第15話:神職の幼馴染

「彼方と……大伽さん? え? 二人でどうしたの?」


 人垣を割って現れ、そして困惑顔の皐月が緋袴に白い小袖を纏う姿はひと目で彼女が巫女の仕事をしていることを解らせる。

 それは彼女の複雑な家庭事情に因るところが大きく、彼女は今の隣家に住んでいる前はこの先の神社に住んでいた。

 それは彼女がこの先の神社の神主の娘だからなのだが、それから彼女の両親は何らかの事情があって離婚し、母親に連れられて幼い彼女は隣の家に引っ越してきたのだった。


「さ、皐月? どうしてこっちに……」

「どうしてって見ての通り神社の手伝いに来てるんだけど……っていうかそっちは?」


 俺も皐月も予期していなかった事態に驚きながら、今の状況を整理するために大して使って来なかった脳をフル回転させていた。

 だが性能差は明らかに皐月の方が上であり、喋りながら訝しみ、鷹のような鋭い視線を向けてくる。

 周囲に居た野次馬たちは少しずつ消えていき、気づいた頃には面白がって遠巻きにこちらを観ていた。


「……ふぅん。説明出来ないんだ? もしかして―――「竹之内さん」―――大伽さん?」

「絵空くんには私の用事に付き合って貰ってるの」

「用事? でもそれって彼方じゃなきゃ駄目なの?」

「ええ。だって絵空くんと貴女は友達なのでしょう? それに彼は誠実に対応してくれている」

「……はい? だから、なに? 何を言ってるの?」

「今日は私が気になっていた場所の案内を頼んだの。そしてそこに、偶然ではあったようだけど貴女が現れた。私にとっては嬉しい誤算だった」


 杏奈が一歩前に進み、皐月に近づくと威圧でもされたのか、彼女は少したじろいで足を少しだけ後ろに下げる。

 しかし杏奈がスッと手を前に出して握手を求めると、皐月は本日何度目かの驚きに目を丸くさせた。


「竹之内さん。私と友達になって頂けないかしら?」

「は、はい? 友達? 私と?」

「貴女と」

「私と、友達? え? じゃあ彼方は?」

「共通の友人がいれば話しやすいでしょう? 貴女も」

「………………え? えぇええええええええ!?」


 長い沈黙のあとに訪れた驚きの声。そして後に続いたのは参道全体に響くような長く驚いた皐月の声だった。

 彼女から聞いたことのない驚愕の声に耳が痛くなったが、それ以上に皐月の顔が漫画などでよく見る丸い目を実際に見て俺も驚いていた。

 もはや輪郭すら奇妙に解けて、まるで正月でやったことのある福笑いを実際に見たような気分だ。

 彼女のこんな顔はゲーム画面越しでしか見たことがなく、彼女の汚部屋を目にした主人公とエンカウントした時ぐらいだろう。

 見た目や肩書きで判断するならば皐月からは綺麗好きで気配り上手な妄想を抱く者も多いだろう。実際に学園内ではそういった噂が実しやかに囁かれている。

 だが実際はがさつな部分もあれば面倒臭がりな所もある。普段から重厚な猫の皮を被っている反動なのか彼女の部屋は異様に物に溢れて汚部屋と化している。

 今回は行くことなどないが、恐らく今も着々と汚部屋要塞は築かれているのだろう。


「ハッ!? 何か失礼なことを考えられてる気がする……」

「どんな能力者だ」

「そんなことはどうでもいいのよ。それより大伽さん。私と友達になりたいって本当?」

「ええ」

「じゃ、じゃあなんで彼方と一緒にその……出かけてたりしてるのよ?」

「絵空くんから話しかけてくれて友達になったのよ。ここに来たばかりで買い物ぐらいはしているけど、島のことは分からないから案内して貰っているの」

「へぇ……彼方から、ねぇ……」


 先程まで自身の妙な勘違いに目線が定まらないでいたが、名前が出た途端にこちらをジッと睨みつけるように見てくる。

 杏奈がこの島にやってきて一月も経っていない以上、行っていない場所のほうがまだ多いのは特段おかしな話ではないし、自分の方から彼女を誘ったのも事実だ。

 どうやら人付き合いが苦手なのか、クラスメイトともあまり関わっていないようで、昼休みや放課後もすぐに何処かへ行っているのはゲームと変わらないようだった。

 喋ってみれば人当たりも悪くなく、それでも友達を作っていないことに疑問を抱くばかりだったが接点を極力減らしているのであれば友達も出来るはずがない。


「ちょっと彼方っ。どういうことか説明しなさいよっ」


 後ろで一つに纏めた髪束を一切揺らすことなく一瞬で近づいてきた皐月は俺を逃さないように両肩を掴んで耳元で囁く。

 恐らく巫女という職業で香水はかけないはずなのに、それでもほのかに香る甘い匂いは彼女の体臭に因るものだろう。

 さらに皐月自身は気にしていないのか、一切の嘘偽りを許さない鋭い視線と共に綺麗に整った顔を間近に近づける。

 もはやその怒りの形相が無ければ体勢的にはキスでもしそうなほどの距離感なのだが、しかし正ヒロインの圧力というのは不思議なもので甘い雰囲気は欠片も存在しない。


「いや、説明と言っても……なにを?」

「なにって……」

「大伽さんが転校してきた時に皐月だって言っただろ。気になるなら会いに行けばいいって」

「それは言ったけど。でも彼方のことだから普通相手にされないでしょ?」

「それは俺に失礼すぎる」

「彼方はそういう星の下に生まれたのよ。それより案内するにしても二人でってどういうことよ? 乙葉ちゃんは?」

「呼んでないけど?」

「だからどうして呼んでないのよ!?」


 声を大にして叫びながら掴んだ両肩を使って体を揺らし、反動で頭は前へ後ろへとガクンガクンと揺れていく。

 もはや説明しようにも揺らされながらではまともに喋ることすら出来ず、最悪舌を噛んでしまうため口を固く閉ざした。

 そもそもこちらとしてはデートに誘ったつもりなのだから、正ヒロインたる乙葉を呼んでは大いなる意思によって乙葉ルートへと繋がりかねない。

 だからこそ呼んでいないのだが、こうして皐月と出会ったことで元の木阿弥となったのだが。


「竹之内さん」

「な、なに?」

「そろそろ絵空くんも限界なようだし、離してあげたほうがいいわ」


 脳を激しく揺さぶられたことでこみ上げる嘔吐感。盛大な噴水を上げる前に止まったことで口の中に異臭が漂うだけで事無きを得た。


「き、気持ち悪い……」

「ご、ごめん彼方! 思わずやり過ぎたっ」

「ホントだよ……ちょっと何処かで休みたい」

「じゃあ休憩してこう? ほら、あの茶屋だったら色々と融通聞くと思うから」


 皐月が指した方向にはこの辺では有名な茶屋で、軒先に置かれた縁台には思わず目を引く緋毛氈ひもうせんと呼ばれる赤い布が敷かれ、野点傘のだてかさが日差しを遮ってくれている。

 運がいいことに今日は誰も使っていないようで休むのであれば丁度いいだろう。

 ぐっと力強く皐月に引き寄せられて、肩を貸されて強制的に移動させられる。どんどん進む彼女の雰囲気に流されて茶屋へと引き寄せられた。

 縁台に座らせられて、皐月が中に入って店主に話をしに行くと言って消えると杏奈が隣にスッと座る。


「なんか……ごめん。色々と騒がしいし、こんな風に休むことになっちゃって」

「謝られることなんて何もないわ。それに私にとっては嬉しい誤算だったもの」

「……それはアレ? さっき皐月に言ってた友達になるって話、本気だったの?」

「ええ。彼女は色々と島のことについて詳しく知れる立場にある。仮に現在は何も知らなくても知れる立場にあるという強みが消えることはないわ」


 大伽杏奈の中で友達を選ぶ基準は言葉の端々から見て取れる損得勘定だ。

 自分の目的のために有利に働くかどうか。それが彼女友達を選ぶ根幹部分ならば、確かにクラスメイトは当たり障りない距離感で接した方が面倒がないだろう。

 ただ、それは本当に友達と言えるのだろうか? 何かの協力者という立場ならばそれでいいが本当に重要な時に誰も助けてくれなくなるのではないか。

 そんな風に思ったからか、風に髪を弄ばれる彼女を見ながらふと疑問が出る。


「それで、いいのか?」

「…………」


 その言葉が杏奈に正しく伝わったのかは分からない。ただいつもなら具体的なことを口にしていない場合はすぐに訊き返すのに、彼女はただ少しの間押し黙って青い空を見上げて呟く。


「いいのよ……これで」


 彼女の何処か悲しげな小さな呟きは、近くに座っているからこそ聞こえた。続けて深く訊くには難しい雰囲気だが、ここで一歩踏み込めなければ何しに彼女を誘ったのか分からない。

 体調は優れないが弱みを見せてくれた彼女に声をかけようとしたとき―――


「お待たせー! イイ茶葉引っ張ってきたぞー!」

「1500円にまけとくよ、坊主」


 ―――有料のお茶を持ってきた幼馴染の所為で台無しとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る