第4話:気になるあの子は転校生(※隣のクラス)

「どうしたの彼方? 朝よりもだいぶ元気なさそうだけど」


 隣の席に座る皐月が一限目が終わった頃に話しかけてくるが、こちらの心情によって耳に届いていても脳が処理してくれない。

 一限目が始まってから終わるまでマネキンのように微動だにしないまま、五十分間ほど過ごしている友人がいれば声もかけたくなるものだろう。

 しかし心は此処にあらず、脳はあくまでゲームの設定通りの世界に絶望していた。


「何でも無い(そうだった……サブヒロインは隣のクラスに転校してくるんだったっ!)」


 ゲーム内ではサラッと流される一文程度の地の文が入るだけで、サブヒロインである大伽杏奈はメインヒロインたちとの交流によって何とか主人公は接点を作るのだ。

 それまでメインヒロインたちとの交流を楽しむだけの極めて普通の恋愛ゲームであり、主人公が関わらない部分でいつの間にか交流を持っている。

 目立つ見た目でさらにミステリアスな雰囲気を持ち、謎めいた言葉を一言二言だけ話すようなキャラだったが制作陣も恐らく推しキャラなのかパッケージでメインヒロイン級の絵が書かれていた。

 接点がほとんどなく、話す言葉も少なく、攻略対象外であり、それでもなおメイン級に大きく絵を書かれているのだからそうとしか考えられない。

 だからこそ発売してから三日のレビューでパッケージ詐欺というコメントが飛び交う惨事になっているのだ。


「どったん?」

「宍戸くん。いや、彼方がどうにも調子悪そうだからさ。何かあったのかなって」

「あぁ〜……そういや確かに挙動不審なカンジしたわ。特に転校生? の話をしたら特になぁ」

「転校生? あぁ、隣のクラスに来たっていう女の子のことね。銀色の綺麗なお人形みたいな子よね。隣のクラスの子から連絡来てた」


 皐月が机に仕舞っていたスマホを取り出して操作し、送られてきた写真を見れば確かに銀色の髪を椿のかんざしで髪を纏め上げた女の子を隠し撮りした写真が表示されていた。

 背筋を伸ばし人集りの真ん中で席に座って周囲への対応している姿は間違いなくあの一目惚れした女の子の姿だ。

 言葉にするのは簡単なようでいて、この感情を正確に表現するには難しい。

 どこが好きなのと訊かれたならば、四六時中考えていても苦痛がなく、むしろ常に何を話そうかと永遠に考えられる相手ではないか。

 生活の中心に根差した人。近くに居ても居なくてもふと何をしているのかと気になって考えてしまう存在。

 どうやらジッと見すぎていたようで、スマホの画面が消した皐月は机の中へと戻してしまった。


「彼方がそんなに気になるなら昼休みにでも会いに行ってくれば?」

「いやいや無理だろ。今日は隣のクラスの奴らが離さないだろうぜ?」

「……でしょうね。わざわざ辺鄙な島の学園に転校生なんて来ないから珍しいだろうし」

「全くだ。オレも東京の渋谷とか原宿でナンパしてぇよ。東京の男ってアレだろ? 月曜から金曜まで違う女と付き合ってる奴が多いらしいぜ?」

「お、オレもその話聞いたことがあるわー。山手線? て奴の各駅で別の女と付き合ってる男もいるって聞いたぜ」

「シュー。それは嘘に決まってんだろうが」


 宍戸が他のクラスメイトと話し始めたのを機に、そう言えばこの学園が御伽島おとぎじまという島にあることを思い出す。

 本土とは船で繋がっているだけで橋も架けられていないが、島自体がそこそこの大きさのためショッピング施設などが建てられた地区や住宅街の地区などに分けられている。

 島で生活する分には充分すぎるほどの施設があるが、それでも学生たちからすれば東京には自分たちが想像もしていないようなことが多くあるのだと思ってしまう。

 だが、実際の東京に住んでみれば分かる。それがただの妄想にすぎないことを。

 東京の人間は言うだろう。田舎など未開のジャングルだと。

 田舎の人間は言うだろう。東京など開拓されたジャングルだと。

 互いに何処かで憧れという無い物ねだりをしていて、今という飽きを何とか潤したくてたまらないだけなのだと気づていない。

 だからこそ、そんなことは全く興味がなかった。ただ彼女とどうやったら接点を持てるのかを必死に頭の中で幾つもの記憶セーブデータを呼び起こす。

 彼女と主人公が出会う最初の接点を思い出し、その前の行動を考えれば会えるはずなのだ。


「…………」

「彼方? そろそろ二限が始まるわよ? 彼方ってば!」

「えっ? 何か言った?」

「二限目が始まるって言ったのよ。そんなに転校生が気になるなら駄目もとで昼休みにでも会いに行ったら?」

「昼休み……」


 転校生の話題が出た直後の昼休みもゲーム内では行動が出来たが学園で彼女と出会える場所など無かった。

 これはつまり転校初日ということもあってクラス委員長が放課後を使って案内し、昼休みは滅多にない希少な転校生を話題に飢えたクラスメイトたちが放っておくはずもない。

 見ることは出来ても接点を作れる隙間は無いかもしれない。

 だが基本的にゲーム内で見かける時の彼女は一人で行動しているようで、友人たちと喋っているという表現は無かったように思える。

 本人かどうか見に行くだけ見に行き、接点は後日に回せばいいのだろうか。

 それとも無理やりにでも接点を作りに会いに行くべきだろうか? 


「ぬぅあぁぁ……分からんっ」

「それは二限目のチャイムも分からないほどの難問なのか絵空ぁ?」

「え?」


 全員が起立する場面で頭を抱えながら悶えるような声をあげていた自分の頭上から、モアイ像の如く厳めしい顔をした男性教師が細い目で睨みつけているのを見る。

 しかも周りの視線も独り占めにするオマケ付きで。

 やらかした、と思ってもすでに遅し。

 担当科目の社会の教科書を丸めた棍棒が頭へと振り下ろされる。

 クラス内からの失笑を買ってしまった授業は色んな意味で頭の痛い授業として記憶と身体に刻まれるのだった。


「いったぁ……」


 あれから時が経って放課後。

 職員室に呼ばれて熱い指導を受けること二時間ほど経った頃に、日頃の鬱憤を吐いたモアイ先生から解放される。

 都会はモラハラやパワハラなど色々と厳しくなった昨今でも田舎の学校には未だ軽めの体罰が残っていた。

 学生の頃に受けたきりだったが久々の説教は社会に出ても上司というあたかも偉大な雰囲気をみせる大人によって齎されるので慣れたものだ。

 説教という何の解決にもならないことをやるよりも、反省と改善を促すほうが建設的であるにも関わらず、彼らは自らの自尊心のほうが何よりも大切なのだ。

 反省させるという目的に自分の日頃の鬱憤の捌け口を加えられても迷惑この上ないのだが、それでも学生に本格的に手をあげる者も今の時代にはいるはずもない。

 夕暮れの校舎は窓から差し込む夕日によって赤く染まり、昼間よりも一際不気味に影を伸ばしていく。

 不思議なほど静寂が満ちている校舎内はそれだけで不安感に襲われて心をざわつかせてくる。

 この不気味さが昼間の雰囲気とは打って変わっているからこそ学校の怪談が生まれるのだろう。


「俺も早く帰ろう……」


 教室に置きっ放しの鞄を取りに行こうと階段を上がっていくと、コツコツという足音が上階から響いてきたので顔を上げると踊り場で銀糸の髪がふわりと舞った。

 思わず足が止まる。思わず息が止まる。思わずその光景に目が留まる。

 銀色の髪が夕焼けによって紅に染められ、左右で違う瞳の色は彼女がカラコンを入れていることを知っていれば疑問にも思わないだろう。

 しかし片方が外れてしまったのか、彼女は淡々と規則正しい歩幅で階段を降りて、上ってきた俺を見下ろして眉をひそめていた。

 立ち止まって彼女をじっくりと見ていた所為か、あまりにも神秘的な彼女の姿に声を失っていた俺に対して彼女は不審者を見るような目つきで声をかけてきた。


「なにか?」

「い、いや……その……綺麗だなと」


 自分が何を口走っているのかも後から気付くほどの間の抜けた顔を晒していたようで、彼女はその鷹のように鋭い目を丸くさせてこちらを見ていた。


「……そう。何かを綺麗と思う感性があるのね」


 小さく息を吐いて彼女、大伽杏奈はこちらを横目に見ながらすれ違って去って行く。

 去り際に「ありがとう」という言葉を残して。

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