第13話:奇妙な本と休みの約束

 図書室の防音室から出されてしまい、仕方なく本を読みながら待つことにした。

 こういった時に便利なのは短編集だろうと探し始め、それっぽいものを本棚から手にとってみればまさかのホラーものだった。

 少しばかり古臭く、どうやら大分前にこの図書室にやってきた物だろう。本は薄く中身は二十程度の短編ものが書かれているだけの物だ。

 適度に時間を潰せるならジャンルに拘る必要もないと本を持って席に座る。

 周囲の者たちと同じように本へと集中し始めれば、周りのことなど何も気にならなくなってくる。

 持ってきた本は地元の噂話を詰め込み、それを元にした創作話のようだ。

 例えば神社の境内に聞こえる謎の音であったり、海岸に打ち上げられた魚人であったり、一夜にして消えた竹藪屋敷の怪奇現象であったりと眉唾な話さえもある。


「(元はゲームの世界だろうに。本物になったらこういう本も出てくるのか?)」


 ゲーム内の図書室といえば他にも現実のライトノベルに酷似した題名の本が並んでいたりするものだが、生憎と貸し出されいるのか取り扱っていないのか発見することは出来なかった。

 代わりに現実の小説と酷似した物が置いてあるのはゲームから現実になったことの弊害なのかもしれない。

 容疑者Yの献身や密告、白亜の巨塔や家庭内戦争などといった見たことのあるような謎本がベストセラーの棚に置かれているのは違和感が凄すぎて手に取る気もおきなかったのだが恐らく面白いのだろう。

 しかし手にした謎の短編集はホラーやファンタジー、空想や妄想に近くあるはずなのに不思議と実感を伴ったような語り口調で綴られていった。

 一部を引用するならば『それは静かに背後に立つ人ならざる影』や『小さな隙間から覗く瞳』という恐怖演出の所為なのか。

 短編集だというのに否定できない何かを感じ取り、その一行を追う目は止まらず、ページをめくる指も脳からの静止の信号を受け取ることを拒否する。

 そして気が付けば最後の話、『フィルタリング・ワールド』という話を目が追った瞬間だった。


「待たせたわね」


 背後からかけられた言葉にびくんっと全身を震わせて反応してしまい手から読んでいた本を落としてしまう。

 立ち上がった拍子にガタンっと椅子を倒すほどに驚いたことで、周囲の注目を浴びてしまい顔を上げられないほど恥ずかしかった。


「何やってるの?」

「大丈夫、絵空くん?」


 対照的な先輩と杏奈の声と視線に文句のひとつでも言いたくなりはしたが、そんなことは絵空彼方はしないだろうと言葉を呑み込み照れ臭そうに頭を下げる。


「ご、ごめんなさい。本に集中してたので」

「本当? 本なんて見当たらないけれど?」

「さっき落としちゃってさ」


 倒してしまった椅子を直しながら床に落ちたはずの本を探すが見当たらない。短編集といっても薄い本とは違って文庫本サイズのもので見つけられないはずはない。


「あれ? 落としたと思ったんだけど……」

「……絵空君。貴方、もしかして居眠りでもしてたのかしら?」

「ふふっ。空調が効いてるものね」


 呆れたような視線を向ける杏奈と温かみのある態度で接してくれる先輩によって周囲の視線は散って行く。

 だがこちらも内心穏やかになることはない。さっきまで確実に起きていたし本も読んでいたのだから。

 しかし読んでいた本は見つからず消え失せ、床を多少滑った可能性も考慮してしゃがんで見渡しても発見することは出来なかった。


「……変だな。夢だったのか?」

「寝惚けすぎよ。それより……いざり先輩。本日はありがとうございました」

「いいえ、感謝されるようなことは何もしてないわ。それより、いつでも図書室に来てね」

「はい。また調べ物などが出来たら利用させて頂きます」

「え? あ、ちょっとっ!? すいません、先輩。お騒がせしましたっ」

「絵空くんも、また」


 先輩に頭を下げて杏奈はこちらを待つことなく図書室から出て行こうとするので慌てて先輩に挨拶して彼女の後を付いて行く。

 廊下に出れば窓から差し込む夕日の眩しさに目が眩み、手で遮るようにすると見えなかった杏奈の険しい表情が見えた。

 結局のところ彼女と先輩が何を話していたのかは分からない。陽の傾き加減から察するに時間がそれなりに経っていることは間違いない。


「それで何か訊けた?」

「多少は。それより次の予定を決めておきたいのだけど」

「ちょっと待ったっ!」


 杏奈が胸ポケットからスマホを取り出してスケジュール確認をしているところを止めると、彼女は怪訝そうな顔でこちらをジッと見ながら質問する。


「なに?」

「俺はキミに協力して、先輩との仲を取り持ったよね?」

「厳密には紹介されただけだけど」

「でも引き合わせたのは間違いないよね?」

「…………はぁ。何が望み? まさか身体とか言うじゃないわよね?」


 身体をよじり、組んだ腕で身を守るように立つと制服で隠れていた彼女の体のラインが浮き出され、身を守っているようで守れていない形となる。

 軽蔑の眼差しを孕んだ視線に勘違いだと伝えようにも結果は同じではないかと考えると言葉が詰まってしまい視線は増々厳しくなった。


「あぁいや、誤解だ。誤解しないで欲しい。俺はそんな性欲の権化みたいな奴じゃない」

「じゃあなに?」

「えぇっと……」


 杏奈の鋭いナイフのような突き刺さる視線に見つめられながらも彼女の顔を見ているだけで心臓は正常な鼓動を打ってくれない。

 あちらの願いを叶えたのだからこちらの話を聞くつもりはあるのだろうが、それでも通るかどうかは不安でしょうがない。

 期待がある。成功させたい。そういう想いの裏にある心配と不安が言葉を詰まらせて彼女の視線を真っ直ぐに受け止めることを難しくさせる。

 恐ろしいほどの汗が手や背中に流れているのは偶々ではなく、彼女との距離を詰めるための自信が無いことで生まれる緊張の所為だった。

 自分はこの恋愛ゲームの世界の部外者だ。この世界において自分がやっていることは異端だ。シナリオからズレにズレている。

 それでも―――


「今度の休みの日に、遊びに行かないか? 一緒に、さ」


 ―――俺が俺としてここに居る以上は、自分の気持ちに嘘を吐きたくなかった。

 そんな提案すると彼女は厳しく細めた目を丸くさせ、口元を隠すように手をあてながら十数秒ほどの沈黙が訪れた。

 それが一分にも一時間にも思えるほどの長さに感じるのは呼吸さえも止まるほど生きた心地がしなかったからか。

 喉が渇いて仕方がない。唾はなぜか口内に満ちることはない。言ってしまった言葉は引っ込めることが決して出来ない。

 ただ相手の反応待つだけの短い時間に幾つもの嫌な想像が頭に過っては不安は加速度的に倍増して手や足が震えるのを必死に抑えていた。

 そんな姿を見たからか、彼女の表情はほんの一瞬だけ窓から差し込む夕日によって見え辛くなったが返答の声だけは確かに耳に届く。


「……分かった」

「ほ、ホントに?」

「ええ。どちらにせよこの島の案内は誰かに頼むつもりだったもの。それが貴方でも、別に……問題ないでしょう」

「冗談とかじゃなく?」

「しつこい。この島の場所で気になる場所があるって言ったでしょ。離れてる場所もあるから行き方が分からない場所もあるの。ただそれだけよ」


 杏奈はまるで捨て台詞のように休日を一緒に過ごすことを合意し、そそくさと廊下を歩き出してしまう。

 彼女の表情は相変わらず夕日の逆光の所為で観れなかったが、約束を取り付けた達成感が彼女の凛とした後ろ姿を見送りながらのガッツポーズを取らせるには充分だった。



 ―――――――――

 Lost File No,●

 ■■■■年●●月▲▲日


 この島に住む調査対象たちと関りを持つ者を見つけた。

 彼は調査をしている際にも幾度か見かけたことがあり、それは対象の者たちと密接な関係性を持っていることからも無視することは出来ない。

 彼という橋頭保の協力が得られれば調査はスムーズに進むに違いなく、また接触を図ってみたところ彼のパーソナリティは前任者の情報とは違うように思える。

 しかし利用できる相手であれば活用しない手はない。時間は有限だ。効率よく調査を進めたい。

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