第25話:大伽杏奈の過去
電気が消えた街並みは巨大なビル群というよりも大きさがバラバラのストーンヘンジに似ていた。
何の用途で使用されていたのかも解らない墓標染みた命の残り香を移されたそれらを次々に通り過ぎていく。
「何処に向かってるのさ!? 神社はこっち方面じゃないぞ!?」
「解ってるわ。しつこい客の相手をここで終わりにするためよ」
深夜の街、ビル群に反響するクラクションの音は闇夜を暴走する機械の獣の咆哮だったのか。
遠くで聞こえたようにも思えるそれはあくまで反響した結果に過ぎず、獣のエンジン音は街の中でも存在を主張し続け、そして片眼を失った獣が街角から姿を現した。
「ホントに来た!? まだ諦めてないのか!?」
「諦める訳がない。あっちは目的を果たしてないんだからっ……!」
街に張り巡らされた道路は対向車線を含めての二車線道路。
中央分離帯をなぞる様に道路中央を走るバイクとトラックが街の中を走行する。
当然のように信号を無視し、途中で現れるカーブも十分な減速などせずに車体を倒すことで曲がり駆け抜けていく。
そんなバイクに追い付こうとするトラックは車体後方が壁に接触し、途中で電灯を破壊してもお構いなしに追いかけてくる。
「どうする!? また銃で牽制でもする!?」
「無理よ! 的は確かに大きい。けれど素人の腕で街の中はどこに弾が当たるか分からないわ!」
「ならさっきみたいにカーブを上手く利用しよう! トラックの大きさなら曲がりきれないし、運が良ければパンクだってするかもしれない!」
「いや……そうもいかないらしい」
前方が唐突に明るくなると幾つもの車が車種もバラバラに配置されて待ち構えている。
「そんな!? 一人じゃないの!?」
「いや。運転席に誰も座ってない。最初から罠を張っていたのか」
急ブレーキと車体を地面スレスレまで傾けたことで、膝を地面に擦ってしまいそうなほどの摩擦が道路に跡と臭いを残す。
投げ出されてしまいかねない遠心力を回避するには重心を車体と同じように傾けることが必須なのだが、目の前に迫る道路が思った以上に恐ろしい。
しかし、その甲斐もあってか道を塞ぐ車体に接触する間際でバイクは止まり、すぐさまアクセルを開けて誰もいない歩道へと避難する。
その直後だった。テールランプを掠めるようにトラックは勢いよく車に衝突し、破片を辺りに撒き散らしながら進んでいく。
「げ、減速しないでぶつかった!?」
壊れた車がガードレールをひしゃげさせ、巻き込まれるのを紙一重で逃れたが運転席まで変形するほどの衝撃は追いかけてきた何者かも無事ではないように思える。
ゲームの知識では確かに謎の組織が存在し、ヒロインを攫い怪物にしてしまうのだがそんな謎の組織のことなど本編では詳しく語られることなどなかった。
だからこんな無茶なことさえやる連中だったとは露とも考えなかったが、目の当たりにしている惨状は壊れた複数の車からガソリンが漏れ出ている臭いや運転席を隠すエアバック、何より大破している車を見たら否が応でも本物だと実感させられる。
「……すぐに出る」
「え? 追いかけてきた人は知り合いとかじゃ―――「違うっ!」―――……」
「……いや、強く言い過ぎた。それよりガソリンに引火する前に離れる。吹き飛ばされないように!」
「わ、分かった! 杏奈に任せるっ!」
バイクのモーター音と速度表示がぐんっと上がり、身体が後ろに引っ張られるような感覚を感じながら歩道から車道へと出てその場をすぐに離れる。
街の中の道は狭く、されど曲がり角は数えるのも幾重にも存在している。
早々に杏奈は近くの角を曲がり速度をあげて事故が起きた場所から離れた頃に、街の中を猛烈な音と衝撃、そして身を焼くような爆風が広がった。
その衝撃は近くのビルの窓ガラスを割り、車道を走る自分たちのバイクもその衝撃を受けていた。
頭上から舞い散るガラス片。瞬時に離れたおかげで爆風による被害は少なく、パラパラと落ちてくる程度で済んでいた。
「あのまま居たら……いや、想像したくもない」
「ええ。でも、もしかしたら追いかけてきた奴も生きてるかもしれないわ」
「あの爆風で? 幾ら何でもそれは……」
「無いとは言い切れないわ。車に突っ込んだトラックは車を押し退けてひっくり返った。運転席部分も無事なはずは無いけれど爆発に巻き込まれたかどうかは確認できてないもの」
風に煽られた車体を立て直しながら、街の外へと向かい先程の幹線道路へと俺たちは向かっていた。
その行先は当初の予定通り神社へと向かう道程。先程の爆風の熱を洗い流すかのように夜風が服やヘルメットの隙間に入り込んでいく。
身体から熱を奪われていった所為か自然と頭の中も冷静に処理を開始し、先程打ち切られてしまった会話を改めて持ちかける。
「なぁ、さっきのこと……訊いてもいいか?」
「乙葉ちゃんの様子が変なこと? それとも貴方自身のこと? もしくはどうして狙われているのかってこと?」
「全部だよ。俺が原因なんだろ、全部」
「原因の一端ではある。それを確認するために神社に向かっているのよ」
「御神体を暴くって言ってたよな? でも御神体っていうのは所謂仏像とかじゃないのか?」
「少し違う。詳しく言うならばご神体っていうのは物や場所など色んな物があるの。解り易い例を出せば有名な富士山や三種の神器と呼ばれる物なんて聞いたことくらいあるでしょう?」
確かにそれらは誰もが聴いたことがある程に有名な代物だった。
霊峰と呼ばれる富士は日本に住んでいない者とて、日本といえば富士山だと昔から言われるほどである。
まさ三種の神器といえばアマテラスという神がニニギノミコトが地上に降りる際に授けたという伝説を持つ神宝なのは語るまでもない。
神が宿るという物質や場所に対して指すというのであれば、仏像だけという考えはあまりにも視野の狭い見方だった。
「つまり、この島の神社に祀られているご神体っていうのが何かを知りたいっていうこと? そんなに重要なことなのか?」
「特にこの島ではね。私がまだ小さかった頃に、姉が昔のこの島の写真を見せてくれたことがあるの」
「姉? 姉妹だったのか?」
「ええ。頭のいい優秀な姉だった。小さい時には月に一度研究所に行って勉強も見て貰ったわ。自分は研究でも忙しいはずなのにね、嫌な顔もしないどころか楽しそうに笑ってた……」
彼女の顔はヘルメット越しかつ前に座っていることで表情は窺い知れない。しかしインカム越しに伝わる彼女の声は何かを堪えるような音が混じる。
正直に言えばなんて声をかけるのが正解なのかは分からない。どんな言葉をかけても薄っぺらく、恐らく何一つとして彼女には響かずにその場限りの当たり触りのない言葉になってしまう。
だから言葉ではなく、ただ彼女の肩に乗せた手をほんの少しだけ強く握り締める。
彼女に伝えたいのは当たり触りのない慰めの言葉ではなく、ただ彼女のことを想っているという感情なのだから。
それが伝わったのかは分からないが、杏奈のハンドルを握る手は先程よりも力強く、背筋も伸ばして真っ直ぐに前を見据えて走っていた。
「……そんな姉が私には居たわ。でも十年前に姉が働いていた国立研究所がとある実験の失敗による大規模爆発を起こしたの」
「ば、爆発!? それじゃあその、事故で?」
「沢山の人が亡くなったわ。でもその時の事故では姉は奇跡的に助かったのよ。その研究施設は地下にも設備があったから」
「地下設備……正直、現実感がない話だ」
「そうかもね。でも研究所の爆発は当時のニュースで世界中に報道されるほどのものだった」
「世界中に!?」
ゲームでそんな世界設定は一切出てこなかったと断言できる。そんな話があれば世界観を丸ごと塗り替えるような事件だ。恋愛ゲームとはいえ触れないはずがない。
それこそ昔の後味の悪さを残す恋愛ゲームならば、そんな設定があったら前面に押し出しているだろう。
だとすれば、これもゲームが現実になった影響なのかもしれない。
「でも、その杏奈のお姉さんは助かったんだろう?」
「いいえ。結果から言えば姉も助からなかった。研究していた薬が流出したことでね」
「薬品の流出……それって、所謂アレか?
「そう。そして研究段階の薬が流出したことで当時の日本政府の無能さを海外に曝け出したことで世界中から大バッシングを受けてた。連日連夜、テレビやネットはそのニュースばかりを報道していたのを憶えてるわ。特に完成すれば画期的なモノだと大々的に報道をしていたことも痛手だったのでしょうね」
「世界中に宣伝していた場所が爆発で……しかも話を聴く限りだとかなり危険な薬品だったみたいだ」
「ええ。でもその薬は日本を、人類を救うはずの研究だった。だからこそ多額の資金を国から提供された研究所は最新の設備と貴重な人材も確保できた」
杏奈の言葉から滲み出る感情を一言で表すのは難しい。悲しみや怒り、怨み辛みが混ざり合った結果、努めて淡々とした口調が彼女は感情を押し殺しているのだと分かる。
親しい家族が事故で亡くなったのだから何も思わないはずがない。
「でも研究施設は原因不明の爆発によって損壊し研究していた薬品は空気中に散布されてしまい、研究所職員しかいない無人島で生物災害は起きてしまった」
「無人島……」
「建設前から考えられる事案だから、爆発事故が起きてすぐに島は隔離処置をされたわ。生き残った研究所職員はその島に取り残されてしまった」
「その生き残った職員の中に、杏奈のお姉さんは居た?」
「ええ。研究所地下にある緊急回線が使えたらしくてね。混乱中に姉は連絡をくれた。幼い私は何も分からず、ただニュースで見てる研究所が姉が働いてる場所なのだと解るだけ。ただただ不安で仕方が無かった。だから姉から電話が届いた時は嬉しかった」
「でも、それは無事を知らせるものじゃなかった……?」
そうよ、と彼女は短く肯定し当時のことを考えているのか何も喋らなくなった。
淡々と続く道路を走れば等間隔に設置された街灯に照らされ、海風の生温い暖かさを感じる。
神社のある場所までもう少しなのだろう。と思い、話題を切り替えようと訊きたいことを最初に戻す。
「研究所っていうのが無人島にあって事故があったのは解った。でも、それがこの島の神社と何の繋がりがある?」
「事故が起きた無人島。それが、この御伽島のことだからよ」
「……え?」
杏奈は小さな溜息をひとつ吐き、見え始めた神社の参道へと向かってバイクを加速させた。
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