第2話 見えざる生徒会室の謎
零斗が「神様はどこにいるんだ?」と尋ねると「生徒会室に行けば分かるよ」と教えられたので、今まさに生徒会室を探しているところだ。
私立千夜学園は『未来を担う若者たちに 最高水準の教育と環境を! もちろん
最後の楽園とも呼ばれる学園だが、機密保持を理由に外部との出入りどころか通信連絡も厳しく制限された陸の孤島でもあった。
新入生の零斗は、本当に誰一人知り合いと呼べる人間がいなかった。だからといって慌てたりはしない。分からないことがあれば『ネット』を使えばいいだけのこと。閉ざされた世界にも内側だけの
学内ネットワーク Eve3 "Everything Everwhere Everytime" (いつかのどこかのなにかのそうわ)だ。
『神さま』の存在を知ったのは|『Eve3』上の匿名
匿名の気軽さから
ここにいる限りは、誰しもが誰でもない無個性な名もなきアヴァターだ。責任も無ければ、しがらみも無い。言いたいことを、言いたい放題に言える場所。だからこそ素の自分でいられる。学園の最底辺にして有頂天。
嘘、大げさ、言葉足らずに勘違い。憶測、妄想、偽史、贋作に作り話。無責任に生み出され続ける言葉の奔流。その水底でわずかに光輝く思いがけない一握りの真実。
「嘘は嘘であると見抜ける人でないと匿名掲示板を使うのは難しい」とは20世紀末、情報社会黎明期の言葉。その言葉の正しさは今も変わらずだった。
『神さま』の目撃談は多い。在校生たちは皆何となくその存在を知ってはいるのだが、きちんと説明する言葉を持たなかった。それでも情報の断片をかき集めると『神さま』が願いを叶えてくれるのは間違いないようで、しかも成功率は100%なのだそうだ。何それ凄い。
だが、どういうわけか新入生に『神さま』の存在を教えることは『悪意』であると住人たちには認識されているらしい。『善意』の住人は新入生たちに『荒らし』の言うことだから無視するようにと注意を促していた。それでも零斗が「神様って悪いやつなんですか」と食いつくと、別の誰かが「悪い人ではないんだけどねぇ」という曖昧な言葉を漏らすのだった。
ああ、これだ。零斗は直感した。
「俺が直面した、あの奇妙で不可解な難問を解決できるのは、神様くらいのモノだろう」
◇
現代人は道に迷うことが難しい。少なくとも完全情報化された学園の中で、道に迷うなんて経験はそうはできなかった。
「生徒会室に行きたい」
《そのような施設は存在しません》
「生徒会」
《わかりません》
「せ・い・と・か・い」
《正確な名称をお答えください》
「おおーーい、どうなってやがんだよぉぉぉぉぉ」
零斗は何もない空中に向かって語りかけていた。
零斗が使うのは学園の支給品のソレ。
ゴーグル型ディスプレイを通して、拡張現実世界が映し出される。
学園案内AIに尋ねてみるのだが、なぜだか目当ての場所には辿り着けない。
そうなると生徒会室へ向かう、たったそれだけのことが冒険になるのがこの学園だった。
新入生だけで3万人。在校生すべてを合わせると20万だとか30万だとか。
生徒の数も狂っていれば、校舎のスケールもまた然り。
零斗が歩いている『北校舎』の廊下は、いわゆる『普通の学校の体育館』がすっぽり収まってしまうくらいの大きさで、窓もなければ飾りもなく殺風景な鼠色の壁が東西に延々と続いていた。
生徒たちが普段暮らす教室エリアは、普通の学校とそう変わることはないのだが、少し道を外れると突然、米軍の秘密軍事基地か何かかと言いたくなるような非常識なまでに殺風景な風景が現れる。それがこの学園だった。それはまるで、何か別のモノが学園であることを装っているかのような。
さて、
《あんた、生徒会室に行きたいのか?》
先ほどまで愛想なく対応していたAIが突然、馴れ馴れしくタメ口で話しかけてきた。擬人化された犬の姿をする彼は「迷ワン」君。
「おお、迷ワン君。いきなりタメ口か」
《お前が馬鹿面晒して、泣きそうになってるから、哀れでよ。よし、助けてやろうかという気になったんだよ》
「なんだ、この機械如きが偉そうによ。ええ、とても困っています。お願いします、助けてください」
実のところ本当に泣きそうになっていた。
《OK、ニュービー。入学3日目にして生徒会に辿り着こうとする度胸を認めてやるぜ》
突然、廊下の真ん中に虹色に輝く道が現れた(もちろん拡張現実のそれだ)。それはやがて右に曲がりわき道へと入っていく。加えてBGMも鳴り響く。それは『ニュルンベルクのマイスタージンガー』より『第一幕への前奏曲』。
《どうだい。入学早々悩み事を抱えて黄昏刻の校舎でひとりぼっち。これくらいド派手にいかなきゃ気合も入らねぇだろ》
「いやいや、やりすぎだろ。案内するなら最初から、もっと普通にやってくれればいいんだ、普通でよ」
《おいおい、それが助けてもらった奴の態度か? 人間様がどんだけ偉いと思ってんだよ。俺が誰をどう助けようと俺の勝手だろ。》
「あんだ、テメェ……すいません。謝ります、ごめんなさい。BGMの音量少し小さくしてもらっていいですか」
《OKOK、分かればよろしい。渡る世間に鬼は無し。こっちも気分良く仕事させてもらえりゃあさ、多少の無理だって聞いてやろうという気にもなるんだ》
「ありがとうございます。助かりました。へへへ、もうこのへんで大丈夫です」
《ちゃお!――ガイドに従って進んでください》
AIは突然に機械らしい口調に戻る。
「十分に発達した科学技術は、故障かどうか区別がつかない」
零斗はこの不思議な体験の感想をひとりごちた。
学園のAIは開校以来50年に渡りデータを蓄積し続けている。もしかしたら、ストレージの奥底にストレスのようなものも溜まっているのかもしれない。
虹色の回廊を抜けた先、目的地と思しき場所に現れたのは巨大な鼠色のキャンバスに不釣り合いに収まった小さな木製のドア。ごく普通の一般家庭サイズ。近寄ってみると木彫りのプレートに白いインクで『生徒会室』と記されていた。
ゴーグルを外すと再び静謐な世界が戻ってくる。
「生徒会室に行けば分かる……か」
さて、生徒会室というのだから、この中には生徒会の役員たちがいるはずだ。30万人の学園生徒の頂点に立つ人間たち。いったいどんな人たちなのだろうか。
零斗は首から下げた骨董品というべきカメラを構えると、小さな扉を写真に収めた。記念の一枚。
ここまで来たんだ、後には引けない。前に進むっきゃない。
「失礼しまーす。新入生の藤原と申します。お尋ねしたいことがあり伺いました」
震える声で、扉を叩く
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