第27話:キョウダイ、シマイ
「お姉……ちゃん?」
銀糸の髪が垂れ下がり、隣に居ても杏奈の表情は暗くて見えない。
しかし彼女も俺も同じく御神体として祀られているのか、それとも一箇所に集められて捨置かれているのか分からない骨を見ていた。
その中で宇宙服にも似た防護服に身を包んだ白骨死体の服には彼女と同じ名字が刻まれている。
「姉って……さっき話してた人のことか? でも何でこんな場所に? そもそもこの防護服は?」
「……さっきも説明した通りよ。爆発事故により薬品が気化して流出した。結果として島の生態系に著しい変化を齎したのよ? どういう状況か解らなかったにせよ、まず研究員は防護服に身を包むのは当たり前でしょう」
冷静に努めている杏奈は奇妙な骨の形をしている白骨死体に近づき調べ始める。
サブレッサーで軽く触れてみて問題なしと判断したのか、グローブを着けた手で骨を掴んでいた。
その骨は恐らく本来は人間の足だったものだ。しかしまるで魚の骨に似た小さな骨が大腿骨から足先にまで伸びている物だった。
しかしそれも片足だけの話で、もうひとつの足は奇怪に捻れて飴細工で無ければ不可能だと思えるほどの尖った形状をしている。
またその骨の手は不自然に肥大化し五指がそれぞれ魚の頭の骨になっている。
そんな奇っ怪な人間に似た遺体が、杏奈の姉の遺体に幾つも群がっているように見えた。
「まさか……それも人間なのか?」
「でしょうね。服も残ってないのを考えると燃えてしまったのか、もしくは薬の影響で一体化してしまったのか」
「一体化? どういうことだ? というより薬品だの薬だのと言葉を濁してるが、何を研究してたのか杏奈は知ってるのか?」
「ええ。当時から世界中で騒がれていたもの。誰もが知ってる話よ」
「当時からって……いや、でも俺は聞いたことがない。学園の教師たちも教えてないはずだっ。こんな事故があったら絶対に教えるはずだろ!?」
「落ち着きなさい。声が大きいわ」
杏奈は丁寧かつ静かに人骨らしき奇怪な骨を退かしていく。こちらを一瞥もせずに淡々と作業のように個体ごとに分けていき、彼女の姉と思しき防護服を着た遺体のヘルメットを取る。
ボロボロだった服には所々に小さな穴が空いていたためヘルメットは容易に取れ、中に着ていた女性物の服と白衣が見えた。
そして遺体の首に掛けられたロケットペンダントが在り、杏奈が慎重にそれを取ると不思議なことに中の人骨が役目を終えたと言わんばかりに形を保てずバラバラになった。
「…………それは?」
「私があげたロケットペンダント。姉が普段から首につけてた物でね。会うには島と本土とでは距離もあるし、通信関係は基本的に島の外とは繋がっていない。そう簡単には会えないから渡したのよ」
汚れたペンダントを開けば中には杏奈の写真と折り畳まれた紙が入っており、紙を開けば【ご、めん……な、さ、い。任せるわ】の文字だけが書かれている。
まさにそれは最期の言葉だった。誰に向けての謝罪なのかは察する以外になく、謝罪の言葉を送られた杏奈は何とも言い難い表情で溜息を残して紙を破り捨てた。
「お、おい!? いいのか、そんなことして? 遺言っていうか、最期の言葉っていうかっ―――「いいのよ」―――いやいいって」
「必要なことは知れたのだから。姉は確かにここで果てていたし、得られた情報で充分に報復だって可能になった」
「得られた情報? お姉さんが死んだのを確認できただけだろう? 報復? いったい誰に?」
杏奈に質問しても彼女は口を開くことなく扉へと向かって歩き出す。それはもはや自分の目的にしか興味も関心もないと言わんばかりの態度だったため思わず彼女の腕を掴んで止める。
「なに?」
「いや、なにじゃなくて説明をしてくれ! この島の真実が分かるというから此処に来たッ! でもキミは何も大事な説明はしていないじゃないか!?」
「見ての通りよ。ありのままの事実をただ見ればいい。もう、貴方の目にも現実が見えて来てるはずでしょう?」
いつの間にか取っていたカラコンによって隠されていた金色の瞳が闇の中に不気味に輝き、驚いて掴んでいた手を離してしまう。
何を言ってるのか分からない杏奈の言葉を理解する前に―――
「お兄ちゃん……そこに居るの?」
―――その声に間髪入れずに驚いた。
扉越しに聞こえる声は聞き慣れた乙葉のもの。入ってきた扉は壊してあるため開けようと思えば簡単に開けられるが乙葉は入って来ようとしない。
咄嗟に声を出そうとした俺の口を杏奈の手が伸びて物理的に口を塞ぎ、囁くような小さな声で話しかけてくる。
「静かに。入口とは逆方向から出ていくわ。念のためここに通信機器は置いていって」
「な、なんで」
「追跡された可能性があるからよ。私も置いていくわ」
「だから何でなんだ? ただの義妹だ。普通の女の子なんだっ。最近ちょっと変な感じはあるが一般的な女の子だろう?」
「……なら、余計に会わずにこの場を離れるべきよ。混乱した頭で真実と向き合う必要はないわ」
「はぁ……杏奈の言ってることが俺には解らない。どうして全部そうやって答えを濁すんだ? どうして乙葉と会うことを止めるんだ?」
杏奈の手を退かしての小さな口論は次第に加熱感を見せ始めるが、扉越しの義妹の心配そうな声が冷たい本堂内に響く。
「ねぇ、お兄ちゃん。居るんでしょ? どうして開けてくれないの? 乙葉がお兄ちゃんに悪いことしたから? だからあの人と一緒に居るの?」
やっぱり家を出る時に乙葉は俺たちを見ていたのだと解って唾を飲む。
義妹の行動は不自然を通り越し、すでに不気味なストーカーと化していると過言ではないのだろう。
止めないといけない。
ハッキリとそんなことをしてはいけないと、兄として面と向かって言わなければならないと杏奈を押し退けて入ってきた扉へと歩を進めた。
「彼方っ!?」
杏奈の止める声がしたが俺の意思は固く、言葉程度では歩きを止めることはなかった。
彼女の静止の声を振り切り、止めるために彼女が俺の腕を掴んだ時には引き戸に手をかけて開いた。
「お2i血ャ゙アぁん。いタぁa」
そこに立っていたのは人の形に整えきれなかった怪物だった。
顔の部位には魚のような瞳が散らばり、貝のような無数の口がパカパカと開いては赤い舌が見える。
マグロと富士壺のついた岩が合わさったような胴体に、鰻や穴子の身体にも似た細い腕や脚の部位。さらに蟹の甲羅の足に手は海老の尾。加えて鮟鱇のような滑りを全身に滴らせている。
異形の怪物は笑顔らしきものを二チャリと浮かべていたことに息を呑み、そして悲鳴をあげた。
それが声だったのか、音だったのかかは判らない。ただ空気を震わせて怪物の後方に広がる荒廃した世界を轟かし、怪物の巻き貝の耳を震わせた。
「な、なんだよ。何なんだよ、この怪物は!?」
「お21Tiゃn? dう死ta脳?」
意味不明の音を吐き続けるそれがぴたっ、ぴたっと粘液を落としながら近づいてくることに恐怖を覚え腰が抜けるのを、背後から俺を支えてくれたのは杏奈だった。
「どU%tぇ、ソn#人10……イsilyo7nO?」
「走れっ!」
背後から腰を叩かれ、なんてことのない力だったのに怪物の真横を通り過ぎ、粘液を踏んでしまったことで滑ってしまい階段から転げ落ちていく。
咄嗟に腕を曲げて縮めたが全身を強く打ち、奇跡的に打ち身だけで済んだうえに恐怖も痛みによって和らいだ。
腕を掴まれて無理やり起こされたあと、俺たちは石段へと一目散に向かって走り出す。
先程までとは打って変わった荒廃した街へと戻るために。
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