第8話:義妹デートでみる意外な一面

 女性と出かけた際に留意して置かなければならないことを世の男性諸君はどれだけ理解しているだろうか?

 例えば知り合い程度だったり、少し仲が良かったり。もしくは気になっている相手だったりする場合の初めてのデートであれば大半は拘束時間を短くした方がいい。

 ボロを出さなくてもいいし、相手にも都合があるのだから当然だと言える。

 しかし、身近な相手の場合は話が違ってくるものなのか。立ち寄った洋服店にて一時間を迎えようとしていた。

 ショッピングモール内にあった、ふらりと立ち寄っただけの店だが乙葉の琴線に触れたのか幾つもの商品を時間をかけて品定めしている。


「…………」


 学校の勉強よりも集中しているのが見て取れるほどに乙葉の鬼気迫る表情に声をかけることは躊躇われた。

 ここで変に声をかけようものならば意見を求められるだろう。そう……世の男性諸君が恐れるあの非常に難しい問題。質問の内容だけは単純な「どっちがいいか」という難題を突きつけられるのだ。

 しかも男性側から見たら違いの分からない商品を見せられる。

 だが、俺は知っている。これは男性を試す女性側の試験のひとつだと、長きに渡って培ってきたゲームからすでに知っているのだ。


「……ねぇ、お兄ちゃん」


 乙葉が言葉を濁らせながらも両手に商品を持って見せてくるのを見て、ついに来たかと身構えて戦場の最前線へと向かう覚悟で彼女に近づく。

 遠くに離れすぎない程度に距離を取っていても、このイベントは確実に訪れる未来だ。

 もしこの未来を回避したいのであれば、そもそも女性と出かけてはならないというレベルで訪れてしまう。

 だからこそ無鉄砲に戦場に出てはならないが、数多の戦場を駆け抜けたゲームをやりきった歴戦の兵士である俺は知っている。

 この質問に、答えてはならないのだと。

 答えを求められても答えてはならない、という非常に難しい返答方法に気づくまでにどれだけの男性がこの勝負に涙を呑んで来たのか。

 実は彼女たちは自分なりに答えをすでに出している。その答えを後押しして欲しいだけなのだと女性研究家のヘンタイン教授は語っている。

 先人たちの屍を乗り越えて得た研究成果は世の男性諸君に武器という希望を授けてくれた。

 あとは悩んだ素振りをしながら、女性側の意見を後押しするために質問を返すだけでいいらしい。

 これを【魔法の鏡の法則】と名付けたそうだが、どれほどの効果があるのかは分からないが希望はある。

 よしっ、と意気込んで彼女が提示してきた商品を見て―――


「どっちがいいと思う?」

「いや、なんでやねん」


 ―――第一声がそれだった。

 乙葉が提示してきたのはメイドとバニーガールの衣装だった。

 明らかにハンガーに掛けられている商品とは違う物であり、他店の商品だろうとツッコミを入れざるを得ないほど浮いている。

 場違いが強すぎる個性派の服はどこで手に入れ、そして何の意見を求められているのかも理解が及ばない。

 魔法の鏡は瞬時に投げ捨てて、こんなイベントがゲームの裏で存在していたのかと内心は頭を抱えて地面を転げ回る。

 こんな状況を冷静に対応できるなら間違いなくゲーム主人公の鏡だ。今俺が一番欲しいものなので誰か授けて欲しい。


「どっちがいいかな?」

「……ど、どこで着るんだ?」

「そ、それは……内緒だよっもう!」


 恥ずかしそうに言う乙葉の赤らめた顔を見て、もはや大宇宙に放り出されたかのように思考を放棄したくなる。

 もはや自分の常識が及ぶ範疇ではない。場外ホームランを打たれた投手のように口を開けて呆けるしか反応しようがなかった。


「そ、そうか……どっちも似合うと思うぞ?」

「そうかな?」

「ああ、それは間違いない。でも両方ダメだ」

「ええ!? どうして?」

「常識的に考えて」


 どちらを着ていても似合うことは間違いないほどのヒロインだが、その服を日常で着られた際には発狂ものではないか。

 家族が学校で辛い目に遭っているのではないかと心配するくらいの日常使いには向かない服装だ。

 このチョイスを選べと言われるのは言葉の裏に貴方は変態ですか、と問われているかのようだ。

 そもそも外で着て良いのは特定の場所やハロウィーンくらいなものではないか。


「乙葉。お前にはもう少し落ち着いた服が似合うから別のにしてくれ」

「そうかなぁ? これも結構落ち着いてると思うけど―――「別のにして」―――はぁい。じゃあこれ持ってて。他のも見てくるから」

「え、あ、おい!」


 有無を言わさず何処かへと服を探しに行った乙葉に妖しい服を渡されてしまい、さらに途方に暮れてしまう。

 しかし家の中に奇妙で妖しげな物を入れずに済んだことに胸を撫で下ろしていると―――


「……あ」


 ―――ショッピングモールの通路を歩く銀糸の髪を揺らす大伽杏奈が、颯爽と歩いて目の前を横切ったことで思わず声が出る。

 彼女はゆっくりと歩きながら周囲の店を見ていたようで、こちらの声に気づいて顔を向けると無言で立ち止まる。

 上から下まで見て自分の手に持った異様な服を見ると眉間にしわを寄せてキツイ眼差しを向けてくる。


「え、あ、いや誤解だから! 今考えてること語解だと思うから!」

「…………バニーガールとメイド服」

「確かに持ってるのはそうだけど! でも俺の趣味じゃないから!」

「……? 言ってる意味が分からないけど、悪趣味」


 悪趣味の一言で心が砕け、力が抜けて膝から崩れ落ちる。

 もはや彼女との運命の糸が引き千切られたのではないか。そう思えるほどの的確なパンチを当てられて試合終了のゴングが遠くで聞こえたような気がした。

 恋愛ゲームならロード画面に直行するタイミングだが、現実にはそういう物が存在しない以上、ただ敗北を受け入れるしかない。


「そう言えば貴方、どこかで見たことがある」

「……え?」


 杏奈はじっとこちらを片目を閉じて黒い瞳で見つめており、膝から崩れ落ちた俺を見下ろしていた。

 どうやら俺が誰だか認識していないという奇跡か悪夢かは分からないが、こちらとしては身元がバレていないという千載一遇のチャンスに縋って立て直すことにした。


「いやいや、人違いでしょう。私は偶々義妹いもうとと買い物をしに来てまして」

「それ、妹に着せる物?」

「これは義妹が冗談で持ってきた物でして私は一切選んでおりませんよハハハ……」

「そう。特殊な趣味を否定する気はないけれど、公序良俗は学んでおいたほうがいい。貴方がまともな人になりたかったらね」

「き、肝に命じます……」


 丁寧な追い打ちをかけて彼女は去っていく。私服だったからかこちらが誰か認識していなかったようで一安心ではあったが先は長そうだと溜息を吐く。

 揺れる銀糸の後ろ髪が雑踏へと紛れて消えてゆく頃に、乙葉が新たな服を持ってきて同じ質問をぶつけてくるが……正直に言って見た目の違いも大した差のない代物ではあるが、極めて普通の服のため色んな意味でどっちでもいいんじゃないかと思ってしまうのだった。

 あれから無事に買い出しまで済ませ、バスから降りて住宅街を乙葉と共に歩く帰り道。

 空は焼かれて夕刻になり、時期に暗い夜がやってくるそんな時刻を二人で肩を並べて歩いていると乙葉は満足そうに自販機で買ったアイスを食べている。

 両手が買い物袋によって塞がれているこちらを気にせず食べる様は、同性であれば苛立つかもしれないが不思議と諦めて溜息を吐く程度で収まってしまう。


「どうしたの? 最近溜息が増えてるよ? 様子も変だし」

「そう?」

「そうだよ。それに最近は乙葉のこと、ちゃんと女の子扱いしてくれるし」

「……前からしてたと思うけど」

「う〜ん……ちょっと違うんだよね。例えばねぇ……はい」


 乙葉が差し出してきたのは食べかけのアイス。両手が塞がっているため食べるにはこうして食べさせて貰うしかないが、そもそも彼女との間接キスをするので論外だ。


「……いや、要らない」

「やっぱり。前だったら普通に食べてたもん。ぜっったい意識してるよね。ちょっと前まで普通に乙葉がお風呂上がりでも関係なく洗面所で歯磨きしてたしさ」


 夕方の陽の明かりによって彼女の少し不貞腐れた顔は赤く染まり、少しだけ潤んだ瞳がこちらを見上げる。

 まるで何かのイベントでも発生したのかと思うほどの光景に心を鷲掴みにされそうになる。

 間違いなくこの子はメインヒロインだと心に解らせる可愛さで、彼女のルートに入っているのであればあまりの可愛さに思わず抱きしめていただろう。

 鈍感系の主人公という鋼の心を持つ者たちならばいざ知らず、こちらはゲームの世界に主人公身体に迷い込んでしまった非モテの男だ。

 身を引き裂かれる想いで理性をフル回転させて、ようやく表情をキープさせることが出来る。


「しょっ……んんっ。そ、そうかな?」

「そうだよ。たまに挙動不審になるし。別の人と話してるみたいだもん」


 身体中に走る悪寒と手汗が驚きによって現れ、加えて足が止まる。

 夕方の帰り道で突如として行われる女の勘を武器にした裁判が開廷した。しかも的確に答えを得ていく武器はまるで魔法のようだ。

 唾を呑み込み、背中にも冷たい汗が出ていく頃に前を数歩歩いた彼女が立ち止まって振り返る。


「ねぇ、お兄ちゃん?」


 夕日を背にした彼女の顔は見え辛い。しかし日を浴びて伸びる影は奇妙なほど人の形をしていないように見える。

 幾つもの触手と無数の穴。魚の尾びれにも似た物が影に見えるのは本当に錯覚なのか。


「お兄ちゃんは、お兄ちゃんなの?」


 黄昏の空に大地は赤く染められ、不穏な影を大地に映し出す義妹の姿がそこには在った。

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