第14話:休日デートは街外れの神社へ

 バスに乗り換えて進む先は大抵の者には用の無い場所だろう。乗っているのが若者ではなく二回り以上も違う爺さん婆さんたちが乗客の大半を占めていることからも解る。

 そんな中で隣同士に座る俺と杏奈の距離は非常に近く、路線バスゆえか太ももが触れ合うほどに近い。


「訊いてもいいかな?」

「なに?」

「今向かってる場所って神社な訳だけどさ。あまり面白い場所って訳じゃないと思うけど……大丈夫?」

「神社には神社の楽しみ方があるわ。特に最近だと相手にマナーがあるかどうか見極める篩にかける場にも活用されているらしいわよ?」


 銀糸の髪の奥で微笑みを浮かべる杏奈の言葉に自分はどうやらすでに彼女の採点の場に立たされているらしい。

 こういう場合、大抵は減点方式で最終判定を下されるという話だ。正直に言えば減点方式の相手とのデートというのは苦手だった。

 譲れない一線だけが用意されているのではなく、最悪の場合理由すらなく減点されるオチすらあるかもしれないと考えると、何をしていいのか悪いのか判断出来ずに身動きできない雁字搦めになりかねない。

 こちらはすでに心臓の音が異常に高鳴っていて正常な判断能力は無いに等しい。しかし緊張してばかりいては何もいいところも見せられずに終わってしまう。

 それだけは避けなければならない。挽回の機会すら奪われてしまっては関係性がそこで断たれてしまうのだから。

 窓から流れる街並みに顔を向けながら彼女の顔は鏡越しに確認できる。しかし感情の読めない無表情によって恐らく楽しめてはいないと察せられた。


「(ど、どうしたらいいんだ!? なにか話題とか無いのか!?)」


 こういう場合どうすればいいのか? 数多いる現実でもゲームでも活躍する人たらしたちから情報を募りたいくらいには焦っていた。

 スマホを覗かれたらゲーム終了の合図だと思え。とは何かの漫画で読んだ気がする。詳しくは憶えていないが確か、相手がこちらをスマホより面白くない相手だと判断したのだとか何とか。

 もはや負け戦が確定している以上は下手なことはせず、予行練習と思って行動したほうが逆に良い結果に繋がるのだという。

 人生諦めが肝心だ。と誰かがしたり顔で言っていたが、俺はそんなに諦めてばかりはいられない性分だった。

 欲しいものは全力で手に入れに行く。そこに恥も外聞もなく例えみっともない結果に繋がるとしても、まるで痩せこけ飢えた獣のようだと蔑まれたとしてもだ。


「じ、神社に詳しかったりするの?」

「人並み程度の知識しかないわ。ただ神社というのは基本的にその土地の歴史があるものよ」

「土地の歴史?」

「ええ。例えば全国的に見れば神様を祀るのが普通の神社だけど鬼を祀っている神社もあるわ」

「鬼を? それって【なまはげ】みたいな話?」

「違うわ。そもそもなまはげは鬼ではないもの。そうではなく私達が想像する通りの鬼が祀られているの」

「そんな場所があるのか……」


 神社というのは有名かマイナーかはさておき、神様を祀っている場所だけかと思っていたがどうやらそうではないらしい。

 そもそも昨今では神社と寺の区別が出来ていない者も多いと聞くが、それでも初詣などの行事を形骸化しながらも何となく続けているものだ。

 そう考えれば彼女の知識は大勢の人よりも大分教養があり、その相手のマナーの判定基準は恐ろしく高い場所にあるのではないか。付け焼き刃すらない素人が太刀打ち出来るはずもない。


「色んな場所があるんだなぁ」

「興味があるの?」

「え? あ、いや……どうなんだろ? ははっ、島の外には出たことがないからなぁ」


 今まで窓から外を見ていた彼女が突然にこちらに顔を向けたことで心臓が一瞬だけ大きく跳ねては止まったような気がした。

 元々物理的に自分たちの距離は近く、真っ直ぐに見てくる彼女の目や顔がハッキリと見える距離にいることを改めて自覚すると思わず視線を逸してしまう。

 乙葉や皐月、先輩以外にも言えることだがゲーム内のキャラクターたちは美形揃いだ。非モテが直視すれば脳を焼かれて正気じゃいられなくなるものだ。

 それに何より普通に会話をしていたが自分はゲーム内の主人公、絵空彼方でもあることを思い出して取って付けたかのように答えを濁した。

 彼女は島民で、なおかつあの三人と交友関係を持っている絵空彼方に協力を申し出ているのだ。まず島民でないことが解れば交友関係はその場で解消されてしまうだろう。

 育ってきたのは大都会、眠らない街と言われる家賃だけは高い東京の狭い一室だと知られれば幻滅される可能性は大きかった。

 しかし彼女のじっとこちらを見つめる顔を見れば何となく無表情を装っている気がしてならない。その下の奥に幾つもの感情が渦巻いている。そんな予感をさせる綺麗な瞳が瞼に隠されると彼女は溜息をひとつ吐いた。


「……そう」


 彼女は車窓から見える景色に顔を向けながら言おうとした言葉を飲み込んだらしい。何を言おうとしたのかは分からないが、藪を突いて蛇を出すような予感しかしないため追求はしなかった。

 揺れるバスの中で行わる心理戦。物理的距離は近くとも精神的には土塁に隠れての銃撃戦のようにも思える。

 何とかして好感を持たれて牽制射撃を止めさせたい所だが、こちらはメンテナンスすら碌にされていない雑多な小火器程度の武器しかない。

 小粋なトークにまで花を咲かせられるような撃ち合いには発展出来ない。


「次は、月丘神社前。月丘神社前」


 無理やり笑顔を作りながら内心では頭を抱えて藻掻き苦しんでいると、車内アナウンスによって降りるバス停に到着することを教えてくれる。


「次、降りるわよ」

「う、うん。分かった」


 誰かが押した降車ボタンが点灯し、バスが停まるまでの間に会話が無かったことは言うまでもない。

 老人たちの後に続いて停まったバスから降りて目にするのは一本道の参道だ。

 舗装された道は老人たちにとってはありがたく、奥に見える鳥居から御本尊が置かれた建物まで続く道は緩やかな上り坂となっている。


「あそこが月丘神社ね」

「そうだね。確か御本尊は月読尊だったかな?」

「貴方は島から出たことがないらしいから知らないかもしれないけれど、月読尊が祀られる神社は有名ではないわ」

「そうなの? 島にはあの神社がひとつだけだから多いのかと思ってたよ」


 実際は知っていても知らないフリをしながら会話を進めていく。神社については詳しくないのは間違いないので、祀られている神様が何かやご利益に関しては有名な場所ぐらいしか記憶にはない。

 それでも月読尊が祀られている神社で有名な場所というのは記憶にはない。話題性に欠けているといえば欠けているのかもしれないが非常に有名でもある神様なのにだ。

 それこそ昔は太陰暦を使っていたのだから多くても不思議はないはずなのに。


「そうね。島から出なければ普通のことよね」


 彼女はチラリとこちらの顔を見たと思ったら俺を置いて早々に参道へと向かっていく。

 参道の脇は長屋が軒を連ねており、古い町並みが商店街のように並んでいる光景はここだけがまるで昔と今で不完全ながらも時間が切り替わっているように見えた。

 彼女の後に続いて参道を歩いていくと―――


「お、そこの目を引く嬢ちゃんと……絵空の坊主じゃねぇかっ!?」

「なんだいあんたって……彼方ちゃんじゃないかい? 随分とまぁ可愛らしい娘を連れてどうしたんだい?」


 わらわらと集まってくる住民たちは名前は知らないが彼らは絵空彼方を知っている。それもこれも昔、この場所は彼らの遊び場のひとつでも在ったのだ。

 祭り囃子を鳴るお祭りの時期だけでなく、当時神社の神主のひとり娘であった皐月とよく遊んでいたため彼らに顔を憶えられていた。

 頭を撫でられ腰を叩かれたりしながら揉みくちゃにされる様を杏奈に見られていると―――


「お〜いっ! みんな何かあった……って、あれ? 彼方?」


 ―――輪の外から人をかき分けるように現れたのは幼馴染の皐月だった。


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