第3話:幼馴染はお淑やかなフリをする
黒い髪を靡かせながら隣を歩く女子生徒、竹之内皐月の凛とした歩く姿に登校中の男たちの視線が引き寄せられる。
艶のある髪は陽の光を浴びることで輝き、さらにその佇まいは昔ながらの日本美人、大和撫子と呼ぶべきほどの美しき華がある。
「おはよう。今日も元気だね。おはよう。今日は遅刻じゃないのかな? おはよう。何だか寝不足気味に見えるね?」
次々に挨拶してくる女子たちは彼女との仲良し具合を周囲に見せつけ、自分がスクールカーストでの立ち位置を朝から確認している。
愛想笑いのひとつひとつに丁寧に返事をする主人公の幼馴染ポジションの彼女と主人公は、幼い時に隣の家に引っ越してきてから家族ぐるみで知り合いの間柄だった。
その設定の都合上、およそ十年以上のご近所付き合いをしているはずだ。ゲームでは語られていない思い出深い内容もあるだろう。
もちろんそれは義妹である乙葉も同じだが、幼馴染という対等な立場ではゴリ押しは非常に難しい。
幸いなことに今は彼女にとって学校という毎日の猫かぶりの時間だ。下手なことさえしなければ何も起きないのが間違いないと確信している。
なにせ彼女はこの学園の生徒会の副会長を務めており、その優等生ぶりから生徒会長よりも目立つ副会長として学園では認知されている。
それに加えて何周も回った序盤も序盤の共通ルートにあった登校風景だからだ。
ゲーム内では選択肢が現れて猫かぶりを指摘することで後に呼び出しを受けることになるがそんな野暮なことは絶対にしない。
なにせ彼女はゲーム内でも女の勘という非常に鋭い武器を持ち、主人公が悩んでいると颯爽と現れる瞬間は草食系男子だけでなく女性ファンもいるらしいと聞く。
頼れる先輩ではなく幼馴染なのだが、今は手汗が止まらなくなるほどの緊張感に顔面が強張っているような気がする。
男にはまるで解らない女の勘という武器を巧みに操る者と今は行動を共にするべきではないのだ。
だからこそ、まるでモブキャラの如く影を薄くしていくことで、竹之内皐月とその他大勢の構図が出来上がってくれば遠巻きに見ていたはずの周囲の輪が段々と狭まっていく。
そして人の輪が一定の距離まで近づいてくれれば、その人の波に紛れてこの場から離れることが可能となる。のだが―――
「ほら彼方! ちゃんとシャキッと背筋を伸ばしてっ」
―――少しずつ薄めていた存在感を背中に打ち付けられた平手によってバシンっと音が鳴り響き、周囲に自分という存在を認知させる。
周囲の表情が居たのかという驚きの表情へと変わり、人の輪が自然と広がり去っていく。
「もう……今日は朝から疲れてるみたいじゃない。何かあった?」
「え? なんで?」
皐月が数歩前を歩いて昇降口を駆け上がり、身長差を覆して見下ろしながら質問してきたことに動揺して思わず訊き返してしまう。
彼女のこちらのちょっとした動きすら見逃なさいと言わんばかりの黒い瞳に捕えられるのを恐れてすぐに目を逸らすが、そんな些細な動きすら彼女は観ている。
「……なるほど。乙葉ちゃんと何かあったのかな? でもそれだけじゃないような気もするし……何だろ? 雰囲気が変わった?」
設定通りというべきか、さすがは主人公の幼馴染というべきか。特に話すらしていないのにすでに何らかの違和感を感じている皐月に驚きながらも何とか主人公である絵空彼方らしさを取り繕う。
「そんなことあるワケないだろ? ちょっと眠たいだけだって」
「ふぅん。また遅くまでゲームでもしてたの? 好きだねぇ」
「そういう皐月こそ、いつになったら一人で起きれるんだ? どうせ皐月の母さんに今日も起こされたんだろ?」
「それは彼方に言われたくないわ。いつになったら乙葉ちゃんに起こされないように済むのかしら?」
互いに口角をあげて笑い合いながら目線を合わせ、昇降口を上って下駄箱へと入って靴を履き替える。
気安い関係の幼馴染を演じながら何とか彼女の気を逸してやり過ごすと、上履きへと履き替えている時に皐月は友人たちに挨拶されて連れ立って先に行ってしまう。
あれほど好かれていても彼女のルートに入ってからよく解るが、その外面からは解らなかった彼女の部屋は汚部屋と表現してもいいほどに片付けが出来ない。
幼い時から変わらない惨状に主人公が偶然入って驚くシーンは中々に愕然としたが、部屋を片付けながら思い出の品を見つけたりマイク型マッサージ機器を見つけたりと色々と面白い部分がてんこ盛りだったりする。
しかし、そんなことを口走った日にはゲームだろうが現実だろうが地獄絵図のバッドエンドへと直行することだろう。
「かぁ〜なたっ! 今日も姫さまと仲良さげじゃんかよぉ、ズリぃぞ?」
突然肩が重くなると背中に張り付く軽薄そうな男の声が耳元で聴こえる。
幼馴染のことを姫さまとあだ名呼びする男は俺の肩に手を回し、頬をこれ見よがしに突くのは赤い短髪にイヤリングをつけた一見すると不良にも見えるセンスのないシャツを着ている男、
「宍戸、朱馬」
「ん? どったの彼方? 初対面みたいな顔して」
「え? あぁ、いや。何でも無い」
見た目は完全に不良にカツアゲされている主人公状態だが、宍戸朱馬は見た目に反して義理人情に厚い奴だ。
ジャンルが違えばNTRモノの不良キャラに見えるのだが、皐月ルートでは格好いい見せ場を持っていて、やる時は盛大かつ主人公よりも格好いいキャラだった。
それを知ってか知らずか主人公は彼を嫌っておらず、シッシーというあだ名で呼ぶ仲だったはずだ。
「シッシーこそ何かあったか? あんまり調子がいいようには見えないな?」
「そんなことねぇさ。少し頑固親父とケンカしただけさ、帰ってくるのが遅ぇって。街の方で遊んでんだから遅くなるなんざ当たり前だってのによ」
「まあシッシーの家が昔から厳しいのは知ってるけどな。だからって中々帰らないのも悪いと思うぞ」
「帰ったら勉強させられるのが確定なんだぜ? どうせ親父のことだ、俺のことをまだ中学のガキと一緒だと思ってんだよ」
大きな溜息を吐きながら宍戸は回していた腕を離して大きな体を猫背にしながら共に歩いて教室へと向かう。
見慣れない校舎でありながら、約十年にも及ぶ見慣れた校舎の中を歩いているという奇妙な感覚を味わいながら教室へと向かっている時だった。
「……え?」
視界の隅に一瞬だけ銀糸の髪の束が陽の光を浴びて輝くのを観た気がして立ち止まる。
振り返った先には先程登りきった階段があり、急ぎ戻って見に行ってもそこには誰も居なかった。
「どうしたんだよ彼方? 朝っぱらから元気だなぁ?」
「いや……気の所為だったみたいだ」
「そうかよ。じゃあさっさと教室に行こうぜ」
席に着いた途端、すぐにも寝てしまいそうな欠伸をしながら宍戸が廊下の柱に背中を預けながら待っている。
先に行くこともなく待っているのは遅刻しても構わないと思っているのか、それとも遅刻よりも俺のことを優先しているのか。
どちらにせよ待たせる訳にもいかず、幻のような銀糸の髪に後ろ髪を引かれるながらも宍戸の許へと歩き出す。
「彼方も何かあったのかよ? 今日は朝からヘンじゃん」
「……まあ、ちょっとな」
ここが自分がよく知るゲームに似た世界なのかもしれないが、だからといって全ての登場人物が揃っているかどうかなんて分からない。
そもそもゲームの世界に表現されていなかっただけでモブキャラだったキャラも美男美女が多いように思える。
明らかに場違いな気さえしてきており、ただ登校しているだけなのに何故だか肩身が狭いとさえ思えてくる。
「本気でなんか調子悪そうだな……あぁ、そうだ。じゃあイイ話があるんだぜ?」
「いい話?」
「男ならな。俺等のクラスじゃねぇんだが隣のクラスに転校生とやら来るらしいんだわ。結構目立つ銀色の髪の女子でな」
「……銀色……女子?」
「へへっ。やっぱ彼方も男だな。この時期の転校生ってのもレアだが、見た目はまあそこそこらしいぜ? あとで見に行くか?」
宍戸の少し品の無い笑みも言葉も頭に入っては来なかった。足だけは機械的に動いて教室へと向かっていつつも思考は銀糸の髪のあの子を思い出している。
ヒロインとして攻略対象外だったあの子、
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