第18話:開かずの部屋
「うぅ……どうして放課後になると校内は変な雰囲気があるんだろぉ」
「やっぱり放課後ってテンション上がるわよねー」
両脇を固められて身動き出来ないのは、明らかに気分の違う二人によって腕を組まれている所為だった。
「お兄ちゃん……やっぱり帰ろうよぉ」
放課後の校舎に差し込む夕日に照らされながら、節電のためか蛍光灯が点いていない薄暗い廊下をおっかなびっくり歩く義妹の姿と―――
「乙葉ちゃん、大丈夫だって! 変なのなんか出ないから! 巫女の私が言うんだから間違いないから!」
―――目的地に早く行きたいのか、楽しそうな表情で腕を取って引っ張るこの学園の副会長たる幼馴染が何故か同行しているからだろう。
「杏奈だって早く行きたいでしょ?」
「……ええ。そうね」
皐月が後ろを向いてあとをついて来ている杏奈に話を振れば、彼女は言葉少なくも同意してくれていた。
左右と背後を美人な女性陣に囲まれるという、男ならばギャルゲー世界に一度は嫉妬を覚えた状況下に放り込まれたのだが想像以上の針のむしろだった。
特に後ろから突き刺さる本命からの視線は時間を負うごとに包丁を研ぐような鋭利さを手に入れて突き刺さってくる。
ハッキリと伝わる視線や、義妹や幼馴染に腕を固められて七不思議のひとつに向かう理由は非常に簡単な理由があった。
放課後、杏奈との待ち合わせの時間が来るまで時間を潰そうと考えていた時のことだ。教室に入ってきたのは迎えに来たという乙葉が現れたからだ。
「お兄ちゃん♪ 一緒に帰ろ?」
「……え? なんで?」
なんでメインヒロインが目立つ場所で待っている訳でもなく、教室に乗り込んでくるのだろう? という意味での言葉を誤解した彼女は機嫌を損ねて教室に居座った。
「可愛い妹が〜」という当たり前の事実を枕詞にしながら乙葉は距離を詰め、隣の皐月の席に座って喋り始めた。
家でも今までと比べると話す頻度が減ったからか、彼女の話は止まらず最初は責め立てるような口調で話していたのに、時間が経つに連れて話題のスイーツの話などに変わっていった。
すると―――
「忘れ物をするとは油断したぁー……ってあれ? 彼方と乙葉ちゃん? 兄妹揃って何してるの? 放課後によくある禁断のホニャララ?」
「よくあって堪るか」
―――生徒会の仕事から戻ってきた皐月がこちらを見て話しかけてきた。
自分が座っているのが皐月の席と知らなかった乙葉は謝罪しながら、席を退いて平然と俺の膝の上に座るという暴挙に出たことで皐月の冷やかしはヒートアップしてしまう。
謎の論争が始まり、視線と視線のぶつかり合いが白熱し始めた頃に杏奈が現れたことで混沌とした裁判所は出来上がり、そして全員で行くという判決が下され今に至っていた。
総勢四人の七不思議の探検ツアーは両手に華と後ろから銃を構えられながら校舎内を進んでおり、目的地は七不思議のひとつである【開かずの部屋】と呼ばれる場所へと向かっている。
その場所は高等部校舎の四階、突き当りの部屋であり誰も用がなければ訪れることもない部屋だ。
教室は学年別で三階までであり四階は実習室等で使用され、その上は屋上となっている。
正直に言えば突き当りまで行く生徒も教師陣も行くことはないため、生徒や教師でさえも人によっては何の部屋なのかも知らない。
ただ鍵が閉められ、鍵穴には謎のお札が貼られて近寄り難いことから誰かが言い出した【開かずの部屋】という名前が定着しているらしい。
「開かずの部屋かぁ。気に留めてなかったからあんまり思い出せないけど、確かに近寄り難い雰囲気はあったなぁ」
「高等部に入るとみんな見ないフリするもんね……だから余計に気になり出すと怖いっていうかぁ……」
「そう言いながら乙葉ちゃんも付いて来るんだねぇ? 興味あるんだぁ?」
「お兄ちゃんが心配ですから! ……色んな意味で」
乙葉がチラリと見るのは皐月と後ろから付いて来る杏奈の顔。明らかに杏奈という存在に対して警戒心が高くなっている義妹の態度に俺は少しずつ乙葉のことが解らなくなってきていた。
彼女との接点を最低限にしている現状で好感度など上がるはずもないのに、こうしてわざわざ主人公の教室にまで押し掛けるようになったのはゲームですら無い行動だった。
あくまでゲームはゲームでしかない、と割り切るのも大切なのかもしれないが乙葉は主人公と俺との差異に気づいている
本来であれば距離を取られるのが普通の反応ではないか。もしも立場が逆で知らない他人と同居する破目になったら誰でも距離は取るはずなのに乙葉は違っていた。
むしろ日を追うごとに好感度が目に見えるのであれば徐々に上昇している気さえするのは何故なのだろうか。
それに加えて最近では皐月も関わることが少しずつ増えている気がしていて、実は密かにこちらの様子を窺っているのではないかと邪推したくなる。
皐月の性根はどちらかというとアウトドアよりインドア派なのは個別ルートを攻略していることでよく知っていた。
彼女が学園や外に出る時には猫を被っているのを知った時はありがちな設定とはいえ親近感が湧いたのだ。
栄養しか考えられていない栄養バーもPC画面を見ながら食べている姿を見た時は同一人物でも印象は真逆に見えた。
そんな中身はインドア派の皐月が掴む俺の肩は、開かずの部屋に近づくほどに力が込められ、肩を見れば彼女の手汗によって手の跡がしっかりと付いている。
「よぉ~しっ。私はこれでも神職の娘だ。お姉さんが乙葉ちゃんも彼方も杏奈も纏めて護ってあげるから心配しなさんな!」
「背中を叩くな、痛い。せめて加減してくれ」
「加減してるから! 彼方が軟弱なだけでしょ!」
「悪霊退散悪霊退散」
「ちょ! 早いよ乙葉ちゃん!?」
顔を青褪めさせながらぶつぶつと呟く乙葉と無理に冷静を気取る皐月に挟まれながら階段を上り、四階の廊下へと足を踏み入れる。
そして全員が開かずの部屋がある廊下の突き当りを見ると―――
「え? 電気……点いてね?」
―――思わず呟いた俺自身の言葉に背筋が震え、その震えが伝播したのか両脇の彼女たちの身体も震える。
開かずの部屋とまで言われる開いた所さえ見たことのない部屋に明かりが灯るというのはどうしてなのか。
不思議なもので先程までの不安は綺麗に消えて、冷や水を浴びせられた頭は冷や汗を背中に流させて冷静さを取り戻させてしまう。
「あ、開いてるの?」
「誰かいるってこと?」
誰かに確認するように、自分たちが観ているモノが同じかどうか確認するように皐月も乙葉も見えているものを言葉にする。
扉に取り付けられた曇りガラスは夕日が差し込んでいるような明かりではなく、有体に言ってしまえば蛍光灯の明かりが何度も点滅しながら室内を照らしていた。
誰も開けたところを見たことがない部屋の明かりが点いているということは、室内に誰かがいなければ電気が点いているはずが無いのだ。
二の足を踏む俺たちを他所に、後ろから付いてきた杏奈が横を通り過ぎて駆けだした。
その俊敏な動きに止めることも出来ず、二人の拘束が緩んでいる隙に後を追いかけ走り出す。
「お兄ちゃん!?」「彼方!?」
二人の声を背にして杏奈の背中に追い付いたのはすでに開かずの部屋の前。その扉にはお札によって鍵穴が見えないようにされていたはずだがお札は無くなっていた。
誰かが悪戯で剥がした訳ではなく、中の様子から察するに鍵を誰かが開錠し、その誰かが部屋の中にいるということになる。
確かゲームでは入ろうとした所を先生にバレてしまい注意されて入れなかった場所だ。探索系のゲームであれば重要アイテムが保管されているかもしれないことを考えると心臓の鼓動が一層速くなっていくのが分かる。
「開けるわ」
後ろにいた俺に杏奈が一言だけ断りをいれたので俺は小さく頷いた。
入れるとは思わなかった場所に足を踏み入れることが出来ることに、恐怖心もあったが好奇心が打ち勝ち、杏奈が扉に手をかけた時に他の二人も追いついた。
皐月の静止の声も聴く耳もたずに杏奈が扉を開けると、そこには多種多様な幾つもの標本が飾られていた。
多種多様な虫が居た。多種多様な魚が居た。多種多様な植物があった。多種多様な生命が今にも動き出しそうな状態で保存されていた。
「なんだ……この、部屋は?」
「だれ!?」
部屋の中を観て呟いた言葉に反応するくぐもった女性の声に、全員が奥から現れるそれを見た。
二つの大きな車輪と革製の背もたれに腰掛けた女子生徒の制服を着た、頭に誇り被った段ボール箱を乗せた何者かが現れた。
「アンタが誰!?」
「段ボール女子!?」
謎の段ボール箱を頭に被って顔の見えない女子は咳き込みながら段ボール箱を取り除くと、その顔は非常に見覚えのある女子生徒、布帛いざりだった。
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