第4話 黄金大仏


 八坂が声する方を忌々しげに見つめたので、零斗も視線もその先を追った。

 応接ソファからは死角になるパーテーションの向こう側にも部屋は広がっているようだった。


「もしかして……あの向こうに神様が!?」


 零斗は興奮して飛び上がるように席を立つ。

 八坂は肯定も否定もせず、とぼとぼと自分の事務机へと戻っていった。そして席に着くと視線を戻すこともなくこう告げた。


「忠告だよ。もし君が平穏無事に学園を卒業したいなら、ここで引き返すべきだ。君に悩みがあるというなら、生徒会副会長として僕が相談に乗ってあげよう。だが一瞬でも君が彼女と関わったのなら、もう引き返すことはできないよ」


「おいおいおい英樹君。それはルール違反だぞ。"重大な"ルール違反だ」


 間髪入れずに少女が釘を刺すと、彼はそれきり黙ってしまった。

 八坂に対する申し訳ない気持ちを振り切って、歩みを進める。このままで終わりにするには期待は大きくなりすぎていた。

 副会長ごときが解決できる問題なら僕はここにいない!とでもいたげに。

 力強く一歩一歩と奥へと進むと、最初の部屋とほぼ同じくらい、十畳ほどの広さを持つ空間が広がっていた。ただ一つ違っていたのは、その空間がただ一人の人間のために存在していること。中央には英樹が座っていたものより二回りは大きい執務机。いかにも年代ものといった雰囲気で相応の傷と気品を帯びていた。


 そして、驚くべきことに。

 いや、本当に零斗の予想を裏切って。

 そこに鎮座するのは黄金に輝く頭をした人間大の大仏様だったのだ。


「あぁぁ、うわぁぁぁぁ」


 零斗は神々しい威光に気圧され思わずその場で土下座した。

 黄金大仏、その空虚な瞳ははたして眼前の零斗を捉えているのだろうか。大きな頭を微妙に揺らしながらゆっくりと立ち上がった。


「コンニチワ、藤原零斗クン」


「えっ、どうして僕の名前を!? もしかして貴方が神様なんですか」


「ああ、そうだよ。ボクがこの学園の神だ。だから、君の名前くらい知っていて当然さ。さて、君のような悩める子羊が現れるたびに、ボクはいつも悩まされるんだ。分かるかな」


「どうやって僕の悩みを解決しようかと……」


「チッチッチッ。だって、人間の願いを叶えるのはむしろ神様の本分だよ。本業であり、基幹産業であり、存在意義だ。そこで躊躇してるようじゃ、プロ失格だね。アマがみ様だよ。ねぇねぇ、そもそも神様って何だろうね」


「うぇ?」


「なんだよ、その顔。キミだってここに来るまでに何度も考えたろ?神様って何なんだってさ。それはボクにとっても重要な命題だ。ボクが悩まされるのはね、いつだってキミたちは開口一番、ボクにに対して本当に神様なのか証明しろって迫ってくることだ」


「そんなぁ。ボクはそいつらとは全然違いますよ。信じます、信じてますよ」


「いや、嘘だね。藤原君、キミはボクに何か言いたいことがあるんじゃないかな?」


 いきなりの黄金大仏に面食らってしまったが立ち上がった大仏様を見ると、そのアタマこそ煌めく黄金のそれだが、体は千夜学園の制服。それも女生徒用だ。カッコよくポーズを決めているようでいて、大きすぎる頭がアンバランス。よく見ればかなり間抜けな姿である。

 ツッコミたいことは、たしかにある。


「神様って声は普通の女の子ですよね。っていうか被り物ですよね、それ」


「……」


「最初のコンニチワだけ声作ってたけど、すぐ諦めましたよね? 」


「……」


 間延びした時間が過ぎる。

 痺れを切らしたのか、とうとう大仏が動いた。両手でがっちりと頭部を掴みゆっくりと持ち上げる。金属製のそれはかなり重そうで、ぐぐぐと腕に力を入れてようやく脱げた、スポンっと。

 そして、投げた。投げつけた。思いっきり投げつけた。


「ぎゃふん」


 大仏頭部ヘッドが零斗に襲い掛かる。


「どうだね、驚いたかな」


「驚くとかじゃなくて、ただの物理攻撃じゃないですかっ!」


「当たらなければどうということはない、だろ?」


 足元には金属製の大仏頭部ヘッドが転がっていた。軽く足で蹴飛ばしてみるがビクともしない。よくもまぁこんな重いものを被って。

 零斗は続いて机の上に飛び上がり直立不動で自分を見下ろす少女に目を向けた。

 大仏頭の中から現れたのは零斗とそう歳の変わらない少女。状況に惑いつつも、言葉を失ったのがその美しさにだった。

 一言でいうと目鼻立ちが整った正統派の美人。表情には自信がみなぎっていて、眉毛は意志強そうに吊り上っていた。アシンメトリ―の奇抜な髪形で、片側だけがツーブロック。反対側は胸にも届く長髪。そして、その髪はアニメのキャラクターのように鮮やかに染め上げられていた。

 身長は170cmほどあるのだろうか。足はすらっと長く、スカートから延びる生足が眩しい。


「言われなくっても、正体は明かすつもりだったんだよ。だいいち声なんてのは簡単に変えられるから何の根拠にもならないんだぜ。実際ボクが可愛い女の子だったのは、まぁただの結果論さ」


 少女は喉元に指をあてると、野沢那智風のダンディな声色で語りかけた。


「いよいよ神様登場だなと思わせておいて、出てきたのが仏様だったら?どうだい、最高に笑えるだろ。聞き手の予想を裏切るいわゆる『ずらし』って奴だよ」


「いや、分かりにくいですよ」


「うーん、また失敗か。高度すぎたかな。ちなみにマスクは大仏ではなく、あくまで大仏"風"だよ。デザインはボク自身だ。著作権にも宗教問題にも配慮している。コンプライアンスは大事だろ?」


「ええ」


「ボクが可愛い女の子だからって舐めるなよ。いざ神様に会いに来たところにボクみたいな小娘が現れると、皆ガッカリするんだよ。本当に失礼な話だよね。だから、ボクなりのサプライズを用意する必要があったわけさ。さて、藤原君、ボクに何か言いたいこと、まだあるんでしょ?」


「あのう、これをいうと元も子もないと思うんですけど、神様って何ですか? あなたがこの宇宙を作ったのですか」


「ふむふむ。本質的で、かつ、実につまらない疑問だね。ボクは君のことなら何だって分かるよ。例えば、君は三重県は伊勢市の出身だ。あそこは素晴らしい場所だ。神宮には私も敬意を払っているんだよ。なんたってボクも神様だからね。趣味は写真。肌身離さず首からカメラを下げてるんだから、誰でもわかるだろって?でも、それは子供のころにお爺さんから貰ったものだろ。元戦場カメラマンだが、戦場で活躍していた時代よりも水着姿のグラビア・アイドルを撮っていた時期の方が長い。まぁ、その事情については踏み込むのはよしておこう。なぁにこれは礼儀の問題さ。知ってはいてもプライバシーは尊重する。家族はそのお爺さんと母親、妹が一人。お父上は海外に単身赴任中か。それと犬一匹、ふむふむ。好物はちくわとこんにゃく……なんだよそれ、そんな高校生がいることに驚きだよ」


「す、すごい。全部当たってますよ」


「神様だからね、当然さ。どうだい、ボクが神様だと信じる気になったかい」


 黙ってうなすぐ零斗。


「愚か者めい!」


 神様は両手を合わせると、その間から水鉄砲のように勢いよく水流を噴き出し、零斗の顔に浴びせ掛けた。


「うわぁぁ」


 水も滴るいい男になった零斗。神様から手渡されたバスタオルで体をふく。唐突な展開に事態が呑み込めない。


「あれはホット・リーディングだよ。あらかじめ相手のことを調べておいて、さも相手の心を読んだ振りをするテクニックさ。実のところ君が隣の部屋で英樹と話している間に、君の情報を検索していたというわけさ。君自身、入試面接のとき話した内容だって気づかなかったかな」

 

「なるほど。てことはじゃあ、神様だってのは噓なんですか!?」


「あーん、違う違う。こんな安っぽい手口には引っかからないで欲しいな。ボクは本気で神様なんだからね。完膚なきまでにボクを神だと信じてもらわないと駄目なんだ。じゃなきゃ価値がないだろ。」


「なんだか面倒くさい性格ですね」


「ふふふ、誉め言葉として受け取っておくよ。うーん、じゃあ次は君の願いを当ててみようかな」


 神様は大げさな動作で両手をこめかみに当てて、何かを念じていた。


「なるほど、なるほど。君はねー女の子を探しているねぇ。それもーこの学園の生徒だ。知り合いもいなくて、頼れる人間もいないから神頼みにすがろうという魂胆だ。そうして匿名サロンでボクの噂を聞きつけて、北校舎を一人彷徨い、やっとのことで生徒会室を見つけた」


「あわわわわわ、凄い。凄いですよ。それはまさに今日の僕です。絶対にネットなんかでは手に入らない、僕しか知らない情報ですよ。やっぱ神様はホンモノ……」


 そこまで言いかけたが、神様は零斗の唇に指をそっと当て、言葉の続きを遮った。


「愚か者めい!」


 神様は両手を合わせると、零斗の尻に電流が走った。尻を押さえて飛び上がり、その場にうずくまる零斗。


「なんで、なんで?」


「今朝、校内で女生徒を片っ端から盗撮する不届き者が出没しているという報告を読んだのだけど……まさかキミがそれだったりするのかな」


「と、とんでもない。勘違いですよ。僕は盗撮なんてしていませんよ!ちゃんと目的があるんだから盗撮だなんて」

 

 尻に痛みは残っていない。

 零斗は起き上がると首に下げたカメラに手を伸ばす。

 そしてそのまま引き込まれるようにゆっくりとカメラを構えていた。レンズを通して映るもの……目の形が綺麗だ。鼻の筋が通っている。透き通る白い肌。整った鎖骨。いーや、そんなものじゃない。彼女の全身全霊、その細胞の一つが一つが。皮膚が、骨が、血管が、美しさを表現しようと競い合っているのだ。いつまでだって見ていたい。この美しさは神々しさというよりも……魔性。

 そうやって改めて目の前の神様を自称する存在を品定めする。


「僕にはレンズを通してみたモノを絶対に忘れない特技があるんです。あと、レンズを通すと真実が見えるというか、なんというか……」


 その半分は彼の才能であり、半分はただの思い込みでもある。


「それは凄いね。じゃあ、君の目に映るボクは何者だい?」


「嘘は付いてないと思います。きっと只者じゃない。貴方が神様だとしても、僕は驚かない」


「それだけ? つまらないなぁ。神様と握手だってできる距離に居ながら、『神様だとしても、僕は驚かない』なんてすました顔で語る奴が本気で神様を信じているとは思えないなぁ。あまりの神々しさに胸を押さえて苦しみ出して、昏倒したところで、ボクが心臓マッサージをする。さぁ次は人工呼吸だ。薄目を開けるキミ。『あれ、これもしかして初キッス?』顔を真っ赤にして飛び上がるキミ。『なんだ、元気じゃないか』とボク。キミの困り顔のドアップからアイキャッチ、そしてCMへ」


「ボクにそのノリを求めないでくださいね」


「盗撮の件は忘れてあげよう。君が真剣であることは何となく伝わってきた。この通りちょっとした情報さえあれば、推理によって真実に到達することも容易いことなのだよ、ワトソン君。いいかい、ボクは神様だから、50%の確率で詐欺師、50%の確率で神様なんて半端な気持ちで信じてもらうと逆に迷惑なんだ。お願いだからボクを落胆させないでくれよ」


「はーい、善処します。ここで質問です。さっきから手から水を飛ばしたり、体に電撃が走ったりするアレ何ですか?」


「ああ、驚いてくれた?まぁ、ただの手品だよ。手品師は日常的にこの手のタネを仕込んでいるものさ。ボクの目的は騙すことじゃないからね。もったいぶることはしないのさ」


 ハンカチを取り出すと右手にかぶせる。怪しげな呪文を唱えるとハンカチがむくむくと盛り上がり、ハンカチを取り払うと、そこにワインが注がれたワイングラスが現れた。グラスの中身を一気に飲み干す神様。

 零斗もこれは凄いと拍手。


「じゃあ、じゃあ。何があるんですか?神様が神様だって証明する何かって、何ですか」


「ない。神は自らの存在を証明しない」


「へ?」


「分かっただろ、本気で騙そうと思えばなんだってできるものだ。だから、最後に信じられるのはキミ自身の目と心だと心得よ。神様だけが起こせる奇蹟は、キミの頭の中にあるんだろ」


「ですね。僕の願いが叶うまで、少々お付き合い願えますか。こればっかりは神様でなきゃ、どうしようにもならないんですよ」


 少女は機嫌よさそうに満面の笑みを湛える。


「安心しなよ。キミが信じようが信じまいがボクはキミの願いを叶えてやるよ・それでは、あらためて。やぁ、ボクがこの学園の女神である神様だよ」


「はい、よろしくお願いします」

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