第5話:図書室で調べものをする彼女
銀糸の美少女、大伽杏奈が転校してから数日が経った。
あの放課後の日以降の接点が見出せないまま時間だけが過ぎていくことに焦りつつ、明日から土日休みとなってしまうことも焦りに拍車をかけていた。
「彼方ってばまだお昼食べないの?」
「……食べる」
机の上に広げられた弁当箱は朝から母が作ってくれた手製の弁当の中身であり、義妹ルートに入れば陰で母から料理を教わった乙葉が作ってくれるようになる物だ。
しかしここ最近の上の空が祟ったのか、母から料理を教えて貰いつつも弁当を作ってくれる気配はなく、自分の好きな物を作れるようになるための練習中らしい。
乙葉との関係性は順調に少々仲のいい兄妹程度になってきており、このペースならば乙葉ルートに進むことはない。
ただこのまま誰のルートにも入らずに卒業してしまうと、このゲームは中々に無体なもので何故か自宅警備員エンディングを迎えてしまう。
他のゲームならば友情エンディングという男友達と仲がいいまま終わるものだが、それすら無いとは「何があったんだ主人公?」と意気消沈した覚えがある。
「どうせアレだろ? あの転校生のことが気になって仕方がないんだろ?」
「なに? ああいう子が―――「タイプ」―――お、おぉ……食い気味ね?」
「つまり彼方は恋煩いってやつで食事も喉に通らないってことか? 随分と乙女なこって。隣の副会長を見習ったらどうなんだ?」
「そもそも私は恋などしたことがないから分からないわね。でもきっと私も恋をしたら食事が喉を通らないで激ヤセすると思うけど?」
「はははっ! そんなタマじゃねぇだろ!」
「……彼方。交友関係は見直したほうがいいわよ?」
黙々と昼食を取りながら隣の席の皐月と前の席に座る宍戸と共に話をする。と言っても俺は聞き役であり、宍戸も見た目のセンスが悪いだけで仲間思いの良い奴だった。
そうでなければ皐月という少女は話しかけられても会話をすることなんて無い。
恐らくこの場にいることなどなく、生徒会室などで友人たちと昼食を取っていることだろう。
宍戸も友人は多く、付き合いも悪いわけではないので昼食の当てもあるはずだ。二人がそうしないのは言葉に出さないだけでこちらを心配しているのだと分かる。
主人公である絵空彼方という少年が、それだけ大切にされているのだと解ってしまう。
それに比べて自分はどうだろうか? このラノベ的な超展開に巻き込まれて過ごすこと数日間と、今まで暮らしてきた三十数年間を比べてみてどうだろうか。
他人の人生ならば比べる物ではないのかもしれない。だがこうして生活している以上は比べてしまう。
自分がどれだけ独りよがりの充実した虚しい時間を過ごしてきたのかを。
画面越しにしか存在しない人々。手を触れる事もできない、他者の追体験を味わうだけの物を嬉々として遊んでいた日々。
それで良かった。それさえあれば満足だ。それ以外にやりたいことなど無い。そう思って過ごす日々の優しく甘い逃避の時間は何も生み出すことなく人生を消費する。
スマホに残る写真には人など写っていない。名前も知らない他人が写り込むことはあれど、風景や食べ物などがあるだけでそれ以外あったことなどない。
友人たちと食事を取る。それがこれほど有り難いものだとは思い知らされた気分だった。
「……二人とも、ありがとうな」
「なんか言ったか、彼方?」「何か言った、彼方?」
「ありがとうって言ったんだ。二人が女だったら付き合いたいくらいだ」
「へっ。今頃気づいたか?」
「いや私、女なんだけど?」
「俺はいい友人を、かけがえのない友人を持ったんだなぁ……」
「あぁ、そうなんだぜ……お前は最高の友人を持ったんだ……」
「いや待って。なにいい話風に終わろうとしてるの? 私は女なんですけど?」
胡乱な目を向ける皐月に改めて感謝を伝えて、何となく摘んだミニハンバーグは母にしては少しだけ焦げており、また中にソースが入っているという茶目っ気を出しているが変わらず美味い。むしろ焦げがいい塩梅に食感を楽しませた。
「それよりよ。そんなに転校生が気になるならアタックしねぇと始まんねぇぞ?」
「何を始める気よ」
「そりゃあ学生らしいことさ。一緒にメシ食うのも、どっか遊びに行くのも、放課後にデートに行くのも、泊まりに行くのもな」
「最後のは学生らしくないでしょ」
「はぁ? ダチの家で泊まって遊ぶなんてフツーだろ。それとも副会長様はエロいことでも考えてんのか?」
「馬鹿なの? わ、私も友人の家に遊びに行くことくらいありますが? 彼方の家に遊びに行くことだってあるしっ!」
「乙葉も喜んでるし、ウチの母さんも姉妹みたいだって言ってたな」
幼馴染のルートに入った時の話なるが。という言葉は呑み込んだが、皐月の印象は家の中では悪いものではないことを伝えておく。
ある意味主人公の家庭、絵空家の今は他人しかいないシェアハウスに似ている。
義理の妹。嫁いできた母親。大黒柱の父。他人が憑依した主人公。
何らかの要因で纏まりが欠けてしまいそうなほど危うい均衡の上で成り立つ家庭環境に、隣の家の同い年の幼馴染が追加されても問題すら無いように感じてしまう。
「乙葉ちゃんと姉妹かぁ。ああいう妹が私も欲しかったわ」
「よく出来た妹だよ。高校分野に上がってからはツンツンし始めたし、ここ最近は変に距離を開けられるんだけどさ」
「どうせ何かしたんだよ。謝っとけ謝っとけ」
「そうよ。どうせ着替えを覗いちゃったとかじゃないの? それともお風呂から出る所に遭遇しちゃったとか?」
「その程度のことでは乙葉は動じない」
「いや乙葉ちゃん鉄の意思すぎるでしょ」
「これは何かやらかしてるな。やらかし過ぎて引かれてるかもしれねぇわ」
二人の冷めきった目に串刺しにされながら昼食の時間は過ぎていく。冷えた弁当のご飯はいつもより数段冷えているような気がしていたので、帰ったあとは乙葉のご機嫌伺いもちゃんとするようにしようと決心した。
しかし、このまま冷たい食事の時間を過ごすよりもせっかくならば有意義な物にしたい。
自分でいい案が出ないのであれば他の人の知恵や意見を受けるのもひとつの手だ。
「それより、だ。転校生ってことは島の外から来てるんだろう? 色々と分からないことも多いんじゃないか? 仲良くなるんだったら遊びに誘ったほうがいいのか?」
「そりゃそうだ。でも知らない奴と遊びに行くとは思えねぇな。何でも家の片付けが忙しくてクラスの奴とも遊びには行ってないらしいぜ?」
「それに放課後は図書室で何か調べ物をしてるみたいね。水曜日だったかに見かけたわ」
「図書室……」
生徒会の用事でね、と皐月が言ったのを聞いてゲーム外で進行している彼女との接点構築イベントをこなしていることを知る。
恐らく今日までは図書室に通うことが予想される彼女のことだ。今日の放課後にでも会いに行くことは出来るかもしれない。
「そこに行けば接点が出来るかもしれない」
「まあ出来るかもしれないわね。分厚い歴史書のコーナーにいたから」
「あんな片隅のコーナーなんて誰が観るんだって思ってたんだが?」
「重要な文化的資料だからでしょ。どうせ宍戸くんは行ったことすら無いでしょうけれど?」
「授業に出てんだから行ったことぐらいあるっての。ま、オレくらいになれば本なんか読まなくても教科書読めば出来るけどな」
「ふ〜ん、それで教科書は?」
「家に置いてきた」
「ダメでしょ」
食事をしながら友人たちと会話していると、時間はあっという間に過ぎていき食べ終える頃には昼休みは終わろうとしていた。
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