第6話:図書室の先輩

 放課後の図書室は部活動の生徒や友人たちと喋る生徒、音楽を奏でる軽音楽部など多様な部活動によって音が溢れている校内において、不思議と音が消え去り静寂が満ちている。

 締め切った窓から聴こえる野球部やサッカー部などの声、ソフトボールやクリケットなど球技関係の部活動だけ見ても人数は多い。

 ここの御伽島は島内に学校はひとつであり、小中高が一貫の学園だからこそ遊びの延長として部活動が盛んなのが一見して分かる。

 上手いチームには年齢も身長差も性別も関係なく集まり、あくまで集まって遊びとして行うチームは別で集まっている。

 人が強制的に集まる学校という場所は言ってしまえばスポーツなど人が必要なものをやりたければ人が集めやすい環境でもあるということだ。

 だからこそというべきなのか、この御伽島の学園では非常に多様な部活動や非公認の同好会まであり、目的に沿って所属しやすくなっているのは間違いない。


『すみません』


 そんな校内で【私語厳禁】の立て札を立てる場所が図書室であった。

 静かに勉強をしたい者や本を読みたい者。一人の世界に健全にのめり込みたい者なども一定数いるため、学園の図書室は本土にある小さめの図書館程度の大きさを誇っている。

 そんな場所で入室早々に制服の袖を掴まれて、ノートに『お説教をします』という文字を書いて見せてきた眼鏡をかけた女子生徒、【布帛ふはくいざり】の手によって貸出の受付カウンターの席へと座らされる。

 ゲームの主人公である絵空彼方がお世話になっているひとつ上の先輩であり勉強などの面倒を見てくれている。

 もちろん、その代わりに仕事の手伝いなども行っており基本的には水曜日に毎週顔を出していたはずだ。

 そして今は当然のように金曜日。主人公と中身が変わっているのだから記憶があっても思考回路も習慣も違っている。

 思い出すことがなければ図書室には来ないだろうし、目的がなければここに足を向けることもなかっただろう。

 だが、ここに来たことで約束を破られたと感じた先輩の歓待を受ける破目になっていた。


『どうして来れなかったんですか?』

『妹とイチャコラしてたら―――『110』―――ウソです』

『では詳細な説明を要求します。貴方には黙秘権があります。ですが、この場は筆記対談。黙秘権はありません』

『酷イン』

『?』

『酷いヒロインという意味です』

『刑が重くなりました。重犯罪ですね』


 簡単なギロチンの絵が描かれたノートを見せてくる彼女に謝罪し、あとで食べようとしていた売店で売っていたお菓子を鞄から取り出して献上すると渋々刑を取り下げてくれた。

 彼女のルートに入ると図書室での誰にも気づかれてはいけないポッ◯ーゲームなどという暴挙に出るほど甘い展開が待ち受けているのを知っている。

 途中で逃げ出せば音が出る。だからこそ最後まで食べ切る以外の選択肢がないまま濃厚なキスが待っているシーンは思わずゲーム画面を見ながら吼えたのを思い出す。

 自然と彼女の唇に目は引き寄せられ、その小さな口に隠された舌が非常に大胆な動きをすることに動揺する。


『どうしました? 私の口に何か付いてますか?』


 口元を見ていたことに気づかれていたことに恥ずかしさを覚えて席を立つ。

 書き殴るようにサッと『用事があるのでこれで』と書いてその場を後にした。

 先輩の手が伸びたが空を掴み、受付のカウンターから本来の目的の場所へと向かう。

 そこは図書室の中でも入口から最奥の場所。窓から差し込む光も図書室の蛍光灯も不思議とその一角だけは照らしてくれない。

 しかし朧気な明かりの中で彼女は銀糸の髪を垂らして本のページを捲っていく立ち姿を見れば、もはや彼女自身が明かりを発しているかのように輝いて見えた。


「あぁ……ホントに……」

「!」


 光りを振り撒く彼女を見て思わず呟いた声に彼女は驚いた様子で本から顔を上げてこちらを見た。

 金色の瞳と黒い瞳の二つが自分の姿を真っ直ぐに捉え、切れ長の目元が不審者を見るように鋭く細まる。


「……なにか?」

「え? ああ、いや……その、なんだ。この棚に人が居るとは思わなくて」


 もちろんそんな訳が無いが偶然を装うことを忘れない。貴女目当てに図書室まで来ましたなど言う奴などストーカー認定され一秒で距離を取られることは火を見るよりも明らかだ。

 そうなれば絶対に彼女との関係性を築くことは出来ない。彼女とのフラグは永遠に立つことがなくなるだろう。

 ならばここから先は一手も間違えてはならない詰将棋のように、言葉選びには気をつけて会話を途切れさせないようにしなければならない。


「そう」


 早々に目線を切られて本へと関心を移されてしまい、そこはかとなく話しかけるなという雰囲気が溢れだしていた。

 図書室の音は遠くから聞こえる部活動の声と本をめくる音や勉強する者がノートにペンを走らせる音が響くだけ。

 人の声はこの場において不協和音。耳元で鳴らされる管楽器や大太鼓に他ならない。

 しかし不思議なもので気になる相手の声というのはどこで聴いたとしても綺麗な音色を奏でる自分だけの特注の楽器のようだ。

 小さな口という楽器から発せられる音を、たとえ小さくとも聴き逃さないように耳を澄ませつつ会話を広げようと努力する。

 けれど何を話せば彼女の気を引けるというのか。会話はキャッチボールの投げ合いであり男女にとっては綱引きにも似ている。

 気のない相手では関心という綱を持ってはくれまい。綱を持って貰うことから始めなければならないのだ。

 ほかのメインヒロインたちの関心を引くための話のネタはある。それに加えて最初から関心の綱はすでに持っている状態だ。

 右往左往することはあっても何とか出来るという無根拠な自信がある。

 だが彼女、大伽杏奈に対しては話を広げる材料がない。

 だからこそ何とか頭の中でゲーム内で彼女の言動を思い出しつつ、彼女が関心を引けそうなものがないかを必死に思い出していると、ふと目についたのは彼女が手に持って読んでいるこの島の歴史書だ。

 学園の成り立ちだけでなく島の出来た地理関係の硬い内容が書かれた分厚い書物は、免疫の無い者にとっては単なる鈍器でしかないが興味のある者にとっては知識の宝箱だ。


「この島に、興味があるのか?」


 彼女に問えば、こちらを無視してページをめくっていた手が止まり、黒い瞳がチラリと向けられる。

 視線だけだとしても相手の関心を引けたことに手応えを感じ、まずは会話を広げることに注力していく。


「島の何が知りたいんだ? 地元の人間なら協力できることもあると思うんだが」

「協力? そんなこと見ず知らずの相手にされる理由なんて無い。私はただ事実を知りたいだけ。でも、改訂版ばかりね。初本があれば簡単だったんだけど」

「じゃあ街の図書館にでも行ってみたらどうだ? もし良ければ俺が案内できると思うんだ」

「……別に問題ないわ。島の図書館ならすぐに見つけられると思うから」

「島に来たばかりで探すの大変じゃないか? 俺ならいつでも時間があるから」

「だから―――「いつでもいいからさ」―――……はぁ」


 彼女は溜息を吐いて本を閉じると、恐らくきっぱりと断ろうとしたのだろう。

 そうはさせじとポケットからスマホを取り出して、素早く連絡先のQRコードを出してみせる。


「はい。俺の連絡先」

「いや、だから」

「まあまあ。別に連絡してくれなくてもいいから」

「…………」

「連絡だけでも」

「……分かった」


 こちらが折れることは無いと思ったのだろう。彼女は渋々スマホを取り出して連絡先を登録していた。

 もちろんここまでやっている以上、退くつもりなど欠片もない。

 恥や外聞など気にしていては彼女に自分を認識して貰えることはないだろう。多少しつこいと思われても、格好悪いと思われても認識されることが大事だった。

 その他大勢から抜け出すこと。それがまず、一番大事なことだった。


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