第16話:鬼を祀る神社

 結果から話すならば、形だけかもしれないが早々にデートは終わりを告げた。

 茶屋で休憩を挟んで気分を落ち着かせている間も、杏奈と皐月は隣同士に座って話し込んでいた。

 最初は聞き役に徹していた皐月も次第に自分から話すようになり、最後には自分から話をするようになっていた。

 縁台の隅に追いやられた話に参加することもなかった哀れな男を放っておいて、女性陣の円滑な会話を聞いているだけでデートは終了した。

 今回のこれから向かう目的地は皐月が手伝いをしている神社であり、彼女は参道の清掃をしに来ていたに過ぎない。


「それじゃあ私も一緒に行くよ。彼方だって本調子じゃないんでしょ? 倒れても杏奈一人じゃ大変だろうしさ」

「……そうね。その方がいいでしょう。もしまだ動けないようなら、このままここで休憩していてもいいけれど……」

「だ、大丈夫だって! 三半規管は強いからさ!」


 縁台から立ち上がって身体を捻ったり腕を回したりして元気になったことをアピールすると、ジッと下から上までゆっくりと視線が上がっていく杏奈の顔は何を考えているのか分からないが険しい表情だった。

 その視線は俺を心配しているのとは少し違い、どこか実験動物に異常がないかを厳しく観ているかのように見える。


「大伽さん? 俺になにか付いてたりする?」

「……いいえ、特別問題なさそうに見えるわ」

「まあ抹茶が口に付いてるけどねー?」


 息を吐いて神社に目を向ける杏奈と、こちらの顔を見てニヤニヤと笑う皐月の対称的な二人の姿に慌てて口元を拭い、恥ずかしくなり二人を置いて先に歩き出す。

 あとから追いかけてくる二人の姿を影で捉えた時、一瞬ひとつの影が奇妙な形に揺らめいた。

 それは枝のように幾つもの竹を生やし、鼠や燕の顔が鳴いている奇怪な影だ。驚いて振り返ればそこには変わらない皐月の姿があるだけだった。


「もうっ。さっきから謝ってるじゃな……って、どうしたの? そんな驚くようなことでもあった?」

「え? あっ、いや……何でも無い。気の所為だったみたいだ」


 チラリと視線を下げて影を見れば何の変哲もない人影が地面に映し出されている。恐らく頭を強く揺らされたことで錯覚でも見たのだろうと結論づけた。

 追いついた二人と共に話しながら参道を歩き、段々と近づいてくる神社には一般的な神社と違う物が見えてくる。


「鳥居に……鬼。それに狛犬も?」


 赤い鳥居に近づきながら、杏奈は興味深そうに額束の場所から見下ろす鬼の姿を見てから左右に分かれて鳥居に入る者を見張っている門番たる鬼たちを見ていた。

 この島の神社は一般的な神社とは異なり、有名な神様を祀っている訳ではない。そのことに恋愛ゲームだからかとも考えたが、それなら恋愛成就の神様などの普通に一般的な神社でも良かったはずだ。

 冷静に考えてみれば印象には残るかもしれないが、制作会社が個性を出す場所としては奇妙な場所だ。

 もちろんギャグ要素が強いモノなら一目で頭の悪そうな際物な門番が置かれている場合もあるし、鳥居とて変な装飾が施されてしまっている場合もある。

 しかしこのゲームは日常パートに鏤められたキャラ同士のギャグパート以外は基本的にシリアスな部分も多く存在する恋愛ゲームであり、そんな世界観で神聖な場所だけを無理やり悪戯に変えたりはしないだろう。


「ここは御神体が鬼って聞いたような気がする」

「御神体が、鬼?」

「変わってるでしょ? 言い伝えなんだけど、昔この島に鬼がやってきたんだって。来たばかりの鬼がこの島の人たちをこき使うために悪知恵を使って言い包めようとしたらしいの。最初の頃は何が何やら分からない島民の人も知恵がついて自分で考えるようになってから鬼の悪い所がよく見えるようになっちゃったらしいの。何でも自分の思い通りにする鬼の悪行に島民たちは怒って鬼を殺してしまったらしいのよ」

「……」

「でも鬼は強いから殺してしまってからも怨念によって不幸なことが多発したらしいんだって。だからその鬼の怨念を鎮めるために社を建てたらしいわ」


 元神主の娘である皐月が掻い摘んで説明してくれたお陰で祀られる御神体の伝承を聴くことが出来た。

 恐らく皐月が居なければ同じことを訊かれたかもしれないが説明出来たとは思えない。ゲームでも少ししか触れられない部分であり、この場所の最初の登場は皐月の鬼の形相と相まってそういう神社なのだとプレイヤーに思わせている。

 ただの背景でしかない神社が現実の風景として見れば、確かに何故という疑問が沸いてくる。


「鬼が御神体って珍しいんだっけ?」

「……ええ、珍しいわ。全国的に見ても片手の指で数えられる場所ね。ニホンオオカミなどの動物を祀る神社もあるけれど基本的には神を祀ることが多いわ」

「島民から見れば普通の神社なんだけどね。ご利益も商売繁盛とか勝負運アップとか出しさ。私達学生は落とせない試験の時は祈りに来たり、社会人は仕事が上手く行くようにとかが定番じゃないのかなぁ?」


 へぇ〜、と相槌を打ちながら改めて社などを見ていくと転移前でよく見ていた一般的な神社とは違う箇所も見受けられ確かに物珍しい。

 ちょっとここで待ってて、と言って皐月は社務所の方へと小走りで去っていくと境内には俺と杏奈だけが取り残される。

 唐突に戻ってきた二人だけの時間は何倍もの緊張感へと増幅させた。正直に言って神社の詳しい説明を求められても困る。他に知っているのは神社のお祭りがあるということぐらいしか無いのだ。

 だが杏奈はこちらの心配を他所に片方のカラコンを外し、金色の瞳でその場からぐるりと回って神社を見始めた。

 直後に見た瞬間に目を見開いて驚き、しかし直ぐ様冷静さを取り戻して周りを観察し始めた彼女は普段と何も変わらないように見える。


「絵空くんはここに何度も来たことがある?」

「え? あぁ〜……うん。子供の時とかはよく皐月と一緒に遊んだ場所だよ」

「そう。それならここに行ってはいけない場所って注意された場所はある?」

「え、ええ? ど、どうだったかな? やっぱり御神体の近くとかじゃなかったかな?」


 神社の入り口に置かれた鬼を観ていた杏奈が振り返り、その綺麗だがどこか冷酷さを滲ませる金色の瞳が俺を射抜く。

 こちらが嘘偽りで煙に巻こうしているのを許さない視線だが事実として俺も詳しくは知らなかった。変わった御神体だなという程度の認識でゲームをしていた冴えない成人男性に過ぎないのだ。

 ゆっくりと近づいてくる足音が今はあまりにも恐ろしい。先程まで近くにいたのが嬉しくて仕方がなかったのに、今はただただ怖くなって汗が背中や手、顔にまで吹き出してきていた。


「隠していることがあるなら無理に聞き出したくはないのだけど―――「お待たせー!」―――……竹之内さん」


 一歩一歩近づいてくる杏奈の恐ろしい雰囲気をかき消したのは皐月の走ってくる音と声だった。

 皐月が近づいてくると杏奈はカラコンを外した側の右目を手で覆い隠してしまう。


「あれ? 目にゴミでも入った?」

「いえ。ちょっとコンタクトが外れてしまって。コンタクト自体は見つかったのだけどね」

「ええっ? 大丈夫なの?」

「問題ないわ。それより竹之内さん、その手に持ってるのは?」

「皐月でいいって言ってるのにっ。それよりコレあげるわね」


 皐月が手に持っているのは袋に入った棍棒型のお守りだった。神社で授けているお守りのひとつであり大切な収入源でもある。


「これは?」

「見ての通りのお守り。いわゆるお近づきの印ってやつよ」

「そう……ありがとう。竹之内さん」

「だから皐月でいいって言ってるじゃない」


 不満げな皐月から渡されたお守りを杏奈は一瞬だけコンタクトを外した金色の瞳で見たのを見る。

 顔を俯かせたことで前髪によって皐月からは見えなかったかもしれないが、俺の方向からは彼女が一瞬下唇を強く噛んだのが見えた。

 なぜ善意で貰ったお守りに喜びとは真反対の感情を抱く理由は分からない。だが彼女を知ろうとするならば、彼女と同じものが見えるようにならないといけないのかもしれない。



 ―――――――――

 Lost File No,●

 ■■■■年●●月▲▲日


 今日は現地の協力者と共に島内で気になっていた場所のひとつである神社を調査した。

 非常に興味深い場所なのは外周のみからでも解り、彼らが祀る御神体が何かを報告書に書くには引き続きの調査が必須と言わざるを得ない。

 しかし島の秘密に関わる物品は見つかるものと確信するに至る物を手にした。

 彼らが【お守り】として認識している物だ。(※写真にて添付)

 私はこの欠片を手にしたことで御神体について察するが、本殿に侵入して確認するまでは確証は得られない。

 引き続き、調査を行うものとする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る