第5話 君の話をしてくれないか

「さて、もうすっかり日も暮れてしまったようだし、本題に入ろうじゃないか。縁結びとは、ありきたりだが飽きるものでもないさ。バッチリ全力で叶えてあげるから心配はいらないよ」


「いえ、人探しであって恋の悩みじゃないですよ」


「まーた、うぶなこと。同じだよね。藤原君は本当に気持ちにまだ気付けていないだけなんだよね。アオハルっぽいの好きだぞ」


「やっぱり面倒くさいなぁ。最初に確認しておきますけど、願いを叶えてもらうのに対価とか、お礼とか、報酬とかそういうモノは必要なんですか。神様だから捧げもの、生贄?まさか壺を買えとか言わないですよね?」


「要らない、要らない。ボクは神さまなんだ。金や名誉といった俗っぽいモノにはこれぽちも興味がない。ボクに言わせれば、人の願いを叶えようともしないケチな存在には神を名乗って欲しくないね。守るべきルールはただ一つ、ボクは監督兼演出兼脚本で、君が主人公」


 神様は自分の机に腰を下ろすと、足をばたつかせて零斗を急かす。


「なんですか。いきなりルールとか!?」


「大袈裟なものじゃない。社会人としての、まだ高校生だけどね、守るべき最低限のマナーだよ。これは君が始めた物語だ。途中下車は許されない。君は主人公だ、最後の最後、願うが叶うその瞬間までやり遂げてもらう。ボクは何か間違ったことを言っているかな?」


「いいえ、他人を巻き込む以上、僕だって自分の都合で諦めたりはしないですよ」


 零斗は固く握った拳を突き出し、強い決意のほどを神様に示す。


「そして、君は主人公だ。脇役じゃあない。誰も君の代わりはできない、そのことも忘れないでくれよ。さぁて、時計の針は動いているよ。君の物語はもう始まっている。まずは、君の話を聞かせておくれよ」


 零斗は少女との出会いと別れの一部始終を語った。

 翌日、零斗の端末に本文のないメールと真っ黒で何も映っていない写真データが送られてきた。

 そして、零斗が撮影した彼女の姿はいまだフィルムの中で眠っている。


「あーん、それってもう恋じゃん。一目ぼれ? ステキっ!」


「何を聞いていたんですか? 全然違いますよ」


「照れない照れない。で、彼女からのメールには、彼女のアカウント・データも何も記載されていなかったというわけだね」


「あ、はい。アカウントが分かっていれば、わざわざ彼女を探す必要はないですものね。これは初歩的な推理。もう驚きません」


「それは推理とさえ言わないね。推理というのは、こういうのを言うんだ。キミは、今朝、とうとうその彼女を見つけることに成功した――」


「――!! どどど、どうして分かるんですか。僕は彼女を探して欲しいとお願いにきたんですよ! どうして、そういう発想になるんですか、飛躍しすぎてませんか!?」


 自慢げに笑う神様。


「ボクのところに来るのが早すぎる。藤原君は、登下校の時間を使って女生徒の写真を撮って回った。二日で、400枚、500枚といったところかな」


「1200枚です」


「それは、素晴らしい。まさに情熱のなせる業だね。でも、たったのそれだけだ。高等部二年生以上の女性に限定しても5万人か6万人か。諦めるには早すぎる。まだまだ神様なんてものに頼る時間じゃない。力技でどうにでもなる段階だろう」


「でも、女子生徒からは睨みつけられるし、風紀委員には追い回されるで散々でしたよ?」


「捕まらなくて何よりだったね。熱意ある藤原君ならまだあと3日か4日は続けて欲しいところだ。でも、そうはならなかった。君は何かを見つけ、新たな壁にぶち当たった。それも普通の方法では解決できないような困難極まる何かだ。得てして、そういうモノは真相に近づいたときに現れるものだ」


 名前も居場所も分からない他人を探す、それは困難であっても謎ではない。


「そうです、彼女は見つかったんです。ほんの一瞬、シャターを切るには短すぎる時間。レンズの端に見切れたんですよ。いえ、でも違うんです。彼女じゃないんですよ。99.99%彼女と全く同じ姿をした女生徒が、いたんです」


 零斗は言葉を選ぶかのように口ごもる。


「僕は確信しています。彼女は『彼女』じゃない。間違いなく同じ顔をしていました。そっくりとかじゃない。本当に『彼女』の顔と姿だったんです。でも実は『彼女』とは別人だったんです。わかりますか?」


「なるほど。だから、神様のご登場というわけだね」


 零斗は黙ってうなずく。


「でもね。オン、オフで雰囲気が変わる女子なんて珍しくもないよ。化粧ひとつ、髪型ひとつで化けるのが女って生き物だ。入学式の夜、普段は他人に見せない一面を君は垣間見た。そういうことで納得はできないのかな」


 こんどはハッキリと首を横に振る。


「彼女は実は双子だった、というのはルール違反だね。ノックスの十戒だ。三つ子だった、これもやっぱりなし。ドッペルゲンガー、変身生物による擬態、幻術使い、白昼夢。可能性は捨てきれないが除外しよう。そんな可能性は君もすでに検討したことだろう」


 話をややこしくしても仕方ないので黙ってうなずく。


「何の証拠もないので、信じてもらうしかないですけど……」


 言葉だけでは、もやもやとした何かの半分も伝えられないことに苛立ちを覚えていた。

 神様はそんな彼を励ますように肩に手を置いた。


「思い込み、思い違いに思い上がり。そういったものと付き合えないのなら、我らが学園生活は楽しめないさ。まして、ボクは神様だからね。君が間違っていても責めたりはしない」


 そして、椅子代わりにしていた机からひょいと飛び降りると、大きく背伸びをした。新しい仕事の始まりの合図だ。


「現像前のフィルムがあるだろ。それを渡してくれないかい」


「現像する機材がなくて……」


 新入生が学園に持ち込めるモノは、カバン一つに収まる手荷物だけ。それがルール。銀塩式カメラ、いわゆるフィルム式カメラは「現像」という作業がなければ写真を作れない。デジタル世代には理解できない感覚だ。資材の調達には少しばかりの時間とお金が必要になる。

 神様は手のひらを広げ、長く美しい指を突き出した。

 零斗はポケットが取り出したフィルムを一度、焼き付けるように見つめる。


「大事にしてくださいね」


「言わずもがな、だよ」


 神様は、明日にも真相は明らかになるだろうと告げた。


 去り際に八坂に向かって頭を下げる零斗。怒っているかもと心配したが、八坂はくいと眼鏡を上げると零斗に言葉を投げかけた。


「彼女はいつも説明不足だから僕から補足をしておこう。君が神さまと呼ぶ彼女こそ私立千夜学園第50代生徒会長、綾瀬一夜あやせいちやその人だ。僕は彼女のくだらない同好会活動には関わらないことにしているから協力は一切できないよ。まぁ、君は酷い目に合うかもしれないが、彼女は悪い人間というわけでもない。それがどんな愚かな選択だったとしても、君のなそうとしていることが上手く行くことを祈っているよ」


 興味がないふりをしても、やはり最後まで気遣ってくれているようだ。

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