第19話:アナタはその部屋に何を観る?
チカチカと点滅する蛍光灯に照らされて、布帛いざりという女子生徒は器用に車椅子を動かしながら床に置かれたダンボールを躱していた。
埃が舞っているからか彼女は咳き込み、その度に揺れる胸に思わず視線が寄ったが背後から感じる冷たい視線に強い意志で目線を外す。
僅か数秒のことでも周囲は女性の目しかなく、自分の一瞬の行動さえも筒抜けになってしまう状況は、改めて考えればここが男の戦場だということを認識させるものだった。
「いざり先輩ですね。この場所で何を?」
最初に口を開いたのは黙って周囲を観て、部屋中をくまなく見ていた杏奈だった。入口から見える範囲のものを観ていたが彼女が驚いている様子がないことに俺は彼女の肝の太さに驚いていた。
「こほっ……見ての通り、片付けと新しい物の用意かしら?」
「はぁ〜……確かに。凄い量の本ですもんね」
「処分前の物置っぽいわね。前に見たことのある本もどこかに在るかもしれないわ」
後から部屋に入ってきた彼女たちは、俺を押し退けて意味が分からないことを言いながら布帛いざりと話し始めていた。
埃がついた髪や制服を綺麗にしながら乙葉と皐月が平然といざりと会話をし始めたことで話を遮ることは出来なかったが、彼女たちが見ている物は自分とは違うというのか。
「いや、おかしいだろ……ここに在るのは全部標ほ―――「絵空くん」―――えぎゅ!」
呆然としていた俺の前に杏奈が現れ、声をかけられたと思ったら盛大に頬を叩かれる。
パンッ! という音が部屋の中をよく通り、また反響したらしく全員の耳にその音が届いた。
最初は自分が何をされたのかも解らないまま平手打ちされた頬を押さえていた。
「ちゃんと周りを観なさい」
正常な判断が出来ていない所為だろう。杏奈が言う通りに周囲を見ればいつの間にか部屋全体にあった標本は消えてなくなり、代わりに在るのは少し古臭い本の数々だった。
そして叩かれたことで乙葉たちが驚きながら俺のことを目を見開いて見ているということにも気づくことができ、心は落ち着つかせて冷静に周囲を観ることができた。
「ごめん……なんか、幻覚でも見てたのかもしれない」
「問題ない」
彼女の伸ばしてきた白く細い指は少し赤くなり、まるで跡でも隠すように叩いた頬に手を当てた。
謝罪の言葉はない。しかし何かを確かめたいのか、それとも俺の反応を窺っているのか解らないが暖かな指先の温度は少し赤くなった頬から直接伝わってきた。
「ちょちょちょ! ちょっと、お兄ちゃん!? それに大伽さんも何してるの!?」
駆けてきた乙葉の手によって杏奈の手は彼女ごと退かされ、乙葉の心配した顔が近づき俺の顔を両手で掴んでは叩かれた場所の様子を見ていた。
「大丈夫!? お兄ちゃん!? 凄い音だったよ!?」
「大丈夫だぞ。むしろさっきので大丈夫になった。さっきまで蝶とかが見えてたわ」
「それは幻覚だぞ、彼方」
「大丈夫、絵空くん? 疲れてるならちゃんと休んだ方がいいわ」
続々とこちらに近づくメインヒロインたち。彼女たちが一同に会する機会は割と多くあり、それこそ小等部の前の頃からの知り合っているため一緒にいるのが自然とも思えてしまう。
彼女たち三人の顔を幼い時から見ていたが、心配そうな顔をさせてしまうなんて情けない。と、そんな風にふと思ってしまうが余りにも変だ。
ゲームの中に入ってしまった転移者である自分が、そんな記憶を持っているはずがない。
目の前にいる彼女たちとて美少女ゲームのメインヒロインたちで、悲しい過去と大変な未来を持つことを攻略したから知っているぐらいの話だ。
おかしい。おかしいおかしいおかしい。どうして俺はゲーム中の出来事しか知らないはずの彼女たちのことで、ゲーム外のことも思い出せてしまうのか。
「お兄ちゃん?」
「彼方?」
「絵空くん?」
三人の整った顔が俺を見る。可愛く整った顔の乙葉。凛々しくされど愛らしさを残す皐月。穏やかな春を連想させる顔つきのいざり。
さすがはメインヒロインというべき彼女たちとの間に流れる気の置けない友人同士の少しだけ甘い瞬間に流されてしまいそうになる。
だが、それを止めたのは乙葉に退かされた杏奈だった。
「ところで、いざり先輩。何故ここの鍵を持っているんですか?」
部屋に置かれた本を歩き見ながら彼女は当たり前の疑問を先輩に問いかけたことで皆の関心はそちらへと戻った。
「そう言えばそうだ。ここって開かずの部屋って呼ばれてて教師も鍵を持っていないって」
「そうそう。それにお札とかも貼ってあったんでしょ? なのに開けちゃって大丈夫なの? 呪われたりしない?」
「ひぐっ!」
「もう。乙葉ちゃんを怖がらせないの。ここの鍵はPTAの会長をやっているお爺様から借りてるの」
「PTAの会長?」
「ええ。貴重な本もあるから悪さをする生徒が勝手に入らないようにって鍵を持っているの。だから先生方も鍵を持っていないの。それと御札は竹之内さんの知り合いに書いて頂いたものですよ」
いざり先輩がポケットから取り出した古い御札を皐月がじっと見ていると、見覚えのある字なのか納得していた。
どうやら人が近寄らないように用意していた冗句グッズのような扱いで使っていたらしい。
「確かにこんなにも古い本があったら誰かが管理してないとダメになっちゃうもんね……」
「PTAの集まりの時にお爺様が片づけてるみたいなんだけど、私も時間があればお手伝いぐらいだけど掃除だったりしてるのよ」
「一人じゃ大変じゃない?」
「それほど大変なことはしてないわ。本がちゃんと在るかどうか確認したり、目についた埃やゴミを取ったりしてるだけだもの」
いざり先輩が顔を向けた先には壁に立てかけてある箒やはたきを見て、使われた形跡があるので納得する。
どうやら開かずの部屋というのも確かにPTAが管理している部屋というのであれば教職員が鍵の管理をしていないのも理解できる。
仮に管理といっても職員室にある鍵のBOXに鍵があるかどうか位だと思われるが、普段から自分たちで使わない鍵のことなど誰も憶えているはずもない。
「な、なんだぁ……開かずの部屋ってもっと怖いモノがあると思ってたよぉ」
「幽霊が出てあの世に連れていかれるとか? そんなの現実に在るわけないじゃない」
「皐月ちゃんは知らないかもしれないけど、怖い体験をしたって子が乙葉のクラスで―――」
気のせいだと皐月は乙葉の話を聞き流しているようで、まともに取り合おうとはしていなかった。
確かに幽霊という存在を見たことはない。しかし不思議なもので何だか嫌な雰囲気を感じるというか居心地が悪いというべきか、そういう場所に近寄らないように生きてきたため出遭わなかっただけかもしれない。
逆に言えば、そういった場所に好んで行く物好きたちがあらゆる意味で不幸な目に遭っているのも事実ではある。
そして、そういった噂話に聞き耳をたてている彼女はその物好きの一員なのだろう。
「古い建物なんて島にあったかなぁ?」
「在るんだって! 遠くから撮ったものだけど写真だって見せて貰ったよ!」
「今どき加工だって難しくないしなぁ」
「うぅ……お兄ちゃあん……皐月ちゃんが信じてくれない……」
乙葉が腕の中に潜り込み、胸に顔を押し付け、背中に手を回してホールドしてくる。さらには出来るだけ密着するため体ごと押し付け始めたので、抱きつかれた俺自身も彼女の行動に驚いていた。
「お、乙葉?」
「お兄ちゃん……乙葉のこと、慰めて……?」
腕の中で顔をあげ、潤んだ瞳に少し頬を赤らめた乙葉は少女というには成熟し、女性というには未熟な姿をしている。しかし女性の成熟は早いと誰かが言っていたのを思い出し、恐らく乙葉もまたその内面は身体の成熟具合とは反対なのだろう。
何かを期待するような瞳に自分の顔が映り、何となく目が離せないでいれば乙葉が腰に回した手にぐっと力が入る。
「なぁに兄妹で変な雰囲気出してるんですかねぇ? し・か・も。生徒会副会長の私の目の前で」
俺と乙葉の肩に乗せられる手は体重を乗せて重く、また運動が得意な皐月だからか色んな部活に顔を出している彼女の手は鍛えられており握力も強かった。
「「痛、いたたたっ!?」」
「私達の仲じゃない。大丈夫。痛みだって乗り越えていけるいける」
「痛ったぁあ!? 何で俺だけ力が強くなるんだ!?」
「私の真心が込められてるから?」
「絶対狂気が混ざってるから! お前の手は万力にでもなってるのか!?」
「乙女の手を万力呼ばわりとは面白い冗談ね? じゃあもう少し強めてあげる」
今にも肩が砕けてしまいそうな握力に悲鳴があがり、皐月の薄気味悪い笑い声が響く。
のちに開かずの部屋から聞こえる男の悲鳴と女の薄気味悪い笑い声が噂話に追加され、生徒たちが本格的に近寄らなくなったのをこの時の俺たちは知る由もない。
―――――――――
Lost File No,●
■■■■年●●月▲▲日
今回は大きな事態の変化を二点、報告せざるを得ない。
まず一点目は学園内に隠されていた部屋についてだが、ここにはすでに使われなくなった彼らの資料が残されていた。
量から察するに一部のみだろうと判断でき、もしかしたら他にも資料置き場が存在しているのかもしれない。引き続き実地調査を行うことで彼らの消息も掴めるものと考える。
そして二点目。こちらは現地調査をする上で協力を頼んだ者のことだ。それは外見上から見ても明らかに変わっており、どうやら学習したことで変わっているのだろうと思われる。
だが疑問が残る。それをなにで学んでいるのか、ということだ。
彼らの資料づくりは多くの犠牲が必要だ。それは我々人類の歴史が肯定する所だろう。
進化論でも語られる重要な過程の部分を飛ばして形を変えるなど出来るのだろうか?
現状、最も警戒し調査を進めなければならない個体なのかもしれない。
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