てることが多い。悪い癖だとは思ってるけど治る気配はない。

配信を切る。

過去イチつかれた…


一息つけ……ねぇよ。

まずホントに配信切れてるか確認だよ。


「…配信切れたよね?切れてる?うん切れてるオッケイ!」


そのまま、たった今終わらせた配信を非公開設定にして、配信に使ったノートパソコンを叩きつけるように閉じる。

もう目を背けて眠ってしまいたい。

はあぁぁ……炎上かなぁ…

まあいいや、いや良くないけども。それより先にあいつだよ。




座り直し、椅子を回して振り返ると、正座してうつむいてなにやらぶつぶつとつぶやく闖入者約一名。


「はぁ〜…」


クソデカため息。

肩が大きく震える。


「で、どうしたの沙紀ちゃん。」


闖入者の名前は加藤沙紀かとうさき

高校時代の友達の妹である。


「時間があったら様子みておいてって、おにいに言われてたの。

ちょ、ちょっと驚かせようとしただけで、迷惑かけるつもりはなくて…」


「あー…いや構わないんだけどさ。」


へーえ、友樹がねえ…つーか用事で近くに来たっての嘘かよ。


「いや別に迷惑ではないし、むしろ来てもらったほうが助かる。俺友達少ないから家に遊びに来てくれるひとは君ら兄妹ぐらいしかいないのよ。」


立ち上がって台所に向かう。

いやーワンルームだから余計な扉とかなくて移動楽だなー。

ああそうだ、


「男の部屋に女の子一人で入ってくるんじゃないよ。何されるかわかんないよ?いつもは友樹と一緒だったからよかったけど、一人はだめだよ。」


二人分のお茶を準備しながら茶化して言う。


「…はい」


あれ、思ってた反応とちがう。こいつなら「うわ価値観古っ」くらいは言いそうなものだけど。

調子狂うなぁ。


それから10分ほど、沙紀はばつの悪そうに縮こまって、コップに手を付けない。俺は震えが止まらないスマホから目を背けながら茶をシバいていた。何話せばいいんだろう。

どーしたもんかねえ…


「よーう! あっそびにきったぜぇー!」


「兄妹仲いいな君ら。つーか今日仕事で来れねえっての嘘かよ。いつも言ってるけど呼び鈴ぐらい鳴らせよ。」


今度は兄の方が来た。

配信中にそっちが来て欲しかったな。

まあ!もう!手遅れですけどね!


「今日の予定なんてお前に言ったっけ?まあいいや。仕事で近くに来て、最近安否確認来てなかったから寄ってやろうと思ってな。だから今日仕事ってのはホントだぞ。」


「帰って彼女といちゃついてろよおめぇはよぉー」


「はっはっは! 相変わらずだなお前は。あいつも今日は仕事だよ」


こいつは加藤友樹かとうともき

俺の高校時代の同級生で、今でも連絡が取れる数少ない友達の一人。沙紀の兄でもある。

いつもヘラヘラ笑ってるが、人をよく見ている奴だった。

友樹はおもむろに浮かべていた笑みを引っ込めて、続ける。


「んで、その後どうだ、具合は。あとなんでこいつ居んの?」


「? お前が様子見るように言ったんだろ?具合は変わらん。」


「…? あー! そうそう、確かに言ったわ。うん、言った言った。最近忙しくなり始めたからっつったわ。

…それはそれとしてなんか変わったこととかあった?」


露骨に話題そらしたなこいつ。そんなに家の鍵無断で渡したこと触れられたくないか。

妹と変わらない所作で座り込む兄。この兄妹はここを自分の家と勘違いしているのではなかろうか。


「たった今食い扶持の危機が到来したよ。今多分燃えてる。」


「? なんかやらかした?」


「かくかくしかじか」


事情の説明をするにつれて、友樹の顔から感情が消える。


「お前何やってんの?」


友樹、キレた!

こいつがキレたの初めて見たかもしらん。

静かにキレるタイプだったか。


「お前、お前、ほんとにさあ…」


実の妹に心底呆れたといったため息を吐き、わずかの躊躇いもなく俺に向かって頭を下げる。

遅れて沙紀も。

もう泣きそうな顔してるよこの子。


「すまん。本当に。」

「すみませんでした。」


「おーい、やめやめ。本当にやめろ。この光景いつぞやにも見たぞ。それに今回のこれはほとんど自損みたいなもんだから」


そんな謝られてもこっちが困る。そもそも怒ってないし。


「お前今食い扶持の危機って言ったじゃん…?」


んなこたぁどうでもいいんだよ。


「あー、そういうことを言うとさ、俺も謝んなきゃいけなくて。ごめん、お前の実名と沙紀ちゃんの声配信にのっちゃった。」


こっちのほうが大事。


「そのくらいなら大丈夫だろ。ありふれた名前だし」


それ自体は別にいいにしても、それでこの二人に何かしらの影響が出ることは避けたい。俺の不注意で情報が出てしまったから、俺が責任を持たなければならない。


「炎上自体はすぐ笑い種程度に収まるだろ。個人情報がネットに出ても、すぐ祭りは終わるよ。」


「そうなるかねぇ……なったらいいなぁ……」


机の上で暴れまわるスマホを尻目にため息を吐く。


「ごめんなさい…また。」


地面に正座してうつむきながら、かすれるような声で沙紀ちゃんがつぶやく。

またってのはあの事故のことを言ってるんだろうけど、別にあれはこの子悪くないんだけどなぁ。

友樹は伺うようにこちらを見ている。

テーブルの上で震えの収まる気配の無いスマホが、自身の震えで地面に落ちる。

…そろそろ現実を見ますかね。

うーわ、同期からすんごい量のメッセージ来てる。なんでこの十数分で通知が三桁突破してるんですかね。

わーい。SNSのDM開けっぱだった弊害がきてるー。しばらく見たくねぇ…。

マネさんからの通知が三件しかないのが怖い。


「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁーー……。  よし!ひとつ、二人に提案というか、お願いがあるんだけどさ。」


おぉーーきく伸びをした。

気分を変えた。ついでに話題も変えよう。辛気臭いのは好かん。


「あ、え?うん。」


「ウチの配信に出ない?っていうか出てほしい。本音を言うと助けてください。」

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