第17話:主人公の変化

「この学園にも七不思議があるのね」

「え? あぁ……七不思議のこと」


 昼休みに取り付けた二人だけの昼食。場所は誰にも邪魔されることのない屋上だった。

 本来入れるはずのない屋上の鍵を彼女は持っており、そこで誰にも邪魔されることなく食事を取ることが出来た。

 どうしてこの屋上の鍵を持っているのかを尋ねても答えは濁されたが、代わりに渡されたお手製の弁当はこの身体になってから今まで食べた何よりも美味しかった。

 見た目は極普通の二段弁当であり一段目はのり弁。二段目は平凡な卵焼きやウインナー、ミートボールなどの一般的な物ばかりのはずなのに一口食べれば極上の味わいを口の中に広げてしまう。


「う、美味うまっ!? なにこれ美味い!」

「大袈裟ね」

「いや、凄い美味いから! なにこれホントにお弁当?」


 杏奈の態度は素っ気ないが、どうやら嫌だとは思われていないらしいと思えた。ただ彼女のじっとこちらの反応を観る様は弁当の味を伝えても変わらず、目線は一瞬だけだがスッと俺の全身を見ていた。

 もしかしたら言葉ではなく態度のほうを見ていたのかもしれないが、そもそも味については文句のつけようがないほどに美味く、昼食にこれを食べれるとは彼女のほうこそ言葉が足りないのではないか。


「これは大伽さんが作ってるの?」

「作ってるのは私よ。それが?」

「その年で料理が出来るのか……しかもこんなに美味いのが……将来は料理人とか―――「そんなことより」―――そんなことって……」

「そんなことよりも、この学園の七不思議について何か情報はある?」


 将来についての話を振ると不愉快そうに眉根を寄せ言葉を遮られて、元の話題へと強引に戻されてしまう。

 無駄話が嫌いなのか、それとも将来について話すのが嫌なのかは分からないがこの話題を蒸し返すのは今はまだ止めた方がいいのかもしれない。

 もし聞きたいなら今後、関係性を深めたあとでなら教えて貰えるだろう。


「学園の七不思議かぁ……」


 ご飯を口に運びながら、そう言えばゲーム内でもそんなイベントが在ったと思い出す。

 学園の七不思議と言えば校内をくまなく見て回れるイベントであり、基本的には校内の薄気味悪い場所を探索していくものだった。

 ゲームだと何故か3Dキャラを動かす仕様になっていたが、今回は他のヒロインなども居ない場所で話しているため参加者は俺と杏奈の二人だけになるだろう。


「学園の七不思議というと、この屋上も七不思議のひとつがある。屋上自体に生徒が入れないから確認しようがなかったけど」

「給水タンクに浮かぶ死体のこと? ただの噂話でしか無かったわ」

「あ、そうなんだ……じゃあ他の七不思議のことか……」


 すでに屋上については知った時に確認していた行動力に言葉もないが、残りの七不思議についても彼女は情報を集めていたが、ありきたりな物ばかりだったはずだ。


「確か……高学部の血塗れの体育倉庫、開かずの部屋。中学部の音楽室の管弦楽団。小学棟の鍵のかかったトイレ。学園内を夜に徘徊する怪物。花壇に埋められた死体。それと屋上の給水タンクだったような気がする」

「私の知っている物とは少し違うものもあるようだけれど……」

「七不思議っていっても所詮は噂話のひとつだからね。友達の色恋沙汰のほうが高学部くらいになると多くなるから。でも小学部くらいの子が好きそうな話題だから大抵の人は耳にしたことはあるんじゃない? 大伽さんも耳にしたんでしょ?」

「ええ。小学部の子が喋っているのを聞いたの」


 普段から何とか彼女と交流を持とうと歩き回ってはいるが見つからない時もあり、恐らく彼女は高学部の者が行かない小学部や中学部の場所にも足を向けているのだろう。

 そう考えれば彼女が見つからない理由にも納得できる。小学部には小学部用の音楽室などがあるため細かく見ていくのであれば時間は足りないくらいだろう。


「小学部にも行ってるんだ」

「調べておきたいものがあってね。学園内にバラバラに七不思議があるのも不思議のひとつかしら?」

「どうだろう? 小学部の鍵のかかったトイレなんて、いかにもトイレの花子さん風な感じがするから小学部って言ってるだけだろうし」

「トイレの花子さん、ね。貴方にはそう伝わっているのね」

「え? それ以外に何かあるの?」

「地域や年代によって変わってくるわ。名前が今風になったりね。でも、そもそも鍵のかかったトイレと言われて、始めにそれをイメージしている」

「だ、だって七不思議とトイレで連想すると誰でもそうなるんじゃ―――「いいえ」―――え?」

「すでに竹之内さんと布帛さんには話を聞いてるの。見解だった。クラスの子にも聞いたわ。その子達も同じ反応した。鍵のかかったトイレには沢山の人形が置かれているそうよ?」


 大伽杏奈は何を言っているのか最初は解らなかった。なにせゲームでは花子さんの話題で盛り上がっていたはずだ。

 竹之内皐月が除霊グッズを大量に持ち込み、怖がる乙葉を支え、冷静な布帛いざりが推理し、主人公の絵空彼方と友人の宍戸朱馬が恐る恐る確かめていく。

 心霊現象なんて嘘っぱちだと笑いながら帰宅し、不穏な影を校内に残して終わったイベントだ。

 それが個別ルートに入った際に島内に隠れている組織のメンバーだと知った時は、yはり使い古された手だと思った。

 だが大伽杏奈の言った言葉は、そして疑惑の目は俺から正常な判断を失わせる。


「ど、どういう意味さ?」

「貴方だけがトイレの花子さんについて連想したの。他の人は人形に取り込まれるとか人形にされるとか噂をしていたのに。話題にすら挙がらなかったことから有名な噂話は島内には伝わっていないと考えられた。貴方以外は」

「そ、そんな……名前が違う訳でもなく、対応の仕方とかでもなく……その話自体が、ない?」

「でも貴方は知っていた。貴方だけが知っていた」


 淡々と喋っている風に聞こえるが、その実は目に見えない圧力をかけている。

 お前は誰だ、という疑いの目を彼女から向けられていた。

 意味がわからない。だってここはゲームの世界のはずだなのだから仕様が変更される訳がない。記憶違い? なにかのゲームと一緒になった? それとも現実化したことで何かが変わったというのか。


「……そ、そうか。カマ掛けだ! もしかして俺を騙そうと―――「違うわ」―――そんな……いや、じゃ、え」

「それに貴方はひとつ、勘違いをしてる」

「な、なん、だって?」

「私はその変化を好意的に見ている。貴方はまだ自覚していないようだけど、少しずつ変化が起きている。私はその原因を知りたいと思っている。それに貴方と接触する前から貴方のことは調査していた。大体の性格は掴んでいたのに、情報が間違っていたのかと思うほどに貴方の行動は私の考えているものとは違っている」


 大伽杏奈は真っ直ぐにこちらを見ながら言葉を重ねてくるが、その言葉の意味は正直理解出来なかった。

 それはまるでゲームに登場していた時と同じように、彼女の話していることを俺は理解することを拒んでいる。


「どういうこと?」

「本来貴方は私とそれほど接触したがる性格とは思えない。それは布帛いざり、竹之内皐月、絵空乙葉の三名との性格や風貌を考慮した結果、彼女たちとの接触を少なくするほどとは思えない」

「それはだって大伽さんがっ」

「脅迫紛いのことをしたから? それは勘違いよ。貴方は最初からこちらの提案に乗り気だった。本当は九分九厘断られると考えていたのにも関わらず、貴方はこちらの提案に乗って協力的な動きをしてくれている。正直に言って想定外だった」


 あまりにも突然に彼女は疑いの目を向けてきて、かと思えばそれは好意的な変化だと彼女は言う。

 だがその好意的な変化を見せながらも疑いの目を向けたままなのはどういうことなのか。


「お、俺には大伽さんが何を言ってるのか解らない。どういうことなんだ? 何が言いたいんだ? どうして突然にそんなことを言い出すんだ?」

「……今はそれを教えられる段階ではないの。ただもしかしたら貴方は覚悟をしたほうがいい。個人的に出来る助言はそれだけ。そしてお礼はそのお弁当くらいよ。私に出来るのはその程度。私の想定通りなら……全然お礼になっていないけれどね」


 杏奈がこちらの手の中にあった食べ終わった弁当箱を取って片付け、スマホで時刻を確認すると早々に立ち上がる。

 屋上だからか銀色の髪が風によって攫われ舞い上がる様は、一種の芸術を観ているかのように心を奪われてしまう。

 先程まで疑惑の目を向けられていたというのに、今ではスッと彼女の顔を見たくて目で追いかけてしまっていた。

 この行為を変化だというのであれば、間違いなく自覚のある変化だろう。俺は絵空彼方ではないし、メインヒロインたちと積極的に絡んでもいない。

 現実でヒロインたちが街中歩けば、男女関係なく目で追いかけてしまいそうな女の子たちなのは自信を持って言える。

 そんな娘たちと交友関係を持っているだけで、主人公の女性への評価基準は高くなり、しかも想いを寄せられている自覚が多少なりともあるならわざわざ危ない橋を渡る必要性はない。

 恐らく、絵空彼方を調べた限り危険な橋を渡るタイプではないと判断されたのだろう。七不思議のイベントも絵空彼方と乙葉は行きたくない派だった。

 だが、俺自身はどうなのか? 多少なりとも怖いものを覗いてみたいという想いは在る。それが今回、そんな気持ちが大伽杏奈と協力するという行動に至ったと推理されたのかもしれない。


「絵空くん。放課後予定を開けておいて」

「え?」

「七不思議のひとつ、開かずの部屋を調査したいの。協力できるなら予定を開けておいて」


 彼女はこちらを試すように言い放っては返答を待っていた。

 明らかに一人でも調査へと向かおうとしているのを止めることは出来ないし、何より放課後に予定なんてなかったのだから返答は決まっていたも同然だった。


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