第26話:御伽島の過去

 その年の世界的な大ニュースとなった事件のことよ、と前置きをして杏奈は語る。

 階段の前にバイクを停めて上りながら彼女は昔の出来事を思い出しながら喋るが、彼女の健脚と体力は衰えることなく俺の前を歩いていく。


「身元の分かる研究所職員と条件を満たした家族しか住んでいない無人島は関係者以外立ち入り禁止となった」

「ちょっと……待って、くれ。ここが、無人、島?」

「ええ。無人島だったわ。それが政府が最初に出した条件だった。原子力発電所は何かあっては危険だから街のすぐ近くには造らない。けれど海外でも広く使われている技術だから本土の隅に建造されている。でもこの研究は日本が先駆けとして作っていたから限られた人間だけが出入りできる隔離された場所が必要になったのよ」

「でも……住み、にくい……だろ?」

「政府の手厚い補助金があったようね。インフラ関係は最新技術で構築され、セキュリティはネットから隔絶し、データの提出は非常にローカルな方法で渡されていた。書類を積んだドローンという方法でね」


 研究成果の報告などを盗まれないためとはいえUSBすら使わないようにしていたという方法に呆れてしまいそうになるが、ドローンが壊されればGPSで特定され、機密内容が漏れれば関わる人物が少ないため特定も素早そうだった。


「一見堅牢な金庫のようにも見えた研究所の崩壊は単純だった。内部の人間の裏切り。他国から巨額の買収を受けた者がいたのよ」

「どう、やって? 全部、管理……されてるんだろ?」


 階段を上りながらの会話に疲れ、石段に手をついて呼吸を整える。

 この島の唯一の神社は相変わらず石段からの勾配が急となっており、上までの段差は鍛えていない人にとっては休憩を挟むのが当たり前だった。

 しかし杏奈は休むことなく石段を一定の速度で上がり続けて距離が段々と広げられていく。

 こちらの様子をチラリと確認すると立ち止まり、振り返ってこちらを見下ろしながら杏奈は答える。


「手紙よ。ドローンに付けたりしてね。内容は一流の詐欺師が作り込んだ物だったとあとから解ったようだけどね。変装や不法侵入、ネットを使った情報流出には強かったようだけど人心掌握まではいかなかった」

「即席チームだったのか?」

「優秀な人間ほど足の引っ張り合いは大きいものよ。凡人なら拳銃程度の撃ち合いも、天才たちの足の引っ張り合いは大砲の撃ち合いそのもの。だから組織の崩壊を招いた」

「そういうもんか……」


 自分のいた世界とは文字通り違うが、人の本質がゲームや現実という区別で分けられるものではない。

 凡人たつ俺には現実でも縁のない世界の話で、そういうものなのだと言い聞かせるしか理解の及ばない話だった。


「データを横流しして今でも消息不明となった研究員は国益を損なった人物として今でも国際指名手配されている。恐らくもう捕まえられないでしょうけど。でもその研究員は区切りが着くまで研究を続けていたらしいわ」

「そうして騙し続けて研究成果を横流ししていた、と。そして区切りが着いた所で?」

「そう。研究所に爆弾を仕掛けたのよ。幾つかのサンプルを持ち出してね」


 研究所の職員はサンプルを持ち出して逃走し行方不明となった。しかし問題なのは爆弾を仕掛けられた研究所だった。

 研究所は爆発により研究されていた薬は流出。薬品の特性だったのか空気に触れると即座に反応を起こして島に異変を齎し始めたという。


「この島に……そんな、過去が……」

「信じられないのも当然よ。こうして平穏そうな御伽島で暮らしていればそう思ってしまうのもね」

「で、でもさ、異変とかっていうけど変な場所なんか無いんだぞ? そもそも変じゃないか? 爆発が起きたっていうなら地形とか研究所の遺跡みたいなのが影も形も残っていないじゃないか? そもそもこの島のどこが無人島だって言うんだッ!?」


 杏奈の語る昔話は過去に実際に起きたことなのか、それともただの空想話なのか判断出来ないでいた。

 ゲームの嫌な部分。知らなくてもいいこと。裏設定。そんな舞台裏を突きつけられ、普段の自分なら冷静にそういうものなのかと落ち着いてもおかしくないのに心がささくれ立って杏奈の言葉に思わず噛みついてしまう。


「学園がある。街が在る。人がいる。研究所の形跡は無い。杏奈の話を裏付けるものなんて何処にもないじゃないか!?」

「……前に、ここに来た時に鬼を祀る神社の話をしたわね」

「え? あ、あぁ……そんな話をしたかもしれない」

「鬼というのは一説では海を渡ってきた渡来者という見方があるのよ。恐ろしい力を持った怪物だけど、お供え物などで機嫌を取れば力を貸してくれる」

「それって……」

「そう。この月丘神社も鬼を祀る神社。その技術の渡来者たる研究員のことを指している可能性が高い」

「じゃあ敵の本拠地ってこと!?」

「早合点しないで。そんな外部からでも分かりやすい目印は彼らも造らないわ。造ったのは……恐らくこの島の住人たちよ」


 もはや俺の脳は杏奈の話についていけるほど理解力は高くないようで、何を言っているのか解らない様子なのが見て取れたのか彼女は石段を再び上り始める。

 社のある鳥居の所まで振り返りそうにないため、悲鳴をあげる足を何とか上げて彼女の背中を追いかける。


「つ、着いたぁ……」

「人は……居ないみたいね。本殿の中に入るわ」

「ほ、本気か?」

「私はここに答えがあると思ってる。街の住人が造った社。御神体の正体こそが私と貴方の知りたい答え」

「俺の……知りたい、答え……」


 恐らくここが分岐点。最後に残された選択肢に違いない。

 真実を知らずに帰れば嫌な部分を見ずに全てを終わらせられるだろう。

 消化不良を起こした時のような、胸焼け染みた後味の悪い結末を迎えることになったとしても臭い物に蓋をして見なくてもいい。

 疑問を解消しないまま、確信を持てないまま、何となく忘れて思い出になるのを待つのもひとつの選択肢だった。

 杏奈は何も言わずにただ、俺の行動を待っていた。


「……………………行く」


 ここまで来て、ここまでお膳立てされて逃げ出して何になる。

 それは意地で退路を断ち、覚悟で足を踏み出すような一歩。胃の中から溢れてきそうな胃液を飲み込んで、絞り出した答えを聴いて杏奈もまた同じように本殿へと足を進めた。

 同じ方向を向いて共に歩く異性を何と呼ぶべきか。共犯者と呼ぶべきか。それとも恋人だろうか。もしくは馬鹿なことをする親友だろうか。

 甘い展開など無かったと思う彼女との今までを思い出しつつ、それでも彼女の側にいた事実は俺自身が願ったもの。

 絵空彼方ゲームの主人公ではない。何処にでもいる男の物語だった。


「この奥か」


 引き戸になっている扉を開けようとしても扉は開かない。

 当然のことだが中から鍵が掛けられて閉まっているのだろう。


「離れてて」


 杏奈が拳銃に黒い筒状の装置、サプレッサーを取り付けて後ろに下がるように指示してくるので大人しく引き下がる。

 背中に指していたはずの拳銃がいつの間にか抜き取られていることに遅まきながら気づく。

 杏奈が両手で拳銃を構え照準を定めて二度三度と発砲すれば、抑制されたとはいえ思った以上の音が境内に響いた。

 転がる薬莢が熱を持ち、拳銃から硝煙が上がるなか引き戸を引けば扉を締めていた木製の留具は見事に壊されていた。


「入って。早く」

「う、うん」


 薬莢を賽銭箱に放り投げた杏奈を見つつ中に入れば、薬莢を隠した杏奈がすぐさま中に入って戸を閉める。

 夜であれば遠目では戸が壊されているようには見えないだろう。


「……こういうこと、まさか手慣れてるのか?」

「押入りのような荒っぽいことはしないわ」

「今は?」

「急を要すれば別よ」


 銃を持ったまま杏奈は足音を立てずに奥へと歩いていく。

 年代の経っている本殿の中は軋み音など簡単にたててしまうのだが、もはや女スパイ並の行動を平然と行っているので事を荒立てるようなことはしなかった。

 身体の軽い杏奈と違い、転移前よりも高い身長を縮こませて慎重に歩いていく。

 ギッ、ギッ、ギッという床が軋む音をさせながら意識を足元に集中させていると、月光が差し込む本堂の中でキラリと光る銀糸の髪が視界に入った。

 立ち止まり、何かを見ている杏奈の感情の無い顔から視線を追いかけると―――


「骨、か?」

「……お姉ちゃん……」


 ―――【大伽】と胸元に刺繍された、ボロボロの宇宙服にも似た防護服を来た白骨死体が奇怪な形の正体不明の白骨死体に囲まれて座っていた。


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