第7話:義妹とお出かけ

「う〜んっ! やっぱり外は気持ちいいよね、お兄ぃちゃん」


 家から出て真っ先に陽の光を浴びて背を伸ばす乙葉の後ろ姿を見ながら連れ出された自分といえば、ほとんど無理に連絡先を交換した大伽杏奈という名前を何度も見返して悦に浸っていた。

 あの日に手に入れてから連絡など一度も無いが、それでもなお一歩前進したのではないかと思う。

 その他大勢の中からひとつ抜け出せたというアドバンテージは大きく、あとは少しでも相手から好印象を持たれるように努力すればいい。

 しかし、待てど暮らせど図書館へのお誘いはしたものの返信などなく、それが昨日の土曜日を丸々潰すことになったという笑い話にもならないことに落ち込んでいると見かねた乙葉が外へと連れ出したてきたのだ。


「家の中にずっと居ると気分も晴れない! でしょ、お兄ちゃん?」

「……まあ、そうだな。買い物もしないといけないし」


 この絵空家では乙葉と彼方が約一週間ほどの食料を土曜日か日曜日に買い出しに行っている。

 乙葉ルートに行くと、いつの間にか作られたこの時間は主人公が言い出したことらしいが言われるまで思い出せない辺りが恋愛ゲームの主人公らしい。

 実の妹ではない彼女との良好な関係構築を図ってのもののようだが、幼い時にそこまで考えられる主人公はまるで自分とは違う生き物のようだと思ったものだ。

 自分が幼少の頃など遊びに夢中で、周りのことなど深く考えた試しなどない。

 友達とのカードゲームやサッカーなどの球技、未知の森と見立ててご近所の林へと冒険したこともある。

 家の中でも外でも遊びに夢中で、自分と友達以外に周りのことなど目にも留まらない日々を過ごしていたように思う。

 そこはさすがは恋愛ゲームの主人公というべきか。幼い時から運命の糸運営の意図が絡まっているというべきか。


「それじゃあ荷物持ち、よろしくね?」

「分かってるよ。大事な妹の腕をこれ以上太くさせられないからさ」

「太くないんだけどっ!」

「そうか? 脱衣所に体重計が―――「あーあー聞こえなーい」―――……昨日は食後のデザートを食べてなかったな」

「むぅ……ふ〜ん? そういうこと言っちゃうんだぁ? 可愛い可愛い妹に対してそういう態度に出ちゃうんだぁ?」

「ははは……可愛い妹は流れるように関節キメてこないったたたた!?」


 それは天性の才覚によるものか。昨日ネットの動画で見ていた痴漢撃退方法を何の予習もなく見様見真似で行う乙葉の顔は満面の笑みである。

 クラスの男子を骨抜きしていると噂の笑顔を向けつつ、一緒に住む兄の骨を物理的に抜こうとする笑顔であっていいはずがない。


「ご、ごめんって! 謝る! 謝罪しますっ!」

「乙葉は悲しいよ。謝ったら許して貰えるって思ってるなんて」

「分かった! 何でもする。今日は乙葉の言うことを聞きます!」

「何でも?」

「誠心誠意、可能な限りでっ!」

「……もう。仕方ないなぁ」


 乙葉が手を離せば先程の腕が取れそうなほどの激痛が全て嘘のように思えるほど痛みが残らない。

 腕は思った以上に痛みはなく、それどころか不思議と肩が軽く感じてさえいる。

 解放されて腕を確認していると乙葉は前を先に歩き、見ることも聞くこともなかったが「何でも、が良かったのに」と唇は動いていた。

 前を歩く乙葉と肩を並べて歩く頃には、暖かな陽気を運ぶ春風によって消えた乙葉の独り言は消え去っている。

 ただ悪戯っ娘の無邪気な笑みを陽気に照らして輝かせるだけだった。

 近くのバス停でコミュニティバスに乗り、乙葉と共に学校やクラスのことで色々と話をしながら街へと向かうバスの中で、窓から見える景色が段々と住宅街から賑やかさと活気が溢れる街並みへと変化していく。

 高層のビルと巨大なデパート。最近流行りの服やお菓子などの専門店が入る個性豊かな店舗の数々は、開店早々から人の列が出来ている。


「街に着いたみたいだね」

「ああ。食料の調達をする前にせっかくだし、ふらっと見て回ってもいい……っ!?」

「お、お兄ちゃん!?」


 窓から見える景色は知らない景色でありながら見慣れており、憶えのある風景が流れていくなかで目についたのは銀糸の髪が陽光を浴びて煌めく姿だった。

 艶めくその髪が幻のように思え、窓際の席に座る乙葉に覆いかぶさるかのように窓に顔を貼り付けて彼女の姿を目で追いかける。

 夢でも幻でもなく、街の中へと消えてゆく制服姿の彼女の背中。

 背筋を伸ばし、一人で歩いていく姿はまるで名刀にも似た目を引く存在だが、周囲の人々は気にした様子もなく過ごしている。


「あれは……大伽さん?」

「も、もうお兄ちゃん!? そろそろ退いて欲しいんだけど!」

「え? あ、ああ。ごめん。知り合いを見かけたからさ」


 顔を赤くした乙葉に両手で押し返されたことで謝りつつ上げた腰を座席へと落とす。

 普段よりも少し洒落っ気を出した乙葉の胸元にはイルカのペンダントが揺れているが、乙葉はこんなペンダントを持っていただろうか。


「乙葉……そのペンダントは?」

「え? これ? えっと、お母さんに借りたの」

「母さんに? ほう……そう言えば服も見たことないなぁ」

「べ、別にイイでしょっ! 気分転換は服装から始まってるものなの!」

「歴戦の軍師みたいだな。勝負は戦う前から始まってる的な感覚なのかね」


 胸元でキラキラと光るペンダントは純金などの高額な物ではない。しかし繊細な造形は非常に細かい部分まで作られているからかメッキ製であったとしても玩具のような安っぽさを感じさせることはない。

 またイルカと共に付けられたボールの造形部には小柄ながらもダイヤが嵌め込まれ、光が当たれば水面から反射する輝きのようにダイヤは輝きを返した。


「……それで?」

「ん?」

「感想は……ないの?」

「似合ってる。服もペンダントも髪型も。乙葉は可愛いのが当たり前だから気にしてるとは思わなかったくらいだ」

「ば!? ば、ばばばばバカじゃないのっ!?」


 赤い顔を真っ赤に染めて、震えた指が停車ボタンを連打してしまう乙葉は色んな意味でパニックを起こしていた。

 主人公っぽさを意識した歯が浮くような言葉の数々に、内心ではこちらも完全にパニックを起こしている。

 こんな言葉を平然と喋れる人間が本当に鈍感なのか審議したいところだが言わなければ怪しまれてしまう。

 それは家という閉鎖空間において疑惑の目を四六時中向けられる辛さに比べれば、一瞬だけ耐えればいいのだから悶える声は内心だけで抑えるべきだ。


「ほ、ほら! 降りようよもう!」


 バスが近くのバス停で止まったことで、乙葉に急かされて降りていく。その際に感じた車内からの視線はどこか生暖かいモノと絶対零度の殺意が乗客全員から叩きつけられていた。




 ――――――

 Lost File No,●

 ■■■■年●●月▲▲日


 本日より本格的に御伽島に入り調査する事ができる。

 ようやくここまでやってくることが出来たが、この時からやっと全てを始める事ができるのだと身を引き締めていくことにする。

 まず学園内は比較的穏やかであり、島外の一般的な学校などと同じように見える。

 最初の調査場所として潜入したが、やはり島外の部外者は珍しいためか彼らの興味を引いてしまう。

 なるべく波風を立てないように関わりを減らし、まずは学園内と島内の全般的な調査へと着手したいと考えているが大した成果はない。

 事前に得ていた情報以上の物はなく学園内の資料置き場、図書室にて歴史や地理関係のものを閲覧したが手が加えられているのは間違いない。

 現状は地道に文献、情報調査を主に進めてみることとする。

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