第三話

「炎上しています。」


マネさんが怖い。

だって目がキマってるもん。いやいつも顔色悪いけど、今日はさらにキツそう。

魔剤キメて三徹目くらいの形相してる。

その顔でゲンドウスタイルで詰めてくるんだもの怖くて仕方ない。

顔合わせてから半年も付き合いないけど今までで一番怒ってる。間違いない。


「理由はもちろんおわかりですね。そうです昨日のアレですアレなんですかアレあの配信配信中に異性連れ込むとか馬鹿なんですかアホなんですか退職希望ですか辞めるんですかこれ以上私の仕事を増やすなたわけッ! …いや、辞められたら私の仕事は減るのか」


疲れてんなぁこの人…

いや、まあ俺のせいなんですけどね?

今度なんか埋め合わせはしよう。


「何を他人事みたいな顔をして…。はあ…まあいいです。」


「今日急遽呼び出したのは、昨日のアレについてです。

まず、どうしてああなったのか説明してもらえますか。

どう対処すればいいかわかんないんですよ。」


俺は今、所属する事務所『四六時夢中』のオフィスに来ている。

そう、例の乱入配信の話し合いもとい事情聴取だ。


「家には防音室とかないんで、ワンルームのリビングで配信してるんですが、あの子が俺の友達からうちの鍵を奪取して連絡無しで家凸してきました。」


一人暮らしって突然動けなくなったとき怖いじゃん?閉じ込められたとか病気とか。

それで念の為と思って一番信頼できる友達に鍵預けたけどまさかあいつ以外の手に渡るとは思ってなかった。


「話だけ聞くと危ない子なんですが…大丈夫なんですか?つーかなんの設備のないところで配信なんかすんなよイカれてんのか、事務所でやりゃいいだろ。配信部屋あるんだから。」


「……悪い子ではないんですよ。ただ、ちょっ…とばかし突っ走り気味なだけで。」


あ、敬語抜けた。よっぽどお疲れのご様子。

後半の言葉のナイフはまるっと無視するぜ!!


「事務所遠いじゃないですか。乗り換えもしなきゃなんないし、片道で一時間かかるし。人多いし。」


「世間のお父さんは毎朝毎晩それと同じかそれ以上の時間かけて通勤してんだよ。」


「えーと、なんでしたっけ?今の炎上をどう消火しようかっていう話でしたよね?」


「話をそらすな、いや…本筋に戻っただけか。 …ふぅー、続けて。」


絶対頭回ってないじゃん、さっさと帰って寝て?

俺のせいで出来ないのか……ごめんて。


「もう燃やしたままうやむやにしちゃえば、と思ってるんですが。」


「あ゛?」


なんでこの人テーブル挟んでるのにノータイムで向かい合わせてる人の首掴めんの。

痛い痛い。


「…確かにあなたが個人でこの活動をしていたならその手はとれたかもしれません。ですが、あなたは企業所属、それも新人です。これからの活動にそんな爆弾抱えて生きてくつもりですか。出来るわきゃねえだろボケ。…いきなり胸ぐら掴んですいません。今少し不安定なもので…」


テンションの落差やべえな。もうあんたが配信者やれよ。

手はすぐに離してくれた。今日のこの人は前後不覚、疲労困憊なんて言葉すら甘いほどらしい。


「冗談はともかく、あの配信で全部偽ることなく話すって言っちゃいましたから、次の配信で全部話して、それで手打ちになりませんかね?」


「……ちなみに何をどう話すおつもりですか。」


おおう、机に突っ伏してそれでいてかつ目だけはこちらを向いてガンギマっておられる。

疲労がピークに来たんだろうなあ。無理に起こさんとこ。


「あの時俺の部屋に突入した子とその兄を配信に出して喋らせようと思ってます。本人達はすでに承諾済です。ぶい。」


あの後、いくらか話したときにリスクも含めて説明したからね。たぶんなんとかなる。


「……いいんですか。あなたはともかく、」


俺はいいんだ?


「そのご兄妹は身バレしますよ?ほぼ確実に。そして、その後あなたも身バレします。」


俺もだめじゃん。それも話した上でだよ。


「というか、部外者を配信に出すなら上の許可を一応形式的にでも取っとかないと……。あぁ、また仕事が増えた……」


「いいんじゃない?出しちゃえ。許可します。」


「はっ?!」


ここは事務所オフィスの隅っこ、給湯室近くの談話スペースで、間仕切りこそあるものの簡単に出入り出来るスペースであるのだから、誰か他の社員が入ってきてもおかしくはない。でもだからっていきなり社長はねえだろ。うん無い。


「というか、よほど変な人じゃない限り自由に出てもらっていいんじゃない?上の許可とか、そういう不文律はいまここで撤廃します。コラボと特に変わりは無いんだし。」


このおおらかとも能天気とも思える御仁は我らが四六時夢中の若きトップ、臣永優とみながゆう氏である。なんと驚きの二五才。昔色々あってこんな性格になったとか、色々あってもいつもこんな調子だった図太い人だとか、種々話は聞くが、その真偽はいずれも定かではないという謎多き御仁でもある。


「先方が個人情報どうこうを含めて承諾してるなら全然いいよ!契約に抵触しない限りは何やってもいいし。…まあ、だからあんなバケモノ最初期メンバーが生まれちゃったんだけどね…」


あの社長が遠い目をしている…

え、最初期メンバーってそんなヤヴァイの?私聞いてない。


「それはともかく、これからもがんばってね。これから君がどういう活動をするのか、楽しみにしているよ。とりあえず直近は事情説明の配信かな? 僕も見たいんだ、事前告知を忘れないように頼むよ。ふふふ。」


一方的に話して行ってしまった。

初めての炎上だし、激励の意味もあったんだろう、多分。圧とかではないと信じたい。

さっきまで社長がいた虚空を眺めて固まるマネさんに向き直る。


「…ということで、三日後俺の家で配信します。それでわ失礼しますぅ〜…」


逃げよう。

そんで三日ぐらいふて寝しようそうしよう。


「おいごら待て。」


ひい!ヤのつく自営業さんみたいなトーンで詰められる!小指か?小指をご所望か?!

これ以上話すことはないよ?!


「…部外者云々は良いとして、ちょっとお二人にお話ししたいことがあるので、三日後は配信ではなく私に繋いでもらえますか。」


「え、あ、はい、はい?」


はい?

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